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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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呆けたように泉を見つめていた僕の背中を、ルクスは少し強めにたたいた。


「ほら。行くぞ。」


はっとして振り返ると、ルクスもオルニスも、もう厨房の階段を上ろうとしていた。


あわてて追いかける。

みんなしてテーブルを片付けてから、それぞれの席についた。


ピサンリの席は、今、ブブが借りてるけど。

ヘルバの席も、アルテミシアの席も、そのままだった。

今、ちょっとどこかへ行ってるけど、またここに戻ってくる、みたいに。


「そーだ。ブブの椅子、作ってやらなきゃなあ。」


ルクスがそう言うと、ブブは、やったあ、と喜んだ。

静まりかえった部屋の空気に、笑い声が響いて、少しだけ、あたたかさが戻った気がした。


「さてと。

 早速、例の剣探しだ。」


まだちょっとぼんやりしている僕を、ルクスの言葉が現実に引き戻した。


「…今日はまだ、いいんじゃ…」


なんとなく、まだ、そんな気になれないんだけど…


「とか言って宿題先延ばしにしてると、またおっかねえねえちゃんに叱られるぞ?」


ルクスはそう言って笑った。


僕は、宿題を先延ばしになんかしたことなくて、先延ばしにして叱られてたのはルクスのほうで、むしろ僕は、ルクスの宿題を手伝ってあげてたんだけど…

なんてなこと、今は言わなくていいか。


「えらくやる気だね。」


「おう。

 還って来る前に済ませておかねえと、また、何言われるか、分かんねえからな。」


いいか、とルクスは、言って聞かせるみたいな口調になった。


「あっちとこっちじゃ、時間の流れ方は全然違うんだ。

 あっちじゃ百年経ってても、こっちじゃ一瞬、なんてことも、あり得るんだ。

 もしかしたら、明日、還ってくるかもしれねえんだぞ?」


それは、ものすごく希望的観測、ってやつだと思う。

だけど、そう思いたい気持ちは、僕だって同じだ。


「………

 ………そうだね。」


「なら、宿題には早く手をつけるにこしたことはないだろ?」


「…もっともだ。」


ルクスの言いたいことは、分かる。

けど、まだ僕はなんとなく気が乗らなかった。


「だけど、どうやって探すの?あの剣。」


「お前、気配とか、分からねえか?

 こう、ビビビビビ―っと、暗い気配、みたいなの?

 感じたりしねえか?」


そんなもん感じたら、苦労はしない。


「感じないよ。

 そもそも、剣自体には、何も変わった気配はないんだ。」


そんなものがあったら、あの婚礼式のときに気付くはずだ。


あの後、僕も、あの剣の気配が感じ取れないか、何回か試してはみたんだ。

だけど、何も感じない。

アルテミシアの傷には、ぞくぞくするような、何か、髪の毛を引っ張られるような、そんな感じがしたけど。

あの感覚は、今は消え去っていた。


「おそらく、あの剣自体は、光にも闇にも属さないものなんだろう。

 けれど、あの剣に傷をつけられると、そこに闇が宿る。」


それが、ここ数日で、僕が出した結論だった。


「それで、今は?

 誰かほかのやつが、あの剣に傷つけられたとか、そういう気配はないのか?」


ルクスは心配そうに僕に尋ねた。


「有難いことに、それもないよ。」


あったら、それこそ、大変だ。

もしも、あの少年が、あの剣で、誰かほかの人を傷つけたりしていたら。

その傷も、大量にエエルを吸い取ろうとするだろう。

そうなったら、流石に僕にも分かるに違いない。


だけど、その気配も、今のところ、感じなかった。


それは不幸中の幸いだった。

もし傷つけられていたら、その人も、アマンに渡るしかなくなってしまうのだから。


「あの子どもはね、どうやら、この街の人じゃないようだよ。」


そう言ったのはオルニスだった。


「あの後、街の人たちに頼んでさ、あの子どものことを、調べてもらったんだよね。

 どうやら、つい最近、この街にやってきたらしい。

 背丈くらいもある大きな剣を背負ってたから、やたらと目立っててさ。

 剣呑なやつだ、って、街の人たちからも、敬遠されてたみたいだよ。」


いつの間にかオルニスは、調べていてくれたらしかった。


「アルテミシアの襲われたあの日以前は、一番外周にある宿に泊まってたらしいけど。

 あの日以降、宿にも戻らず、ぱったりと、行方を断ってしまった。

 ただ、門番は、彼が街の外に出て行くのは見ていないみたいだし。

 まだ、街のどこかに潜んでいるんじゃないかな。」


「門以外のところから、外に出ていったって、可能性もあるだろ?」


「確かに、ルクス。君なら、それもあるだろうけど。

 彼が、そうする理由なんか、ない。

 もしも街の外に行きたければ、素直に門から出るだろう。

 だって、彼は、罪人でもなんでもないんだから。」


「罪人じゃ、ない?」


アルテミシアを傷つけたのに?


