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あの子どもが、水路から外に出てきた。
その報せを受けたのは、それから二三日経ったころだった。
どうやらルクスの読み通り、人目につかない、私有地の中にある出入口から出てきたらしかった。
見張りは二人組で、片方が僕らに報せてくれて、もう片方は、そのまま子どもの後をついていってる、ということだった。
子どもは、市場へ行くと、そのままそのあたりをうろついている。
続いてもうひとりのほうも、その報せを持ってきてくれた。
買い物を済ませていないなら、捕まえる好機かもしれない。
僕とルクスは、ステルステント(仮)の魔法を使って、市場へ行ってみることにした。
「気を付けて、ルクス。
僕ら、みんなから見えなくはなるけど、音は聞こえる。
触ったら、それも分かるから。」
「おう。分かった。
声も立てず、誰にもぶつからないようにしろ、ってことだな。」
ルクスはうなずくと、僕らは、こっそりと家を出た。
あれからも、家に来てくれる街の人たちにも見てもらって、ステルステント(仮)の魔法の効果は確かめてあった。
僕も、何回も練習したから、きっと大丈夫だと思う。
あ。精霊にお願いするときには、怖い人から見えないように、じゃなくて、誰からも見えないように、って言うことにした。
街には人通りもあるけど、ルクスは器用にそれを避けて行った。
昼間の街中は、いろんな人の足音や話し声で賑やかだから、僕らのたてる足音なんかは、それほど気にしなくても大丈夫そうだった。
ただ、うっかり声は出さないように、それだけ気を付けて歩いた。
市場に着くと、すぐにあの子どもは見つかった。
本人は、物陰に身を潜めているつもりなのかもだけど、後ろから丸見えだった。
あの剣は置いてきたのか、今日は背負っていなかった。
隠れ、てるつもりで、子どもは、ある屋台をじぃっと見つめ続けていた。
それは、焼いた肉をパンに挟んだのを売ってる店だった。
「なんだ、あいつ。意外と大人びた趣味してるな。」
ルクスは屋台を見て、感心したみたいに言った。
僕は大急ぎで、しっ、と指を唇にあてた。
ルクスも、あわてたみたいに、僕の真似をして、指を自分の唇にあてた。
市場には、飴とか焼き菓子とか、子どもの好きそうなものを売っている屋台もあるんだけど。
子どもはさっきからずっと、そのパンの屋台から目を離さなかった。
それ以外の店は、この世界から消えてしまったみたいに集中していた。
「あいつ、もしかして、腹、へってんのかな?」
もう一度しゃべったルクスに、僕は、また、しっ、って言おうとしたんだけど。
その前に、ルクスは、すたすたと子どものほうへ歩き出していた。
「ぅわっ、ちょっ、ルクスっ、ルクスっ。」
僕は小声でルクスを呼びながら、急いでそれを追いかけた。
あんまり僕から離れたら、魔法の効果が消えてしまう。
ルクスは子どものすぐ後ろに立つと、視線の高さを合わせて、彼の見ているものを並んで見た。
子どもは、もうずっと屋台に気をつられていて、ルクスの気配には気付かないみたいだった。
「おい。
腹、減ってんのか?」
いきなり誰もいないところから声がして、驚いた子どもはきょろきょろと辺りを見回した。
その拍子に、子どものお腹が、ぐーって鳴った。
ルクスは小さなため息を吐くと、すたすたと屋台のほうへ歩き出した。
「ちょっ、ルクスっ!
僕から離れたら、魔法がっ!」
僕はなんとかルクスに注意しようと必死だったけど。
ルクスは、まったく聞いていなかった。
ポケットから金貨を一枚取り出すと、屋台の上に置いて、代わりにパンをひとつ取る。
屋台のおじさんは、パンがひとつ消えて、いきなり金貨があらわれたので、驚いたみたいだった。
「えっ?
客?
えっ?
お客さん?お客さん?
