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泣いている子どもに、ブブはゆっくりと近付いていった。
そうして、軽く抱き寄せると、よしよし、と背中を撫でてやった。
子どもはされるがままになっていて。
そんな姿を見ていると、本当に幼いんだな、って思った。
だけど、僕は、それを見ても、その子どもを抱きしめてやることはできなかった。
子どもには同情すべき点はたくさんある、と思っても、どうしても、優しくできなかった。
アルテミシアをあんな目に合わせたのは、この子どもだ。
そのことを、どうしても、心から消せなかった。
だから、ブブが優しくしてくれて、少し助かったと思った。
幼子に優しくできない自分を、ひどいやつだと思ったけれど。
そのひりひりした気持ちも、ブブのおかげで、少しマシになった。
ルクスとオルニスも、僕と同じ気持ちだったのかもしれない。
誰も、手放しで泣いている子どもを、慰めなかった。
だけど、ブブの慰めるのをやめさせようとする人もいなかった。
それだけが、僕らの間の、小さな救いのようだった。
思い切り泣いて、少し落ち着いたころ、ブブは、子どもの顔を覗き込むようにして言った。
「おなか、すいた。
なにか、たべる。」
すると、子どものお腹がぐーって鳴った。
それを聞いたオルニスは、はっとしたように両手を叩いた。
「ああ、そうだ。
焼き菓子、窯に入れっぱなしだった。」
それから急いで厨房に下りていく。
その背中は、ちょっとほっとしているようにも見えた。
「お、お茶か?
お茶だな?」
ルクスもそのオルニスを追いかけていく。
あ、僕が、って言いかけたけど、ルクスの素早さに追いつけなかった。
子どもとブブと僕。
三人残されて、ちょっと気まずい。
僕も厨房に逃げたかったけど。
ここに、ブブと子どもをふたりきりにしていいものかどうか、迷っていた。
せっかく見つけて、話しもできたけど。
このままここに置いて行ったら、また帰ってしまうかもしれない。
この子どもにとって、僕らは、敵、なんだろうし。
その家に、今は、捕まってる、状況なわけだから。
だけど、このまま帰らせていい、とは思えなかった。
なんだかまだ、話さないといけないことは、たくさんあると思う。
それに、なにより、あの剣のことが、まだ決着ついてないんだ。
子どもはすごく気まずそうに僕の顔をちらっと見て、それから、すごすごと部屋の隅のほうへ行った。
そのまま壁にもたれて、膝をかかえて座り込む。
ブブも、その隣に行って、真似するように並んで座った。
とりあえず、逃げる、心配はなさそうだけど。
どうしようかな、ってもう一度迷ったけど。
僕も、ブブの真似をして、子どもを挟むようにして、三人並んで座った。
「オルニスのお菓子はおいしいよ?」
黙ってるのも気まずくて、僕は、子どもに話しかけた。
「ピサンリに習ったお菓子なんだ。
あ、ピサンリってのは、僕らの友だちで、この街の人なんだよ。
もう、今は、アマンへ行ってしまったけど…」
子どもは僕の話しを聞いているのかいないのか、ずっと、黙ったままだった。
仕方なく僕はひとりで話し続けた。
「君と同じ平原の民だから、ピサンリのお菓子は、君の口にも合うんじゃないかな。
あ、僕は、森の民でも、ピサンリのお料理は大好きだったけどね。
それって、多分、ピサンリは、僕にも食べられるように、味付けを工夫してくれてたんだと思うんだけど…
うん、でも、この街の人も、ピサンリのお料理は美味しい、って言うから。
きっと、君にも、美味しいと思う…
あ、森の民のお菓子、じゃないんだよ?
ちゃんと、平原の民のお菓子だから。安心して。
森の民のお菓子はねえ、やっぱり、アルテミシアの木の実のパイだな。
本当、絶品なんだよ。
あれは、文句なしに森の民の伝統のお菓子だけど。
森の民じゃなくったって、美味しい、って言ってたよ。
うん。匠も美味しいって言ってたから、間違いないさ。
あ、匠ってのは、山の民なんだけどさ。
お料理にはうるさくって、それに、お世辞なんて、絶対に言わない人だったんだ。
いやもう、お料理だけじゃなくて、ありとあらゆることにうるさくてね?
