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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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今、アルテミシアが普通に動けるのは、大精霊からエエルをもらっているからだ。

そのエエルは、大精霊が発生する一日分のエエル量、らしい。

それが、多いのか少ないのか、ちょっと聞いただけじゃ分からないけど。

以前、世界が滅びかけたとき、大精霊が現れた瞬間、こちらの滅びは完全に止まった。

そうして、大精霊の送ってくれるエエルで、世界は修復されていった。


つまりは、アルテミシアの消費する、否、アルテミシアの傷、の消費するエエルは、世界の滅びを止められるくらいの量、ということになる。

今、世界の崩壊はいったん止まっているけれど。

このまま、大精霊のエエルをアルテミシアに使い続けたら、世界のエエルはまた、不足状態に陥り、やがて、再び崩壊へと進んでいってしまうだろう。


他に方法はない。

僕ら全員、それは分かっていた。

だけど、分かっているのと、受け容れられるのとは、またべつのことだった。


僕は一晩中、泣いていた。

ルクスもアルテミシアも泣いてないのに、僕だけこんなに泣いてるなんておかしい、って、自分でも思うんだけど。

どうしたって、涙を止められなかった。


アルテミシアは、そんな僕の傍にいて、ずっと背中を撫でてくれた。

ルクスは、そんな僕らを、ただ黙って見ていた。


いやだ、だめだ、この時間は、ルクスとアルテミシアの大切な時間なのに。

僕はもう、僕のことはほうっておいて、って、頼んだんだけど。

アルテミシアは小さく笑うだけだった。


だけど、僕は、なんとしても、ルクスとアルテミシアをふたりきりにしたかったから。

なんとか頑張って、涙を止め、たフリをし、て、先に寝ると言って、ベットに潜り込んだ。


頭から毛布をかぶって、声を押し殺して、また泣いた。

懐に潜り込んできたブブを抱きしめて、泣き続けた。

ブブのぬくもりが、なんだかじわじわと胸に伝わった。

それを感じながら、また泣いた。


そっと、誰かが僕の毛布の上から手を置いて、それから、灯りを消して出ていく気配を感じた。

とりあえず、よかった、って思った。

よかった、って思って、また泣いた。


とにかく、悲しかった。

自分の無力さが悔しかった。

なんとかならないものかと、ずっと考えていた。


眠れなかったけど、からだは疲れていたから、いつのまにかうとうとしたかもしれない。

ものすごいいいアイデアを思い付いた!って思って、はっと目を開けたら、そのアイデアをどうしても思い出せない、そんないやな夢を見た。


眠れた気もしないまま、わずかにまどろんだかと思ったら、朝がきていた。

オルニスが、僕を起こしにきてくれた。


「朝食は、食べるだろ?」


食欲なんて欠片もないけど、僕はずっしりと重たいからだを起こして、身支度をした。


顔を洗って行ったら、もうみんな先に席に着いていた。


「やあ、おはよう。」


アルテミシアはそう言って軽く手を振ってくれた。

それは、あまりにも、いつも通りだったから。

僕はまた込み上げてきた涙を、堪えるのに必死だった。


テーブルには、いろんなご馳走が、所狭しと並んでいた。

とても美味しそう、なんだけど、食べられる気がしない。


と、ふと、ご馳走の中に、アルテミシアの木の実のパイがあるのに気付いた。


アルテミシアは僕の視線に気付いて、小さく笑った。


「今朝は早起きしてさ。

 オルニスに手伝ってもらって、久しぶりに焼いたんだ。

 これだけでも、食べてほしいな。」


「もちろんだよ!」


僕は即答した。

アルテミシアの木の実のパイを食べない、なんてこと、僕には絶対にない。

どんなに具合が悪かろうと。

どんなに食欲がなかろうと。

これだけは、食べる。


オルニスは苦笑して、パイをみんなのお皿に取り分けてくれた。


