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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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じゃあさ。

ということはさ。


「あの剣を、あの子どもから引き離せば、問題はない、のかな?」


つまり、悪意を以て、誰かを傷つけなければいい、ってことだよね?


けれど、大精霊は、ちょっと困った、みたいに、首を傾げた。


「…それは、なんとも言えません…」


なんかさ。この大精霊はさ。精霊なんだけど、けっこう、人、っぽいところ、多いよね。

人、との付き合いが長いからかな。


「その剣の性質を、わたくしたちは想像で話しておりますけれど。

 隅々まで完全に理解している、とは、言えませんから。」


なるほど。

まだ、なにか、分かってないこともあるかもしれない、んだ。


それに、と大精霊は、言い足した。


「もしかしたら、この世界に、あのような剣が現れたことは、必然、かもしれません。」


「必然?」


そんなの必然になっちゃったら、けっこう、困るんだけど。


けれど、大精霊は容赦なく頷いた。


「この世界には、世界則を厳重に護っている、番人、のような存在があるのです。」


「世界則の、番人?」


「番人、と申しましても、人、ではありません。

 生き物ですら、ないのです。

 それは、この世界を護っている、大いなる存在です。

 しかし、その番人にとっては、世界のエエルの流れを、適切に保つことが、なにより大切なこと。

 ゆえに、それを護るためならば、この世界に棲むモノらの事情など、感知するところではありません。」


なかなかに、それは、手厳しいな。


「みなさんも、ご存知なことを申し上げれば、エエルが不足し、この世界の崩壊を招きそうになれば、エエルを固定化する虫を出現させるのも、この番人の仕事です。

 それにより、この世界は、ぎりぎり存在を保っていても、世界に棲む人々は、たいそうな困難を強いられることになりました。」


そうだった。


白枯病でたくさんの森は枯れてしまったし。

それで、アマンへと渡った森の民も多い。

世界中、あちこちで土地は荒廃して。

人々は、いろんなものを奪い合っていた。


「番人には、理性も、感情も、ありません。

 ただ、調整、をするのみなのです。」


あんな状況を、わざと作り出したモノ、がいるとするならば、それは、とんでもなく冷酷なモノだ。

冷酷で、無慈悲で、容赦のないモノだ。


それがつまり、世界則の番人、なんだ。


「あんな剣みたいなものが現れるのも、その番人の仕業だ、って言いたいのか?

 なら、もし、あの剣をなんとかしたとしても、また次の何かが現れるかもしれない?」


「なんのために、その番人は、そんな酷いことをするの?」


僕らは同時に言っていた。

大精霊は、僕らの顔を順番に見て、ひとつ、頷いた。


「この世界に溢れすぎた、精霊たちを、淘汰するために。」


精霊を、淘汰?