いや、多いよ?お客さん?」
慌てて金貨を置いて行ったお客を探し回っていたけど、僕らを見つけることはできなかった。
ルクスはもう一度子どもの隣に戻ると、その手を取って、パンを持たせてやった。
子どもは、いきなり自分の手のなかにあらわれたパンに目を丸くしたけれど、何かを考える余裕もないみたいに、大きな口を開けてかぶりついた。
よっぽど、お腹がすいていたのかな。
あとはもう、何も言わず、一心不乱に食べ始めた。
「慌てなくてもいい。ゆっくり食え。」
ルクスは、見えないこともお構いなしに、子どもに話しかけている。
子どもはそんな状況も気にならないのか、平気な顔をして、見えないルクスと話しを続けた。
「お前、どこで暮らしてんだ?
めしは?
ちゃんと、食ってるのか?」
「………地面の下の、川?みたいなとこ。
めし、は…昨日、の、その前、の、その前、の…」
「もしかして、もう、金がないのか?」
それに子どもは小さく頷いた。
それを見て、ルクスは、ため息を吐いた。
「もう、家に帰れ。
お前には、勇者はまだ早い。」
「だめだ!俺は、勇者の剣に選ばれたんだ!」
子どもは少し元気が出たのか、威勢よく言った。
その声に、周りの大人たちが驚いて、何事かとこっちを見る。
その大人たちを、子どもは、爛々と光る眼で見返して言った。
「世界の平和は、僕が守る。」
やれやれ、子どもの勇者ごっこか。
大人たちは小さく笑うと、また歩き出す。
子どもは、その人たちに聞こえるように、声を張り上げた。
「ユメノオツゲ、を見たんだ。
森の民の、悪いマオウを倒せ、って。
そのために、お前に力をやろう、って。」
森の民の悪い魔王?
大人たちは、子どもの声も聞こえているんだろうけど、誰も足を止めない。
完全に遊びか何かと思っているんだろう。
そうとしか思えないほどに、子どもはまだ小さかった。
「森の民の悪いマオウは、世界をホロボソウとしているんだ。
だから、戦わなくっちゃ。」
「そうかそうか。」
ルクスは子どもの隣にしゃがみこんで、ゆっくりと言った。
子どもは、やっとちょっと満足したのか、それともちょっと疲れたのか、そこに座り込んだ。
ルクスは、子どもに静かに尋ねた。
「お前は、森の民の魔王さえ退治したら、満足するのか?」
それには子どもは首を振った。
「だめだよ。
森の民は、みんな、マオウなんだもの。
みんな、やっつけなきゃ。」
「王ってのは、そんなにぞろぞろいないもんだぞ?
魔王も、ひとりなんじゃないか?」
「…そうなの?」
子どもは少し頼りなさそうな声になったけど、すぐに、ぶんぶんと首を振った。
「マオウじゃなくったって、森の民はワルモノだ。
ワルモノだから、やっつけるんだ。」
「森の民は、みんなワルモノなのか?」
「そうだよ!」
「じゃあ、ワルモノだって、証拠は?」
「しょうこ?
しょうこ…
だって、みんな、言ってる。
森の民は、ワルモノだ、って。
コロシてもいいんだ、って。
王様の命令だ、って。
っだ、だからっ、僕っ、お、俺はっ!」
僕と俺が、ごちゃごちゃになっちゃってるなあ。
妙なこと、僕は気になった。
子どもは、自分のこと、俺、って言いたいみたいだけど、気を抜くと、僕、になってしまうんだ。
なんだかそういうところも、この子どもが精一杯背伸びしてるみたいに思えた。
話し疲れてきたのか、それとも、お腹がいっぱいになって安心したのか、そのうちに、子どもは、その辺の木箱にもたれて眠ってしまった。
そのくらい、まだ幼い子どもなんだ。
「さて。どうしたもんかな?このチビ勇者。」
ルクスと僕は顔を見合わせた。
「ここに置いとくのも、なんだしな。
せっかく見つけたことだし、連れて帰るか?」
ルクスはこともなげに言った。
え?
連れて、帰る?
僕が何か言う前に、ルクスは、ひょいと眠った子どもを抱え上げていた。




