464
さて。ステルステント、か。
ルクスは二階の書庫に籠っているし、オルニスは地下の厨房へ行ってしまった。
結果的に居間を独り占めになる。
僕は、腕組みをして、ふむ、なんて気合を入れてみたけど…
すぐに、その首を傾げてしまった。
どうやって、やるんだろ。
前に、魔法の修行をしたときには、ヘルバが師匠についてくれた。
あのときのことを思い出してやってみようとしたけど…
うまく、イメージ、できない。
ステルステントに入れば、周りのエエルの影響も受けないし、外にいる人からは姿も見えなくなる。
そんなの、どうやってやってるんだ?
匠がいたら、教えてくれたかな?
けど、匠の説明って、いっつも、半分も分からなかったからな…
少なくとも、匠はその仕組みを分かってたわけで。
だからこそ、ラブリーフライングソーサーちゃんに、ステルステントの機能をつけられたわけで。
匠って、自分じゃ魔法を使わない。
だけど、魔法の能力を持つ装置を次々と作りだす。
あれは、どういう感じなんだろ。
山の民って、総じてそんな感じだった。
まあ、研究院に招かれてた人たちって、魔法装置に詳しい人ばかり選ばれていたかもだけど。
故郷には何百年も変わらずに動き続ける魔法装置がいくつもある、って言ってたっけ。
ご先祖様の作ったその装置を、ずっとずっと大事に使い続けているんだ、って。
彼らは、どうやって、魔法、を理解してたのかな。
もうちょっとちゃんと、話し、聞いておけばよかった。
ヘルバの教え方は、もうちょっと違った。
こう、ふわふわ~、ときたらですね?
ひょろひょろ~、っとなって、それから、ひらひら~、っと…
身振り手振りでそんなふうに教えてくれたんだけど。
それはそれで、分かるような、分からないような…
とはいえ、匠の説明よりは、なんとなく、分かった、っけ?
ステルステントをヘルバ流に説明してみると…
……………
…………………
……………………………
いや、みれない、って。
誰か、師匠になってくれないかな。
せめてここに、アルテミシアがいたらなあ。
いや。
アルテミシアがいたら、僕がステルステントを使う必要なんかないわけで。
そしたら、こんな修行なんか、してないか。
王都の研究院には、魔法を使いこなす人たちもいた。
あの人たちに、もっといろいろ習っておくんだった。
賢者、とか言われてるけど。
僕のほうが、何も知らない。
この石の街には、ヘルバの他には魔法を使える人なんかいない。
だから、師匠になってくれそうな人もいない。
………ルクスは、なにかいい書物、見つかったかな?
僕も、書物、漁ってみようか?
けどなあ、書物かあ、………。
紋章がさっぱり理解できなかったみたいに、僕は書物を読んでも、それをなかなか実践できない。
感覚として、からだに沁み込む、みたいな感じじゃないと、理解できないんだ。
うむむむむ。
捻った首がずんずん傾いていって、僕はそのままころりと転がった。
む、む、む!
ムリ、っていつもの癖で思いそうになったとき、ふと、いい香りに気を取られた。
湯気の立つカップをふたつ手に持って、オルニスが厨房から上ってきた。
「お茶でも、どう?」
オルニスはテーブルにカップを置くと、僕の前に座った。
それから、おもむろに、言い難そうに口を開いた。
「…さっきは、その、ごめん。」
え?なんのこと?と見返す僕に、オルニスは、ちょっと視線を逸らせた。
「言い過ぎたよ。」
あ。ルクスを責めるようなことを言ったこと?
「いや、それなら、僕にじゃなくて、ルクスに謝ったほうが…」
「彼なら大丈夫だよ。
というか、彼はあのくらい言ってやらないと、分からないんだ。」
いや、そんなことは、ないと思うよ?
