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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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その場所は、一度、この木が折れたときに、再び新しい幹が生えだした場所だった。

最初は、人ひとりなんとか立てるくらいの木の俣だったんだけど。

今は横枝も張り出して、枝の上に枝が重なり、ちょっとした小部屋くらいの広さになっていた。


大精霊はそこにいて、にこにこと僕らを出迎えてくれた。


「ようこそ。お兄さま。」


「あれ?僕らのこと、見えてる?」


思わずそう言ったら、大精霊は、ころころと笑った。


「お兄さまは、怖い人から、僕らを見えないように、と精霊にお命じになったのでしょう?

 わたくしは、お兄さまにとって、怖い人、ではありませんから。」


なるほど。

そういうことか。


「なんだ?

 大精霊は、そこにいるのか?」


ルクスは明後日の方を見て、きょろきょろしている。

僕は慌てて、大精霊に祈った。


「どうか、その姿を、顕してください。」


すると大精霊は輝いて、ルクスは眩しそうに腕を上げて影を作りながら、そっちを見た。


「おう!久しぶりだな?」


「お久しぶりです。ルクスさま。」


大精霊は、少し、戸惑うように挨拶をした。

アルテミシアのことを、どう言ったらいいのか、迷ったんだ。

そうしたら、ルクスが先に言った。


「アルテミシアが、あんたの世話になったみたいだな。

 礼を言う。」


「…なにも。

 あの場にはわたくしもおりましたのに。

 護って差し上げることもできず…」


しょんぼりと下をむく大精霊に、ルクスは小さく首を振った。


「あいつを護れなかったのは、俺だ。

 あんたは何も悪くない。

 おまけに、あの大悪党を逃がす、という失態を、しでかしちまった。

 おかげで、アルテミシアにも置いていかれる始末だ。」


ルクスは皮肉げに、ちょっと笑った。


「てめえの始末をつけてこい、ってあいつに言われて。

 それももっともだ、と、こうして今も、じたばた、やってる。」


「すべて、存知て、おります。」


そうなんだ。

僕らから大精霊に会いにくるのは、なかなか大変なんだけどさ。

大精霊は、この世界のことは、ここに居ながらにして、全部、知っているんだ。


「へえ~。

 そりゃあ、話しが早くて助かるな。」


ルクスは感心したみたいに言った。


「なら、あんたには分かるか?

 あの小僧の行先が?」


大精霊はしばらく何か考えてから、首を振った。


「いいえ。

 彼は、風の中にはいません。

 風は、彼を見つけられない、と言っています。」


「風?」


ルクスは首を傾げる。

大精霊の独特の感覚には、ちょっと慣れるのに時間がいるかも。

僕はちょっと自分なりの解釈を言ってみた。


「だとすると、彼は、風のあまり動かない場所にいる、ってことかな。」


「風の動かない場所?」


「どこか頑丈な建物の中、みたいな?

 しばらくの間、そこから外に出ていない、ってことだと思う。」


「どっかに隠れてるってことか。

 確かに、この街にゃ、風の入り込まねえ建物は山ほどあるからな。

 やっぱ、小僧探しは、オルニスに任せるしかねえか。」


オルニスは、街の人たちの力を借りて、あの子どもを探してくれている。

今はその結果を待つしかなさそうだった。


「あの、剣の気配は?

 君にも分からないの?」


僕はそっちを尋ねてみた。

なんなら、あの子どもは見つからなかったとしても。

僕らとしては、あの剣さえ、なんとかできればいいわけだし。


けれど、大精霊は、今度はさっきよりも早く首を振った。


「あの剣自体には、何か気配を発することはありません。」


「あんな禍々しいもんが、分からねえのか?」


「禍々しく、は、ないのです。」


大精霊はちょっと困ったように首を傾げた。


「剣自体には、善も悪もありませんから。

 善悪とは、その力を振るうモノの意志にあるものです。」


「なるほどな。」


ルクスはすぐに理解したみたいに頷いた。


「あの剣自体が、闇ってわけじゃねえのか。」


「あの剣は、剣を振るうモノの意志を、剣でしるしつけたモノに宿すのです。

 悪意を以て剣を振るえば、その傷は、底知らぬ悪意を宿す。

 そういうモノ、です。」


なるほど。それがあの剣の正体か。


あの子どもは、強い悪意を以て、アルテミシアを傷つけた。

だから、その悪意が、アルテミシアの傷に宿ったんだ。


「精霊たちは、人にとっての善悪には関りなく、ただ、強い思い、に引き寄せられます。

 それゆえに、傷に宿った悪意にも、強く惹かれるのです。

 しかし、強い悪意には、同時に、強い破壊的衝動も含まれています。

 その衝動に巻き込まれて、精霊たちは、自らをもまた、破壊してしまうのです。」


なんてことだ。

つまり、それで、あの傷は、たくさんのエエルを吸い取っている、みたいなことになっていたのか。


「傷に宿る悪意は、近付く精霊たちのエエルを得て、さらに増大し、暴走していました。

 アルテミシアは、自らの意志の力で、それを抑え込もうとしていましたけれど。

 日に日に体力を失っていくからだでは、それはたいそう、困難なことでした。

 結局、アルテミシアは、自らの意志で動けるうちに、アマンへと渡る決意をしました。」


「意志で抑え込む?

 そんなこと、可能なもんなのか?」


「わたくしも、それを可能にした、人、を、アルテミシアの他には知りません。」


「…そっか。

 やっぱ、すげえな、あいつ。」


ルクスは、辛そうに笑った。


「アマンに行けば、アルテミシアの傷に宿った悪意は、消滅するの?」


むこうでも、それはまた、たくさんの精霊を滅ぼしているんじゃないだろうか。

だけど、大精霊は、僕の心配を吹き払うように、微笑んだ。


「あちらでは、精霊は、たとえ消滅したとしても、恐ろしい速さで再生します。

 そして、それは無限に繰り返されます。

 ゆえに、あちらにおいては、あの傷の存在は、まったく問題になりません。

 アルテミシア自身の失ったエエルも、あちらにいれば、即座に補給される。

 ゆえに、アルテミシアの存在も、あちらならば、守られるのです。

 たとえ、どれほどの強い意志だとしても、永遠に消滅しないモノなどあり得ません。

 いずれ、あの傷に宿された悪意も、消え果てるときはくるでしょう。」


アルテミシアは、それをじっと待ってる、ってことか。


「結局は、じっと我慢して待つしかない。

 けど、あいつなら、きっと、それもやり遂げるだろう。

 そういうやつだ。」


そして、ルクスもきっと、そのときを、じっと待ってるんだ。


なんて、長くて辛い試練なんだろう。

ようやく、ふたりの思いは、叶ったばかりだ、って言うのに。

なんだって、このふたりは、こんな辛い運命を背負わないといけないんだろう。


だけど、このふたりなら、どんな辛い運命も、一緒に乗り越えられると思う。

だから、僕は、ふたりを信じて、一緒に待とう。






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