「罪人じゃないんだ。

 今、この国じゃ、王様の命令で、森の民は、傷つけてもいいことになっている。

 生死を問わず、報奨金すら、出るんだ。」


…そうだった…


「彼の目標は、ルクス、君なんだよ。

 諸悪の根源の森の民の王。

 もしかしたら、彼は、君を討つために、この街に追ってきたのかもしれない。」


ルクスは眉をひそめて黙り込んだ。


「だったら、君を討ち果たすまでは、ここにいるだろう。

 身を隠したのは、君の反撃を避けるため。

 それに、君との間に、力の差があるのは、身に染みているだろうから。

 今頃、木の剣でも振り回して、剣の修行をしているかもしれないね。」


遠慮なく続けるオルニスの言葉は、全部全部、その通りなんだけど。

それでも、あまりにもそれは、ルクスを痛めつける言葉だった。


オルニスは、優しい人だ。

こんなふうに、わざと人を傷つけるような言い方は、しない人だ。

多分、今のオルニスは、怒っているんだ。

だから、こういう言い方をしてしまうんだ。


だけど、僕は、オルニスとルクスに傷つけ合いなんかしてほしくない。


「もう、やめて。オルニス。

 分かった。じゃあ、そのどこかに隠れている彼を、探す方法を考えよう。」


「あの、ステルステントは、使えねえのか?

 あれがあれば、俺たちだって、街の中を歩けるだろう?」


確かに。あれは便利なんだけど。


「あれは、アルテミシアのエエルに反応するように調整してあるから。

 アルテミシアのいないところじゃ、動かないんだよ。」


例えば、ルクスや僕が乗っていたときも、それを動かしていたのは、アルテミシアの意志だ。

ラブリーフライングソーサーちゃんは、アルテミシア専用の装置なんだ。


「じゃあ、その調整ってのをし直すには、やっぱり、匠の力がいるのか?

 なんだ。なら、匠を探しに行くか。」


「この広い世界で匠を探すのと、この街であの子どもを探すのと。

 どっちのほうが、早いかな?」


オルニスに指摘されて、ルクスは上げかけてた腰を、またすとんと落とした。


「子どもの居場所探しは、僕に任せて。」


オルニスは僕らの顔を見てきっぱり言った。


「街の人たちも協力してくれてる。多分、もうじき見つかると思う。」


そうなの?


ずっと、この街にいたオルニスは、街の人たちとも親しい。

もちろん、それは、それ以前の、ピサンリや、ヘルバが築いてきた、絆の上に成り立ってる。

僕らがここにいられるのも、そのおかげだ。


「僕も、あいつには一言言ってやらないと気が済まないから。」


一言、じゃ済まなさそうだな、って、オルニスの顔を見て思った。


だけど、ステルステント、か。

そうか。

それがあったか。


「その間にさ、僕は、ステルステントを使えるようにならないか、やってみるよ。」


「???

 お前、飛行円盤の調整とか、できんの?」


「いや、それは、無理だけどさ。」


ご期待に沿えなくて、ごめんね?


「久しぶりに、魔法の修行?とか?

 ステルステントには、何回も入ってるから、感覚はなんとなく、分かってるんだ。

 あれを再現できないか、やってみる。」


僕の魔法って、そうなんだよね。

なんとなく、こんな感じ、ってとこから入って、何回もやってるうちに、こんなもんかなあ、ってできるようになる、っていうか。

いや、できるようになる、って保証は、ないんだけど。


なんなら、もっと早く、ステルステントみたいな魔法、修行しときゃよかったんだろうけど。

もっと、余裕のあるうちにさ?

ずっと、ステルステント、使えたもんだから、必要性を感じなかった、というか…


結局、いつもいつも、後手後手で、ぎりぎりになってから、やる。

僕の悪い癖だ。

いい加減、直さないとなあ。


とか、落ち込む暇があったら、とりあえず、やってみよう。


「そういうことか。

 なら、俺も、そんな記述がないか、ヘルバの書物を漁ってみよう。」


「それは、助かるよ。」


なんかヒントをもらえると、使えるようになる可能性も上るからね。


僕らはやることを見つけて、まずはそれぞれの役割を果たすことにした。







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