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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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ルクスの連れ帰ってきた子どもを見て、オルニスは目を丸くした。


「連れてきちゃったの?

 え?大丈夫なの?」


「いきなり道端で寝てしまったしな。

 そのまま、置いておくわけにもいかないだろ。」


「いや、だけどさ、この子は…その…」


「敵討ち、だからな。」


オルニスと僕は同時にぎょっとした。


「え?でも、こんなに小さい子…」

「いや、気持ちは分かる。

 もちろん、そうだ、僕だって、許せないさ。

 だけど、いったん、落ち着こう、ルクス。」


「落ち着くのはお前だ、オルニス。」


おろおろするオルニスに、ルクスはちょっと笑った。


「敵討ち、するのは、このチビのほうだ。

 なにせ、俺は、こいつの親の仇だろうからな。」


僕らは、うっ、と押し黙った。


その僕らの話し声に、子どもは目を覚ましたようだった。


「お。目が覚めたか。」


ルクスはそっと子どもを下におろしてやる。

子どもは、眠そうに目をこすっていたけれど、周りで見ていた僕らに気付いて、はっと飛び退いた。


「ワルモノの森の民め!

 この勇者様が、タイジしてやるっ!」


そのまま、ごそごそと自分の背中のあたりを探っている。

多分、いつもそこに背負っている剣を探してたんだと思う。


だけど、今そこに剣はなくて、それに気付いた子どもは、あっ、って顔になった。


「う、あ、その…えっと…僕、忘れ物…」


それを見ていたルクスは、両手の指を怪物の爪みたいに曲げて、わざと上から襲い掛かるようにした。


「おう!

 間抜けな勇者め!

 俺は、お前には、恨み骨髄だ!

 食っちまうぞ~~~!」


子どもは心底怯えた顔になって、そのまま尻もちをついた。


「そういうこと言うから、森の民はワルモノだ、とか、言われるんだろ!」


オルニスは、後ろからルクスをはたいた。


僕はルクスと子どもの間に割って入った。


「や、やめよう、ルクス。

 確かにさ、僕だって、この子のことは憎い。

 だけどさ、こんなふうに、大人たちに取り囲まれて仕返しされる、みたいなのは、よくないよ。」


「お前ら、取り囲んでないし、仕返しするつもりもないだろ。」


ルクスはちょっと呆れたみたいに僕らを見た。

それから、子どもの前にしゃがんで、目線を合わせて言った。


「おい、お前、俺のこと、覚えてるか?」


「も、森の民!」


「いや、ここには森の民、三人いるって…」


ルクスはやれやれって顔をした。


子どもは、僕らの顔をぐるっと見回してから、もう一度ルクスを見て、尋ねた。


「オヒメサマ…いない…」


「お姫様?」


「白い、服、着てた…長くて、白い、きれいな服…」


「ありゃ、花嫁衣裳だ。」


「ハナヨメ?

 そっか、オヒメサマ、じゃなくて、ハナヨメさんだったんだ…

 あの、お姉さんは?」


子どもはどうやら、アルテミシアのことは覚えてたみたいだった。


ルクスは辛そうに顔を歪めたけれど、精一杯、静かな声で話そうとした。


「あのお姉さんはな、アマンへ行った。

 お前につけられた傷のせいで。」


「僕のつけた、傷?」


子どもは驚いたみたいに目を見開いて、聞き返した。


「ああ、そうだ。お前の勇者の剣でつけられた傷だ。」


子どもは、聞いた言葉の意味を考えるように、しばらく一点を見つめていた。

その間に、言葉はゆっくりと子どもの心に沁み込んでいくようだった。

そうして、子どもは、ようやく、その意味を理解したのか、今にも泣きだしそうな顔になった。


僕らはそんな子どもの様子を、じっと観察していた。


オルニスが、沈黙を破るように、ぽつぽつと言った。


「ものを知らない幼子が、森の民は邪悪だと教え込まれて、ただひたすらにそれを信じる。

 そこに、純粋で強烈な悪意が生じたというわけだ。」


「なんて、恐ろしいんだ…」


僕はからだを震わせた。


僕らの言葉を聞いていた子どもも、小さく震えだした。


「っぼ、僕…僕が、あのお姉さんを、コロシタ、の?」


「殺してはいない。

 そうならないために、アマンへ行ったんだ、あいつは。」


「っだ、だけど…アマンは…一度行ったら、もう、…」


子どもはぶるぶると震えると、両手両足を縮めて、うずくまるようにして叫んだ。


「ごめんなさいっ!

 ごめんなさいっ!

 ごめんなさいっ!」


「なあ?

 森の民は、ワルモノ、なんだろ?

 殺してもいいんじゃないのか?」


ごめんなさい、を連呼する子どもに、ルクスは静かに尋ねた。

子どもはびっくりしたように顔を上げて、ルクスを見つめた。

幼くても、その表情は、絶望、しているように見えた。


「だけど、あのお姉さん、優しかった。

 捕まえられても、痛くなかった。

 それに、とっても、きれいだった。」


「まあ、あいつは、チビをいたぶるような真似はしないからな。

 きれいなのは、当然だな。

 しかし、今ここに、それ、関係あるか?」


子どもはぶるぶると首を振った。


「みんな、僕を捕まえて、殴った。

 親のいない子どもは、親の代わりに殴ってやるんだ、って。

 僕が悪いことをするから、しつけをする、って。」


「そんなことしたのは、どこのどいつだ!

 俺が行って、そいつを一発殴ってやる。」


ルクスはむっとしたように言った。

それに、子どもは、力なく答えた。


「みんな、だよ…みんな…

 父ちゃんの友だちだ、って言ってた。

 僕の父ちゃんは、弱虫で、いきなり敵に背中をむけて、逃げだした。

 弱虫のハジシラズだった。

 だから、友だちは、それ以上父ちゃんが恥をかかないように、父ちゃんを斬った。

 僕は、そんな父ちゃんのハジシラズがイデンしてるから、ハジシラズにならないように、もっと厳しくしつけなきゃいけない、って…」


「むちゃくちゃだ!」


僕は思わず叫んでしまった。

もうこれ以上、子どもの話しを聞いていられなかった。


「なんだよ、その大人たち!」


「クソだ、クソ。クソ野郎だ。」


オルニスも怒ったみたいに言った。


「この世界には、ときどきいるんだ、そういうやつらも。」


ルクスは諦めたようなため息を吐いた。


「そしたら、ユメノオツゲがあった。

 僕に、勇者になって、森の民のマオウを倒せ、って。

 オツゲに言われた通りに行ったら、勇者の剣があった。

 だから、僕は、勇者になって、マオウを倒す旅に…」


僕らは黙って子どもの話しを聞いていた。

どこにどう、相槌をうったらいいのか、まったく分からなかった。


「みんな、喜んでくれた。

 勇者の剣さえあれば、僕みたいなハジシラズでも、森の民のマオウを倒せるだろう、って。

 金貨を一枚ずつくれた。

 そうして、行ってこい、マオウを倒すまでは、帰ってくるなよ、って…」


「ならもう、お前に帰るところは、ないのか。」


ぽつり、とルクスが言った。

それに、子どもは、小さく頷いた。


「そんなとこ、帰らなくていい!」


僕は思わず言っていた。


そうしたら、子どもは、ゆっくりと、泣き始めた。

小さい子が、もうどうしようもなくて、泣くみたいに。

両手両足を投げ出して、途方に暮れたみたいに、泣いていた。



















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