こだわり、って言うのかな。
っても、口数は多いほうじゃないんだ。
むしろ、無口なんだけどさ。
山の民ってのは、無口な人、多いんだよね。
いやでも、お酒とか入ると、めちゃくちゃ陽気に騒ぎ出すけどさ。
いや、お酒入ってなくても、何かいいことがあれば、騒いでたっけ。
実験が成功したとかさ。
あ、でも、普段はちょっと不愛想にも見えるんだ。
僕は、最初、それが、怖かったりもして…
でも、仲良くなったら、本当に面白い人たちで…
……………って、こんな話し、どうでも、いいよね……………」
なんだか、話し続けてしまってたけど。
はっと我に返って、僕は口を噤んだ。
僕はいったい何を長々と話してるんだ。
こんなの、この子どもに話しても仕方ないのに。
だけど、すぐにまた沈黙に耐えられなくなって、僕は、ぼそぼそと話し始めた。
「アルテミシアとピサンリ、今頃は、一緒にお茶してるのかなあ。
そうそう。アマンには、ヘルバ、って人もいるんだ。
ヘルバは、お茶よりお酒のほうが好きだったけど。
ピサンリのお菓子があったら、お茶でも文句は言わないと思う。
ヘルバは森の民なんだけど、この街に長く暮らしていて、だから、平原の民のごはんも大好きなんだ。
というか、ヘルバの大好きなお酒は、平原にしかないからさ。
だから、ヘルバは、もうずっと森に帰らないんだ、って…
いやでも、それも、実際のところは、ちょっと違ったのかもしれないんだけど…」
とりとめもなく話し続けてから、いや、これも、話してもしょうがないな、と思って、黙った。
もう!オルニス!ルクス!僕、困っちゃうよ!
いっそ、僕も厨房に行こうかな、と思ったときだった。
「やあ、お待たせお待たせ。」
お菓子を山盛りにした籠を持って、オルニスがあらわれた。
その後ろには、お茶のカップを人数分のせたお盆を持ったルクスも続いていた。
はあ。助かった。
僕は、急いで行って、テーブルにお茶を並べるのを手伝った。
「君の席は…」
僕はあいている椅子を見渡した。
彼に、どの椅子をすすめたらいいのか、迷った。
すると、ルクスは自分の隣を指差した。
「ここへ、こいよ。」
それは、アルテミシアの椅子だった。
子どもは、ちょっと迷うように僕らの顔を見回してから、小さく首を振った。
「僕は、いつも、ここだから。」
「ここ?
って、部屋の隅ってこと?」
オルニスに聞き返されて、子どもは小さくうなずいた。
それに、オルニスは、思いっきりため息を吐いた。
「もうその君の古い習慣はいいから。
僕らは、全員でテーブルにつくんだよ。」
子どもは困ったようにうつむいたまま、からだを固くしている。
僕はその手を取って、ゆっくりと引っ張った。
「おいでよ。
ね?
僕らワルモノの森の民だけど。
君のこと、取って食べたりはしないから。」
「おう、そうだ。
ちゃんと一緒のテーブルにつくなら、そいつはお客だ。
お客は、食ったりしねえ。
けど、床に落ちてるやつは、お菓子と間違えて食っちまうぞ~~~。」
ルクスはまた怪物の真似をした。
その頭を、オルニスが後ろからはたいた。
「だから、それ、やめな、って。
森の民の評判を率先して落としてるのは、君なんじゃないの?」
うっ、とルクスがつまる。
今のは、いろいろと、その、効果覿面すぎた、かも。
奇妙な沈黙の流れるなか、ブブも、僕と反対側の手を取って引っ張った。
「おいで。」
両方からひっぱられて、子どもは、しぶしぶ、腰をあげた。
そのお腹がまた、ぐーと鳴った。
さっきから、焼きたてのお菓子の美味しそうな匂いがさんざん漂っていて、僕のお腹も鳴りそうだった。
アルテミシアの席は、子どもには少し低かった。
ルクスはクッションをたくさん持ってきて、高さを調整した。
ふかふかのクッションをたくさん重ねた上に、子どもはふらふらと座った。
一緒のテーブルについた子どもは、すごく緊張した顔をしていた。
オルニスは、湯気の立つカップに少し水を注いで冷ましてから、子どもの前に置いた。
「さあ、どうぞ、召し上がれ。」
そう言って、焼き菓子の入った籠を、子どものほうへ押しやった。
子どもは、食い入るように、そのお菓子を睨んでいる。
だけど、自分から手を伸ばそうとはしなかった。
「どうぞ?」
僕は、ひとつ取って、その手に持たせてあげた。
その途端、子どもは、無我夢中で、お菓子を頬張り始めた。
ルクスにパンをご馳走してもらってたけど、あんなんじゃ、ぜんぜん、足りなかったのかもしれない。
子どもは籠の中のお菓子を両手に掴んで、一心不乱に食べていた。
僕らは、なんとなく、お菓子に手を伸ばしかねて、お茶だけすすりながら、ただ、その子どもを見守っていた。




