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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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さて。ステルステント、か。


ルクスは二階の書庫に籠っているし、オルニスは地下の厨房へ行ってしまった。

結果的に居間を独り占めになる。

僕は、腕組みをして、ふむ、なんて気合を入れてみたけど…

すぐに、その首を傾げてしまった。


どうやって、やるんだろ。


前に、魔法の修行をしたときには、ヘルバが師匠についてくれた。

あのときのことを思い出してやってみようとしたけど…

うまく、イメージ、できない。


ステルステントに入れば、周りのエエルの影響も受けないし、外にいる人からは姿も見えなくなる。

そんなの、どうやってやってるんだ?


匠がいたら、教えてくれたかな?

けど、匠の説明って、いっつも、半分も分からなかったからな…


少なくとも、匠はその仕組みを分かってたわけで。

だからこそ、ラブリーフライングソーサーちゃんに、ステルステントの機能をつけられたわけで。


匠って、自分じゃ魔法を使わない。

だけど、魔法の能力を持つ装置を次々と作りだす。

あれは、どういう感じなんだろ。


山の民って、総じてそんな感じだった。

まあ、研究院に招かれてた人たちって、魔法装置に詳しい人ばかり選ばれていたかもだけど。

故郷には何百年も変わらずに動き続ける魔法装置がいくつもある、って言ってたっけ。

ご先祖様の作ったその装置を、ずっとずっと大事に使い続けているんだ、って。


彼らは、どうやって、魔法、を理解してたのかな。

もうちょっとちゃんと、話し、聞いておけばよかった。


ヘルバの教え方は、もうちょっと違った。


こう、ふわふわ~、ときたらですね?

ひょろひょろ~、っとなって、それから、ひらひら~、っと…


身振り手振りでそんなふうに教えてくれたんだけど。

それはそれで、分かるような、分からないような…

とはいえ、匠の説明よりは、なんとなく、分かった、っけ?


ステルステントをヘルバ流に説明してみると…

……………

…………………

……………………………

いや、みれない、って。


誰か、師匠になってくれないかな。

せめてここに、アルテミシアがいたらなあ。

いや。

アルテミシアがいたら、僕がステルステントを使う必要なんかないわけで。

そしたら、こんな修行なんか、してないか。


王都の研究院には、魔法を使いこなす人たちもいた。

あの人たちに、もっといろいろ習っておくんだった。

賢者、とか言われてるけど。

僕のほうが、何も知らない。


この石の街には、ヘルバの他には魔法を使える人なんかいない。

だから、師匠になってくれそうな人もいない。


………ルクスは、なにかいい書物、見つかったかな?

僕も、書物、漁ってみようか?

けどなあ、書物かあ、………。


紋章がさっぱり理解できなかったみたいに、僕は書物を読んでも、それをなかなか実践できない。

感覚として、からだに沁み込む、みたいな感じじゃないと、理解できないんだ。


うむむむむ。


捻った首がずんずん傾いていって、僕はそのままころりと転がった。


む、む、む!


ムリ、っていつもの癖で思いそうになったとき、ふと、いい香りに気を取られた。

湯気の立つカップをふたつ手に持って、オルニスが厨房から上ってきた。


「お茶でも、どう?」


オルニスはテーブルにカップを置くと、僕の前に座った。

それから、おもむろに、言い難そうに口を開いた。


「…さっきは、その、ごめん。」


え?なんのこと?と見返す僕に、オルニスは、ちょっと視線を逸らせた。


「言い過ぎたよ。」


あ。ルクスを責めるようなことを言ったこと?


「いや、それなら、僕にじゃなくて、ルクスに謝ったほうが…」


「彼なら大丈夫だよ。

 というか、彼はあのくらい言ってやらないと、分からないんだ。」


いや、そんなことは、ないと思うよ?