「今、この世界には、アマンからたくさんの精霊たちが押し寄せています。

 そのせいで、この世界の世界則に揺らぎが生じているのも事実です。

 だから、番人は、精霊を滅ぼすモノを顕し、精霊たちの量を減らそうとしているのです。」


そんなの。そんなこと。


「なら、精霊たちに、早く逃げるように、言ってあげないと!」


そんな、罠に嵌めて滅ぼされる、みたいなの、放っておけない。


「危険を察知すれば、おそらくは、自らアマンへ帰るモノも多いでしょう。

 番人にとっては、それも、目的を果たすことになるはず。

 世界則の番人は、精霊の量を調整したいのであって、精霊を滅ぼすことが、目的ではありません。

 あくまで、この世界の世界則を護るために、その手段を取っているにすぎないのです。」


そんな恐ろしい存在が、あるんだ。


「それすらも、この世界を適切に保つためには、必要なこと。」


大精霊は淡々と言い切った。


「いわばそれは、世界そのものの用意した、世界を正常に保つための作用のひとつ、です。」


なんだかもう、相手が大き過ぎて、そんなの相手に、僕らのやれることなんか、なんにもないだろう、って思う。


だけど、それでも、あの剣はやっぱり放置できない。

悪意を以て、あの剣に傷つけられた人は、アマンへ渡るしかなくなるから。

そういうことを、僕らは防ぎたいんだから。


番人は僕らの都合は考えてくれないのかもしれないけれど。

たとえば、白枯虫を浄化して回ったときのように。

僕らは、僕らの棲む場所を護るために、僕らにできることをやるまでだ。


まずは、最初のひとつ。

次またなにかあるかもしれないとしても。

今、目の前のひとつを、なんとかしよう。


「とにかく、あの子の手から、あの剣は取り上げないと、だ。」


そもそも、あんな小さい子どもに、あの剣は似合ってなかった。

うまく使いこなせないのに、持ってるなんて、危ないじゃないか。


「あいつ、自分は、勇者の剣を手に入れたんだ、って言ってたっけ。」


「どこで引っこ抜いてきたのかな。

 なんだって、そんな危ないもの、その辺に突き刺しておいたんだ。」


まったくもって、迷惑な話しだよ。


大精霊は、少し呆れたみたいに、お兄さま、と呼びかけた。


「名のある剣というものは、強い意志を好むもの。

 そうして、そのような意志を持つモノを、呼び寄せることもあるようです。」


「強い、意志?」


あの子どもには、それがあるって言うの?


「あの小僧の中には、そのくらい強い、悪意、があるってことか?」


「なんだって、あんな小さいのに、そんな、悪意、とか持ってしまったんだ?」


僕なら、あのくらいのときには、ほけほけと、その辺の羽虫とか、追っかけてたよ?

憎しみとか、恨みとか、そういう感情は、もっと大きくなってからじゃないと、分からないって思うんだ。


「あの子どもは、あの剣に、選ばれて、しまったのかもしれません。」


大精霊はそう言って、残念そうに首を振った。


なんてこった。

剣にそんなこと見込まれるなんて。


「あの子どもは、なんだって、アルテミシアに、そんな悪意を持ったんだろう?」


そもそも、僕はそれが分からなかった。


「アルテミシアは、あの子に、何もしてないだろう?

 なんだって、そんな悪意をむけられないといけなかったの?」


「あいつが狙ったのは、アルテミシアじゃない。俺だ。」


僕の疑問に答えたのはルクスだった。

確かにそうだった。

アルテミシアは、とっさにルクスを庇って、剣に傷つけられた。


「だけど、じゃあ、ルクスだって…」


「なあ?

 あいつって、まだ、かなり、幼いガキだよな?」


いきなり何を言い出すんだろう、と、僕はルクスを見た。


「え?あ、ああ、…うん、まあ、そうだよね?」


「勇者になって旅に出るにゃあ、少し早いだろ?

 あの年頃なら、まだ、親の懐に潜り込んでいるもんじゃねえか?」


「…そうだね。」


僕もすごくそう思ってるよ。


「なのに、あいつは、剣を取って、旅に出た。

 そうしないといけなかったからだ。」


剣の切っ先がふらふらしてたのを、よく覚えている。

宿にも、ひとりで泊まっていたって聞いた。

あの大きな剣を背負って、あの子は、ひとり旅をしているんだ。


「その原因は、俺が作ったんだ。」


「ルクスが?いったい、何をしたの?」


「戦。」


たった一言短く、ルクスは答えた。

僕は、はっとした。

あの子の親は、戦のせいでいなくなったのか。

だから、あの子は、あんなに小さいのに、ひとりきり、剣を取って…


ルクスは真剣な目をして言った。


「だから、あの小僧のことは、俺自身が、決着をつけないといけない。

 あの厄介な剣のことも。

 みんな俺が招いたことだ。」


ルクスは、困ってる人たちを助けるために、兵を起こした。

横暴な王様を追い出して、みんなのために、いい国を作ろうとした。

だけど、その裏で、傷ついたり、辛い目にあったりした人たちも、大勢、いたんだ。

ルクスはもちろん、その人たちのことも助けようとはしただろうけど。

全員を助けられたとは限らないし。

それに、ルクスに助けられることを、望まなかった人もいるかもしれない。


「俺はまだまだ、自分の侵した罪をつぐなわなくちゃいけない。」


そうか。

だから、ルクスは、アルテミシアと一緒には行けなかったのか。


だけど。なら、僕だって。


「アマンから、次々と精霊を喚び寄せて、世界を混乱させたのは僕の罪だ。

 そのために、誰かを辛い目にあわせているんなら。

 僕も、そのつぐないをしなくっちゃ。」


もしかしたら、世界則の番人が、一番、滅ぼしたいのは、僕かもしれない。

何より、混乱を招いたのは僕なんだから。


なんだか、どこかから、感情のない冷たい目に、じっと見つめられているような気がして、背筋がぞくっとした。









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