ルクスは朝から一言も口をきかない。

涙は見せないけれど、ただじっと押し黙っている。

黙っているルクスなんて、長い付き合いだけど、初めて見た。


ルクスの視線は、ずっと下をむいていて、誰とも目を合わせようとしない。

なのに、ときどき、はっと気付くと、じっとアルテミシアを見つめていたりもした。

そんなときのルクスの目は爛々と輝き、強い光を宿している。

だけど、次の瞬間には、また、ルクスは、その目を伏せてしまうのだった。


オルニスも僕も、何を話したらいいのか、分からなかった。

朝食は、いつも通りに、淡々と進んだ。

僕は、木の実のパイを、大切に大切に、少しずつ、口に運んだ。

いつまでも、このパイがなくならなければいいと思ったけど。

どんなに少しずつ食べても、いつかは、食べてしまうものだった。


「さてと。じゃあ、そろそろ行くかな。」


食後のお茶を飲み干すと、アルテミシアは、どこか近所に買い物にでも行くような口調で言った。


アルテミシアの荷物は、とても少なかった。

最初、故郷から出立したときから、ほとんど変わっていなかった。

本当に、近所にでも行くみたいだった。


「アマンじゃ何もいらない、って言うからね。」


アルテミシアは僕らの顔を見て、ちょっと笑って言った。


「そうだ。ルクス。

 君の髪を二三本、くれないか?」


席を立ったアルテミシアは、思い出したみたいにルクスに言った。


「髪?

 いいぞ。好きなだけとれ。」


ルクスは、ほら、頭ごと差し出した。

アルテミシアは笑って、遠慮なく、ルクスの髪を何本か引き抜いた。


「ってっ…」


容赦なく引っこ抜かれて、ルクスはちょっとだけ涙目になる。

それだけが、この日、ルクスの見せた涙だった。


「いや、悪い悪い。」


アルテミシアは、ちっとも悪いなんて思ってない口調で、そんなことを言いながら、引き抜いたルクスの髪を、くるくると撚り合わせた。

それからそれを輪にして、自分の薬指にはめた。


「指輪、もらってなかった、って思って。」


「…いろいろと、その、ちゃんと、いいのを、選ぼう、って、思ってて…」


ルクスは言い訳をするみたいに言った。


「そっか。でも、あたしは、一番いいのを、もらった。」


アルテミシアは、指輪をはめた手を誇らし気に僕らに見せた。

ルクスの髪は、きらきらと光を反射して、素敵な指輪に見えた。


「俺にもくれよ、お前の髪。」


ルクスはアルテミシアに言ったけど。

アルテミシアは、にこっとして、やだ、と短く断った。


「髪、引っこ抜かれるなんて、痛いじゃないか。

 今度会うときまでに、お揃いの指輪は、君が用意しておいてよ。

 任せたからね?」


アルテミシアは悪戯っぽく笑うと、軽く肩をすくめてみせた。


ルクスは、拗ねた子どもみたいに口を尖らせて、不満そうに、おう、と唸った。

一応は、了承した、らしかった。


僕らは地下の厨房に降りて、泉の畔に立った。

この泉は、アマンから湧いてくる。

つまり、これもまた、アマンへの通路になるんだ。


外に出ずに渡るには、そうすればいい、とアルテミシアは大精霊に教わったらしかった。


祈りを捧げると、泉は噴水のように高く上った。

噴水は、人ひとり入れる籠のような形になると、正面が左右に扉のように開いた。

籠から流れ出した水は、その上を上れるように、小さな橋の形になった。


思わず感心して、その場全員、ほう、と声を漏らした。


アルテミシアは、ゆっくりとその橋を上って行く。

そうして、籠の手前で、くるっとこっちを振り返った。


「じゃあ。」


そう言って軽く手をあげる。


「じゃ。」


ルクスの返したのはそれだけだった。


まるで、どこか近所に買い物にでも行くみたいに。

ひょい、と、アルテミシアはその籠に乗った。

すると、籠の扉はぴたりと閉じて。

そのまま、噴水は小さくなっていって、やがて、いつの間にか元の泉に戻っていた。






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