ルクスだって、けっこう傷ついてたよ。


「だけど、君の柔らかい心は、あんなふうに目の前で争うのを見たら、傷ついてしまう。」


確かに。誰かが争うのを見ているのは苦手だけどさ。


「オルニスが、その、怒ってしまう?のも、分かるよ。」


それは、ルクスだって、分かってると思う。

だから、何も反論しなかったんだ。


「僕だって、悔しいし、悲しい。

 今でも、どうすればあんなふうにならなかったんだろう、って、考えるよ。」


僕はオルニスの淹れてくれたお茶を一口飲んだ。

これは、懐かしい、ピサンリのよく淹れてくれたのと同じ味がした。


「だけどね。

 これは、アルテミシアの望んだことなんだ。

 とっさにルクスを守ったことが、アルテミシアの一番、深いところにあった本心なんだよ。

 だから、その気持ちは大事にしたいし。

 そんなふうに思い合ってるふたりを祝福したい。

 そんなふうに思い合ってるのに、離れ離れになってしまったのは、とても気の毒だけれど。

 そんなふうに思い合ってるからこそ、ふたりはまた、再会するとも信じてる。」


相変わらず、なんだかうまく言えないや。

でも、精一杯の気持ちを言葉にして伝えてみる。


なんだか、自分の気持ちを言葉にするの、って、魔法をイメージするのに近いなあ。

すごく曖昧で漠然としてるけど、それは必ずそこにあって、それをなんとか表そうとする感じ。


そう…

それは、必ず、そこに、ある。

 

オルニスは黙ってお茶をすすった。

まるで、僕の拙い言葉を、ゆっくりと考えているように。

だから、どんなに上手く言えなくても、オルニスには、きっと僕の気持ちは伝わる気がする。

オルニスは、こんなふうに、じっくりと考えてくれるから。


そうだ。それはきっと、僕の魔法も同じ。

形にしにくくても、どうにかして、表そうとする気持ち。


「…僕が怒ってるのって、なんか変だよね?

 なんだって、僕はあんなに腹が立って仕方なかったんだろう?」


しばらくしてオルニスはそう聞いた。


「それは、多分、君が、アルテミシアとルクスのことを、本当に大事に思ってるからだよ。」


きっとどうでもいい相手だったら、そんなに腹も立たないんだ。

大事だからこそ、なんで、って、悔しい、って、思うんだ。


オルニスは、そっか、って呟いて、またお茶をすすった。

少しの間、僕らはそのまま無言だった。

けど、その無言は、居心地の悪いものじゃなかった。


「ねえ、ステルステントってさ、どういう魔法だと思う?」


無言を破ったのは僕だった。

ずっとずっと頭の中ぐるぐるしてたのが、うっかり口から出てしまった、に近かった。


オルニスは、え?と僕を見た。

それから、そうだな、と考え込んだ。


「何が何でも守りたい気持ち?」


オルニスの答えに、僕は、はっとした。

ずっと、見えないとか、消えるとか、エエルの影響を受けないとか、そんなことばっかり考えてたけど。


「守りたい?」


「そうだな。中にあるものを、守りたい、って、感じかな?」


「守りたい、っか。」


ふわり、とそのイメージが、僕の中に広がった。

大切に大切に両手の中に守るイメージ。

どんなものからも、傷つけられないように。


「なんだか、アルテミシアのことみたいだ。

 さっき、あんな話しをしたからかな。」


オルニスはちょっと笑った。

それをぼんやり見ていて、僕の中には、僕らを包み込むようにして守っているアルテミシアのイメージがはっきりと形になった。


そっか。

アルテミシアは、いつも僕らを守ってくれていた。

強くて賢くて優しい、アルテミシア。


アルテミシアのような、守りの魔法…


目を閉じて、ゆっくりと呼吸を数える。

ひとつ。ふたつ。みっつ…


僕の周りにエエルたちが集まってくるのを感じた。

僕は、みんなにお願いする。

どうか、僕を守ってくれないかな。

外の世界には怖いものがたくさんある。

僕は、その怖いものに見つかりたくないんだ。

いいよ、という返事が聞こえた気がした。

僕は、君を、何ものからも見えないようにしてあげる。

僕は、君を、何ものからも聞こえないようにしてあげる。

僕は、何かが君に、触れないようにしてあげる。

僕は、何かが君に、気付かないようにしてあげる…

小さな小さな声が、次々とそう呟いて、僕の周りは、しん、となった。


「え?あれ?

 消えた?

 どこ行ったの?」


目の前で、オルニスが突然騒ぎ出した。


僕は急いで閉じていた目を開いた。

あわてふためいたオルニスは、その僕を見て、目をまんまるにした。


「今の、なに?魔法?」


「うーん、多分?」


僕は首を傾げた。

僕のは、魔法、というより、エエルにお願いを聞いてもらってる、感じ。

なんか、杖を振って颯爽と魔法を使う魔法使い、とは、ちょっと違うんだよね。


「けど、なんとなく、イメージは、掴めたかな?

 オルニス。

 君のおかげだ。」


僕はオルニスにお礼を言った。

まだまだ未完成だけど、お願いのしかた?は見つけた。

あとは、練習するのみ、かな。










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