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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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もしかしたら、もうずっと前からルクスは、チビ勇者の師匠のことを考えていたのかもしれない。

ひょっとしたら、チビ勇者を見つける前から。

僕は、実際にチビ勇者を見つけてから、どうしよう、って思ったけど。

多分、ルクスは、もうその前から、考えていたんだ。

チビ勇者を預ける相手を。


僕らのなかじゃ、一番の知性派なのは、圧倒的にアルテミシアだった。

いっつも冷静だし、深く考えてるし、アルテミシアの前じゃ、ルクスも僕も、浅はかさを思い知らされるばっかりだった。

だけどもさ。

ルクスも、本当は、賢いんだよね。

いろいろと先のことを見越しては、行動する性質なんだよね。

慎重、とか、冷静、とかは、アルテミシアには到底敵わないかもしれないけど。

その分、大胆、とか、勇敢、はルクスの領分だ。

そうして、ルクスは、優しいんだよ。

もしかしたら、いつも冷静なアルテミシアより、優しさ、という点では、上回ってるかもしれない。

意外に情に脆い?

それがまた、面倒事を引き寄せる原因にもなるんだけどさ。


だから、ルクスが、チビ勇者のこの先のことを考えていたのも、そんなに不思議なことじゃないのかもしれない。

アルテミシアは、ルクスに、あの剣をなんとかしろ、って、言った。

剣をなんとかするには、もちろん、チビ勇者もなんとかしないと、なんだ。

ルクスは、アルテミシアに言われたことは、必ず、やり遂げるから。


もちろん、あの最果ての森へは、僕も一緒に行くつもりだ。

こんな辛い役目を、ルクスひとりに背負わせるわけにはいかない。


オルニスは、泉の番人をしなくちゃならないから、一緒には行けなかった。

それは想定内だったんだけど。


「ブブを置いて行ってもらえないかな。」


オルニスがそう言ったのには、ちょっと驚いた。


「ブブ、を?」


ブブは、もうずっと僕と一緒だった。

いや、ときどき、勝手にいなくなるけど。

最初、虫だったときは、ずっと僕の胸にブローチみたいにとまっていたし。

いるのが当たり前になってる存在だった。


確かに、最近じゃ、ブブは、僕以外の人たちとも、仲良くしてる。

ルクスともアルテミシアともオルニスとも、僕に対しているときと、全然変わらない。

なんだか、もうすっかり、僕の使い魔、ってより、仲間のひとり、って感じだ。

だけど、これは、ちょっとしたお留守番、じゃないし。

こんなふうに長い旅に出る、ってときに、一緒に行かないってのは、ちょっと予想してなかった。


だけど、オルニスは、不安だからとか、淋しいからとか、そういう理由で、ブブを置いて行け、って言ってるんじゃないと思った。

だから、僕は、ちゃんと話しを聞こうと思った。


「ブブは、君と、精神が繋がっているだろ?」


それは、そうだよ。

だから、ブブには、僕の気持ちは全部伝わってしまう。

僕が嬉しいときには、一緒に嬉しくなれる、ってのはいいんだけど。

僕が落ち込んでいると、ブブも一緒に落ち込んでしまう、ってのは、ちょっと難点。


「だからさ、遠く離れていても、ブブがいれば、君がちゃんと無事だってのは、分かるでしょ?」


うーん、それは…

うん、それは、分かる、けどね?


「それにさ…」


オルニスは、何か言いかけてから、いや、と首を振った。


「ごめん、なんでもない。」


なんでもない?

だけど、今、何か、言おうとしたよね。


僕はじっと見つめたけど、オルニスはその僕から視線を逸らせてしまった。


言いたくないことを、無理やり言わせるのは無理だ。

僕だって、言ってしまってから、今のは言わないほうがよかったかも、と思うこともあるし。

言う前にそう思って、言うのをやめたのだとしたら、何を言って何を言わないかを決めるのも、オルニスの自由だ。


だから、僕はもう、追及はしなかった。


ブブが一緒じゃない、ってのは、なんだか、ちょっと、大事な忘れ物をするみたいで心細かったけど。

いや、分かってて置いていくわけだから、この場合は、忘れ物とはちょっと違うけど。


何より、オルニスの頼みだもの。

聞かないわけにもいかないじゃないか。


だから、僕らは、ルクスとチビ勇者と僕の三人で行くことになった。


僕らの旅は、いつも身軽だ。

ルクスは、ずっと腰にさしていた剣は置いて、アルテミシアの弓を背負った。

僕はいつものリュックと、笛を首にかける。

最近は、あんまりこの笛、吹いてないけど。


チビ勇者の剣には、ルクス自ら、鞘を作った。

ヘルバの木に枝を分けてもらって、それを剣の大さに合わせて丁寧に削って作ったんだ。

僕らは、暮らしに必要なものはなんでも、森で材料をもらって作って暮らしていたから。

木の細工も、割と得意だ。

もちろん、上手下手の個人差はあるけれども。


鞘には、封印の紋章が彫刻してあった。

匠やアルテミシアの使っていた護符を思い出した。


「研究院のやつらの真似事をしてみたぜ。

 どうだ?初めてにしちゃ、なかなかのもんだと思わねえか?」


なんだか自画自賛してたけど。

まあ、それも許せるかな、ってぐらいには、いい出来だった。


思えば、チビ勇者はこの剣を、ずっと抜き身のまま持っていたんだ。

ずいぶん、危ないことをしていたんだなと思う。


ただそのころは、チビ勇者の悪意のむかう先は、森の民だけで。

実際にチビ勇者が傷つけた森の民は、アルテミシアが最初で最後だったから。

この剣は、それ以上の不幸は、もたらしてはいなかった。

それを、よかった、とは思えないけど。

少なくとも、今以上にチビ勇者を憎く思うことはなくて、助かった。


ルクスは鞘に彫った紋章の他にも、エエルを編み込んだ紐で、剣の柄と鞘をしっかりとくくり付けた。

僕らの間に伝わる、伝統的な封印の結びだ。

一見、華奢で、何かの飾りのようにしか見えない、頼りない結び目だけれど。

実は、強力な封印の効果を持っているんだ。


ついでに、その紐を長く伸ばして、チビ勇者が背負うのに、ちょうどいいようにした。

ルクスは、この剣をチビ勇者に持たせると、決めているようだった。


「こんなもん、気休め程度だけどな。

 この剣が本気出しゃ、あっという間に破られるだろう。」


そうは言ったけど。

紋章を彫った鞘と、封じの結び目をつけた剣は、見違えるようにきれいな立派な剣になった。

これが、あの、暗黒の剣と同じ物だとは、分かっていても、到底見えなかった。


ルクスはその剣を、チビ勇者に背負わせようとした。

最初、チビ勇者は首を振って逃げようとしたけど。

駄目だ、とルクスは、少し厳しい目をして言った。


「この剣のことは、お前が、責任を取るんだ。

 それが、剣に選ばれたお前の使命だ。」


チビ勇者の目を真っ直ぐに見つめて、ルクスはそう言った。

チビ勇者は、そのルクスの目から目を逸らせなかった。

その顔は今にも泣き出しそうに見えたけど。

涙をぐっと堪えて、チビ勇者は、素直に背中を差し出した。


ルクスはチビ勇者の背中に剣を背負わせてやった。

前で結ぶ結びは、狩に行く仲間なんかに結んであげる、怪我をしないように、無事に帰ってくるように、という願いを込めた結び目だった。


そうして僕らは、あの最果ての森にむかって、出立した。








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