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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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籠のお菓子を全部たいらげてから、子どもははっとしたように僕らの顔を見回した。

それから、ひどく怯えた顔になって、いきなり椅子から飛び下りた。


「っご、ごめんなさいっ!僕っ!」


「あー、謝らなくていいよ?

 お菓子なら、まだ厨房にある。

 それにしても、気持ちのいい食べっぷりだったねえ?」


オルニスは笑いながら、からになった籠を持って、厨房に下りて行こうとした。


そのすきに、子どもは、さっきまでいた壁際に走って行って、そこにうずくまった。

それを見たオルニスは、やれやれ、と口に出して言った。


「いつまでも、それやるなら、焼き菓子に入れて、本当に、食べてしまうよ?」


にこっと、笑ってみせる。

オルニスは怒るより、この笑い方してるときのほうが怖い。


「そういう物言いは、評判を落とすんじゃなかったっけか?」


ルクスはすかさず指摘したけど。


「大丈夫。

 評判なら、もう君が、さんっざん落としてくれたから。

 これ以上は悪くなりようがない。」


見事に反撃をくらっていた。


僕は壁際に行くと、子どもの前にしゃがんで目線を合わせた。


「大丈夫だよ。

 あの人たち、ふざけてばかりだけど、本当に、君を食べたりはしないから。

 だから、安心して、戻っておいでよ。」


子どもは、ぶんぶんと、首を振った。


「食べられないのは、知ってる。

 でも、僕、全部、食べちゃった、から。」


???


「えっと…

 僕たちが、君を食べない、ってのは、ちゃんと、分かってる?

 全部、食べちゃった、ってのは…

 お菓子をひとりで全部食べちゃった、ってこと?」


子どもの話し方はちょっと分かりにくい。

僕は少し考えてから言った。


「そんなことは、全然、構わないんだよ?

 そんなに美味しかったんだ、って、オルニスもきっと嬉しいさ。

 おかわりもあるらしいから、よかったら、もっとたくさん、食べてよ。」


すると、子どもは、じぃーっと僕の顔を見つめた。


「いいの?」


「いいよ。」


僕はちょっと笑っていた。

この子どものことは、好きにはなれないんだけど。

アルテミシアのことを思うと、どうしたって、許せないんだけど。

だけど、笑ってしまったんだ。


すると、子どもは、また、僕の顔をじーっと見つめた。

それから、恐る恐る、というように、尋ねた。


「森の民は、ワルモノなのに?」


やれやれ、と僕も言いたくなった。


「お前は、森の民を、本当に、悪者だと、思うのか?」


待ちくたびれたルクスがやってきて、子どもをひょいと抱き上げた。

子どもは抵抗もせずに、ルクスにだっこされていた。


「…ワルモノ、じゃない、かも…」


子どもは困ったように言った。


「いや、それは、どうかな?

 俺たちは、お菓子を食べさせて、お前のことを騙そうとしている、悪者かもしれんぞ?」


ルクスはわざとそんなことを言った。


「また、そんなこと言って。

 せっかく、悪者じゃない、って認めてくれようとしてたのに。

 子どもを混乱させるのはやめようよ。」


僕は顔をしかめたけど。

ルクスは、ははっ、と明るく笑った。


「いいんだ。悩め悩め。

 そうして、ちゃんと、自分の答えを見つけろ。

 自分の目で見て、確かめて、頭で考えた答えをな。」


そりゃあ、それが一番だけどさ。

僕はため息を吐いた。


「勇者の剣に見初められるくらいなんだから、お前には、本当に勇者になる素質があるんだろう。

 だけど、修行もなしに、勇者にはなれない。

 本当に勇者になりたきゃ、ちゃんとした師匠について、修行しろ。」


ルクスは子どもに言い聞かせるように言った。


「シュギョウ?」


「ああ、そうだ。」


「シショウ?」


「おう。ちゃんとお前の面倒をみてくれる、立派な大人を見つけるんだ。

 お前に本当に大事なことを教えてくれる人だぞ?

 お前のことさんざんいたぶった挙句、金貨一枚で厄介払いするようなやつらじゃねえ。」


子どもはしばらく考えるように頭を傾げていた。


「僕の、お父さんは、立派な人、だった。」


「おう、そうだな。お前を見てると、お前を育てた父ちゃんはちゃんとした人だったんだろうな、って分かるよ。

 お前、母ちゃんは?」


「………いない。」


「そうか。」


ルクスはそれ以上は聞かなかった。

その代わりに、僕らの顔を見回して言った。


「おい、どうしようか?このチビ勇者。」


「君が拾ってきたんだから、ちゃんと最後まで君が面倒をみるべきだね。」


すかさずオルニスが言う。


「とりあえず、あの剣をどうしたのか、聞かないといけないんじゃない?」


僕が言ったら、ああ、そうだった、とルクスは今頃思い出したみたいだった。


「お前、あの剣、どうしたんだ?」


「…置いてきた…」


「隠れ家に?」


「…どうしても、重くて…お腹がすいて…」


「やっぱ、まだお前に勇者は早いな。」


ルクスはチビ勇者の頭を、いつも僕にするみたいにぐりぐりとかき混ぜた。


「じゃあ、とりあえず、その剣を取りに行くか。

 あれは、その辺に放置しといていいもんでもないからな。」


「…分かった。」


チビ勇者は素直にうなずいた。








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