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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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アルテミシアの魔法は、いつも素晴らしかった。

それは、的確に、いや、多くの場合、予想以上に、目的を果たした。

僕は、そんなアルテミシアが自慢だった。

自分は何にもしてないのに、アルテミシアのことが、誇らしくて仕方なかった。


僕も、あのアルテミシアみたいに、なりたいな。

いつか、もっとうんとずっと先、だとしても。

心の隅っこの隅っこで、そんな気持ちも、なかったとは言わない。

だけど、到底なれる気はしなかったから。

その気持ちは、誰にも、自分自身にも、内緒にしていた。


だけど、今、僕のやったことは。

いや、もしかしたら、多分、きっと、アマンから、アルテミシアが遠隔で手伝ってくれたに違いないけど。

目の前に展開したのは、アルテミシアみたいな、鮮やかな魔法だった。


しゃん、という涼やかな音と共に、魔法は鏃を光らせた。

眩い光は辺りを昼間のように明るくして、光を灯した矢は、真っ直ぐに暗黒の剣を貫いた。


そのまま光の矢は、暗黒の剣を洞窟の壁に射止めた。

決着は一瞬だった。

そして、危険は僕らの前から去っていた。


ルクスは、ほう、という感心した声を漏らすと、僕のほうに駆け寄って、ばしばしと肩をたたいた。

褒めてくれてる、って分かったけど、ちょっと痛かった。


チビ勇者は、腰を抜かしたみたいに、尻もちをついていた。

よほど怖かっただろうけど、悲鳴ひとつ上げなかったのは流石だ。


ルクスは僕を叩き終えると、射止められた剣のところへ行った。

剣は、ブーン、という低い音を立てたけれど、もう自由には動けないようだった。


その剣の柄を、ルクスはぎゅっと握った。

すると、どうだろう。

剣を射止めていた矢は、するすると消えていった。

それと同時に、剣を染めていた黒も、靄のように辺りに溶けていった。


後には、新たに光を灯した剣が一振り、ルクスの手に握られていた。

その刀身には、矢に射抜かれた瑕や穴は、まったく残っていなかった。


ルクスは剣を試すように、ぶんっ、と一回振ってから、それをチビ勇者のほうへ差し出した。


「持ってみるか?」


いったいなにをするんだ、と僕は思ったけど、黙っていた。


チビ勇者も、驚いたらしい。

目を丸くしてルクスを見てから、ぶんぶんと首を横に振った。


「お前は選ばれたんだろ?」


ルクスはもう一度剣をチビ勇者のほうへ差し出した。

それでも、チビ勇者は、ぶんぶんと、さっきよりもっと強く、首を横に振った。


それから、チビ勇者は、いきなり両手を地面について這いつくばると、額をごりごりと地面にこすりつけながら、ルクスにむかって叫ぶように言った。


「お願いします!

 僕に、剣を教えてください!

 僕のシショウになってください!」


もしも、万にひとつ、ルクスが悪いやつだったら、あの手に持った剣で、チビ勇者の背中から貫くことだって、可能だった。

そうやって、地面に縫い留めてしまうような残酷な場面を、僕はふと想像してしまった。


もちろん、ルクスはそんなことはしないし、僕も、慌ててそんな無惨な想像は頭から追い払ったけど。


なんで、どうして、僕はあんな場面を想像してしまったんだろう。

そんなの見たこともないし、考えたことだって、なかったのに。

その疑問だけ、消えずに、ずっと、頭の中に残った。


ルクスは困ったようにチビ勇者と剣を見比べていたけど、小さくため息を吐いてから言った。


「俺の剣は完全に自己流だし、おまけに大して強くもない。

 お前の師匠にはなれないな。」


そうしたら、チビ勇者は言い方を変えた。


「勇者のなりかたを、教えてくださいっ!」


「そんなもんは、ないだろ?」


ルクスはちょっと苦笑した。


「そうだな…

 勇者、ってのは…

 自分のためじゃなく、大勢のために、身を粉にして働く。

 それを続けてりゃ、なれるんじゃねえか?」


その言い方はどこか投げ遣りな感じに聞こえた。


「だから、俺は、そもそも勇者は失格なんだ。

 俺は、大勢のためじゃなくて、アルテミシアのために、働いていた。

 あいつの暮らしやすい世界のために。

 あいつが、望みを叶えられる世界のために。

 だが結局、それも失敗した。

 あいつも、今はもう、ここにいない。

 まだ、やらなきゃならないことがあるから、俺は辛うじてここに残っているけれど。

 俺には、勇者になる能力も、資格も、意味も、ないんだ。」


それから、ルクスは、もう一度、手に持った剣を見つめた。

あの剣は、僕らを不幸にした剣だ。

たたき折ってへし折って、ぼきぼきのばらばらにしてから、火の山へ放り込んでしまいたいくらい、憎い剣だ。

物には罪はない。罪があるのはその物を使う者。

それは分かっていても、あの剣には、ただの物以上に、憎しみを感じた。


もし、今、僕が、こんな気持ちを持ったまま、あの剣を手にしたら。

ほんの一振り、かすっただけで、誰かを思い切り不幸にしてしまうだろう。

あの剣は、そういう恐ろしい剣なんだ。


それは、チビ勇者と同じ過ちを繰り返すことだ。

悪意を持ってあの剣を使えば、簡単に誰かを不幸のどん底に落としてしまう。

僕は、自分もまた、あの剣には絶対に手を触れるまい、と心に固く誓った。


だけど、じゃあ、あの剣はどうしようか。

どうしたら、安全なんだろう。


「俺は、この剣が憎い。

 ばらばらにたたき折ってから、火の山へ放り込んでしまいたい。」


ルクスは僕の考えていたのとそっくり同じことを口にした。


「だけど、そんなことをしたところで、世界則の番人、とやらは、また新しい剣を寄越すだけだ。

 そうして、またぞろ、真面目だけれど少しおバカな小僧を操って、新しい不幸を招くだろう。」


世界則の番人、の考えは、よく分からない。

だけど、僕らの感情や道理は通じない、のは確かだ。


「だったら、俺たちは、今、この剣も小僧も、手の届くところにあるんだから。

 こいつが、本物の勇者とその剣になるように、手を貸す、ってのが、いいんだろうな。」


もしも。

あの剣を悪意を持たずに使うことができたら。

心の奥底から溢れるような善意だけを乗せて、あの剣を振るえるなら。

いや、そんなこと、本当に可能なのかどうか、分からないけれど。

だけど、もし、それが叶うなら。

あの剣は、とんでもない力を発揮するかもしれない。


剣は、チビ勇者を選んだ。

僕らは彼のことがとても憎いのだけれど。

なのに、何故か、心底憎みきれないでいる。

憎めたほうが楽なのに。

それができないのは、どこか、彼の中に、光を感じるからかもしれない。


もしかしたら、チビ勇者なら、混じりっけのない、完全な善意を以て、この剣を振るえるのかもしれない。

彼こそは、本当に世界を救う勇者になれるのかもしれない。


だったら、僕らは今ここで、何をすべきなんだろう。


ルクスはしばらく剣を見つめていたけれど、自分のマントを脱ぐと、光る剣をぐるぐる巻にした。


「とりあえずは、この剣を持って帰るか。

 お前の師匠については、心当たりがないでもない。

 帰ったら、その話しもしよう。」


チビ勇者は、素直にうなずくと、立ち上った。

そうして僕らはまた、あの長い道を辿って戻っていった。









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