ルクスだって、けっこう傷ついてたよ。
「だけど、君の柔らかい心は、あんなふうに目の前で争うのを見たら、傷ついてしまう。」
確かに。誰かが争うのを見ているのは苦手だけどさ。
「オルニスが、その、怒ってしまう?のも、分かるよ。」
それは、ルクスだって、分かってると思う。
だから、何も反論しなかったんだ。
「僕だって、悔しいし、悲しい。
今でも、どうすればあんなふうにならなかったんだろう、って、考えるよ。」
僕はオルニスの淹れてくれたお茶を一口飲んだ。
これは、懐かしい、ピサンリのよく淹れてくれたのと同じ味がした。
「だけどね。
これは、アルテミシアの望んだことなんだ。
とっさにルクスを守ったことが、アルテミシアの一番、深いところにあった本心なんだよ。
だから、その気持ちは大事にしたいし。
そんなふうに思い合ってるふたりを祝福したい。
そんなふうに思い合ってるのに、離れ離れになってしまったのは、とても気の毒だけれど。
そんなふうに思い合ってるからこそ、ふたりはまた、再会するとも信じてる。」
相変わらず、なんだかうまく言えないや。
でも、精一杯の気持ちを言葉にして伝えてみる。
なんだか、自分の気持ちを言葉にするの、って、魔法をイメージするのに近いなあ。
すごく曖昧で漠然としてるけど、それは必ずそこにあって、それをなんとか表そうとする感じ。
そう…
それは、必ず、そこに、ある。
オルニスは黙ってお茶をすすった。
まるで、僕の拙い言葉を、ゆっくりと考えているように。
だから、どんなに上手く言えなくても、オルニスには、きっと僕の気持ちは伝わる気がする。
オルニスは、こんなふうに、じっくりと考えてくれるから。
そうだ。それはきっと、僕の魔法も同じ。
形にしにくくても、どうにかして、表そうとする気持ち。
「…僕が怒ってるのって、なんか変だよね?
なんだって、僕はあんなに腹が立って仕方なかったんだろう?」
しばらくしてオルニスはそう聞いた。
「それは、多分、君が、アルテミシアとルクスのことを、本当に大事に思ってるからだよ。」
きっとどうでもいい相手だったら、そんなに腹も立たないんだ。
大事だからこそ、なんで、って、悔しい、って、思うんだ。
オルニスは、そっか、って呟いて、またお茶をすすった。
少しの間、僕らはそのまま無言だった。
けど、その無言は、居心地の悪いものじゃなかった。
「ねえ、ステルステントってさ、どういう魔法だと思う?」
無言を破ったのは僕だった。
ずっとずっと頭の中ぐるぐるしてたのが、うっかり口から出てしまった、に近かった。
オルニスは、え?と僕を見た。
それから、そうだな、と考え込んだ。
「何が何でも守りたい気持ち?」
オルニスの答えに、僕は、はっとした。
ずっと、見えないとか、消えるとか、エエルの影響を受けないとか、そんなことばっかり考えてたけど。
「守りたい?」
「そうだな。中にあるものを、守りたい、って、感じかな?」
「守りたい、っか。」
ふわり、とそのイメージが、僕の中に広がった。
大切に大切に両手の中に守るイメージ。
どんなものからも、傷つけられないように。
「なんだか、アルテミシアのことみたいだ。
さっき、あんな話しをしたからかな。」
オルニスはちょっと笑った。
それをぼんやり見ていて、僕の中には、僕らを包み込むようにして守っているアルテミシアのイメージがはっきりと形になった。
そっか。
アルテミシアは、いつも僕らを守ってくれていた。
強くて賢くて優しい、アルテミシア。
アルテミシアのような、守りの魔法…
目を閉じて、ゆっくりと呼吸を数える。
ひとつ。ふたつ。みっつ…
僕の周りにエエルたちが集まってくるのを感じた。
僕は、みんなにお願いする。
どうか、僕を守ってくれないかな。
外の世界には怖いものがたくさんある。
僕は、その怖いものに見つかりたくないんだ。
いいよ、という返事が聞こえた気がした。
僕は、君を、何ものからも見えないようにしてあげる。
僕は、君を、何ものからも聞こえないようにしてあげる。
僕は、何かが君に、触れないようにしてあげる。
僕は、何かが君に、気付かないようにしてあげる…
小さな小さな声が、次々とそう呟いて、僕の周りは、しん、となった。
「え?あれ?
消えた?
どこ行ったの?」
目の前で、オルニスが突然騒ぎ出した。
僕は急いで閉じていた目を開いた。
あわてふためいたオルニスは、その僕を見て、目をまんまるにした。
「今の、なに?魔法?」
「うーん、多分?」
僕は首を傾げた。
僕のは、魔法、というより、エエルにお願いを聞いてもらってる、感じ。
なんか、杖を振って颯爽と魔法を使う魔法使い、とは、ちょっと違うんだよね。
「けど、なんとなく、イメージは、掴めたかな?
オルニス。
君のおかげだ。」
僕はオルニスにお礼を言った。
まだまだ未完成だけど、お願いのしかた?は見つけた。
あとは、練習するのみ、かな。




