467
じゃあさ。
ということはさ。
「あの剣を、あの子どもから引き離せば、問題はない、のかな?」
つまり、悪意を以て、誰かを傷つけなければいい、ってことだよね?
けれど、大精霊は、ちょっと困った、みたいに、首を傾げた。
「…それは、なんとも言えません…」
なんかさ。この大精霊はさ。精霊なんだけど、けっこう、人、っぽいところ、多いよね。
人、との付き合いが長いからかな。
「その剣の性質を、わたくしたちは想像で話しておりますけれど。
隅々まで完全に理解している、とは、言えませんから。」
なるほど。
まだ、なにか、分かってないこともあるかもしれない、んだ。
それに、と大精霊は、言い足した。
「もしかしたら、この世界に、あのような剣が現れたことは、必然、かもしれません。」
「必然?」
そんなの必然になっちゃったら、けっこう、困るんだけど。
けれど、大精霊は容赦なく頷いた。
「この世界には、世界則を厳重に護っている、番人、のような存在があるのです。」
「世界則の、番人?」
「番人、と申しましても、人、ではありません。
生き物ですら、ないのです。
それは、この世界を護っている、大いなる存在です。
しかし、その番人にとっては、世界のエエルの流れを、適切に保つことが、なにより大切なこと。
ゆえに、それを護るためならば、この世界に棲むモノらの事情など、感知するところではありません。」
なかなかに、それは、手厳しいな。
「みなさんも、ご存知なことを申し上げれば、エエルが不足し、この世界の崩壊を招きそうになれば、エエルを固定化する虫を出現させるのも、この番人の仕事です。
それにより、この世界は、ぎりぎり存在を保っていても、世界に棲む人々は、たいそうな困難を強いられることになりました。」
そうだった。
白枯病でたくさんの森は枯れてしまったし。
それで、アマンへと渡った森の民も多い。
世界中、あちこちで土地は荒廃して。
人々は、いろんなものを奪い合っていた。
「番人には、理性も、感情も、ありません。
ただ、調整、をするのみなのです。」
あんな状況を、わざと作り出したモノ、がいるとするならば、それは、とんでもなく冷酷なモノだ。
冷酷で、無慈悲で、容赦のないモノだ。
それがつまり、世界則の番人、なんだ。
「あんな剣みたいなものが現れるのも、その番人の仕業だ、って言いたいのか?
なら、もし、あの剣をなんとかしたとしても、また次の何かが現れるかもしれない?」
「なんのために、その番人は、そんな酷いことをするの?」
僕らは同時に言っていた。
大精霊は、僕らの顔を順番に見て、ひとつ、頷いた。
「この世界に溢れすぎた、精霊たちを、淘汰するために。」
精霊を、淘汰?
「今、この世界には、アマンからたくさんの精霊たちが押し寄せています。
そのせいで、この世界の世界則に揺らぎが生じているのも事実です。
だから、番人は、精霊を滅ぼすモノを顕し、精霊たちの量を減らそうとしているのです。」
そんなの。そんなこと。
「なら、精霊たちに、早く逃げるように、言ってあげないと!」
そんな、罠に嵌めて滅ぼされる、みたいなの、放っておけない。
「危険を察知すれば、おそらくは、自らアマンへ帰るモノも多いでしょう。
番人にとっては、それも、目的を果たすことになるはず。
世界則の番人は、精霊の量を調整したいのであって、精霊を滅ぼすことが、目的ではありません。
あくまで、この世界の世界則を護るために、その手段を取っているにすぎないのです。」
そんな恐ろしい存在が、あるんだ。
「それすらも、この世界を適切に保つためには、必要なこと。」
大精霊は淡々と言い切った。
「いわばそれは、世界そのものの用意した、世界を正常に保つための作用のひとつ、です。」
なんだかもう、相手が大き過ぎて、そんなの相手に、僕らのやれることなんか、なんにもないだろう、って思う。
だけど、それでも、あの剣はやっぱり放置できない。
悪意を以て、あの剣に傷つけられた人は、アマンへ渡るしかなくなるから。
そういうことを、僕らは防ぎたいんだから。
番人は僕らの都合は考えてくれないのかもしれないけれど。
たとえば、白枯虫を浄化して回ったときのように。
僕らは、僕らの棲む場所を護るために、僕らにできることをやるまでだ。
まずは、最初のひとつ。
次またなにかあるかもしれないとしても。
今、目の前のひとつを、なんとかしよう。
「とにかく、あの子の手から、あの剣は取り上げないと、だ。」
そもそも、あんな小さい子どもに、あの剣は似合ってなかった。
うまく使いこなせないのに、持ってるなんて、危ないじゃないか。
「あいつ、自分は、勇者の剣を手に入れたんだ、って言ってたっけ。」
「どこで引っこ抜いてきたのかな。
なんだって、そんな危ないもの、その辺に突き刺しておいたんだ。」
まったくもって、迷惑な話しだよ。
大精霊は、少し呆れたみたいに、お兄さま、と呼びかけた。
「名のある剣というものは、強い意志を好むもの。
そうして、そのような意志を持つモノを、呼び寄せることもあるようです。」
「強い、意志?」
あの子どもには、それがあるって言うの?
「あの小僧の中には、そのくらい強い、悪意、があるってことか?」
「なんだって、あんな小さいのに、そんな、悪意、とか持ってしまったんだ?」
僕なら、あのくらいのときには、ほけほけと、その辺の羽虫とか、追っかけてたよ?
憎しみとか、恨みとか、そういう感情は、もっと大きくなってからじゃないと、分からないって思うんだ。
「あの子どもは、あの剣に、選ばれて、しまったのかもしれません。」
大精霊はそう言って、残念そうに首を振った。
なんてこった。
剣にそんなこと見込まれるなんて。
「あの子どもは、なんだって、アルテミシアに、そんな悪意を持ったんだろう?」
そもそも、僕はそれが分からなかった。
「アルテミシアは、あの子に、何もしてないだろう?
なんだって、そんな悪意をむけられないといけなかったの?」
「あいつが狙ったのは、アルテミシアじゃない。俺だ。」
僕の疑問に答えたのはルクスだった。
確かにそうだった。
アルテミシアは、とっさにルクスを庇って、剣に傷つけられた。
「だけど、じゃあ、ルクスだって…」
「なあ?
あいつって、まだ、かなり、幼いガキだよな?」
いきなり何を言い出すんだろう、と、僕はルクスを見た。
「え?あ、ああ、…うん、まあ、そうだよね?」
「勇者になって旅に出るにゃあ、少し早いだろ?
あの年頃なら、まだ、親の懐に潜り込んでいるもんじゃねえか?」
「…そうだね。」
僕もすごくそう思ってるよ。
「なのに、あいつは、剣を取って、旅に出た。
そうしないといけなかったからだ。」
剣の切っ先がふらふらしてたのを、よく覚えている。
宿にも、ひとりで泊まっていたって聞いた。
あの大きな剣を背負って、あの子は、ひとり旅をしているんだ。
「その原因は、俺が作ったんだ。」
「ルクスが?いったい、何をしたの?」
「戦。」
たった一言短く、ルクスは答えた。
僕は、はっとした。
あの子の親は、戦のせいでいなくなったのか。
だから、あの子は、あんなに小さいのに、ひとりきり、剣を取って…
ルクスは真剣な目をして言った。
「だから、あの小僧のことは、俺自身が、決着をつけないといけない。
あの厄介な剣のことも。
みんな俺が招いたことだ。」
ルクスは、困ってる人たちを助けるために、兵を起こした。
横暴な王様を追い出して、みんなのために、いい国を作ろうとした。
だけど、その裏で、傷ついたり、辛い目にあったりした人たちも、大勢、いたんだ。
ルクスはもちろん、その人たちのことも助けようとはしただろうけど。
全員を助けられたとは限らないし。
それに、ルクスに助けられることを、望まなかった人もいるかもしれない。
「俺はまだまだ、自分の侵した罪をつぐなわなくちゃいけない。」
そうか。
だから、ルクスは、アルテミシアと一緒には行けなかったのか。
だけど。なら、僕だって。
「アマンから、次々と精霊を喚び寄せて、世界を混乱させたのは僕の罪だ。
そのために、誰かを辛い目にあわせているんなら。
僕も、そのつぐないをしなくっちゃ。」
もしかしたら、世界則の番人が、一番、滅ぼしたいのは、僕かもしれない。
何より、混乱を招いたのは僕なんだから。
なんだか、どこかから、感情のない冷たい目に、じっと見つめられているような気がして、背筋がぞくっとした。




