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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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多分、それは最善の方法だ。

いや、他に策なんか、ないだろう。


だけど、誰一人、それがいい、とは言わなかった。


ただアルテミシアの、淡々と語る声だけが、僕らの間を通り抜けていった。


「この傷は、日が経つごとに、より多くのエエルを必要とするようになっていってるんだ。

 このままなら、いずれ、あたしの命も、吸い尽くしてしまうだろう。

 それを全部吸い尽くして、消滅してくれるなら、それもいい、と思っていたんだけれど。」


アルテミシアの命を吸い尽くしてそれでいい、なんてことは、あり得ない!

吸い尽くされる前に、何とかしなくちゃ、だ。

だけど、僕ら、もうずっと、その方法を探していて、そうして、それは見つかっていない、のが現実だった。


「だんだん、あたしも不安になってきてさ。

 もしかしたら、あたしを吸い尽くしても、この傷は消えないかもしれない、って。

 そうしたら、あの古の勇者のようになってしまうかもしれない。

 あたしという存在の消えた後も、エエルを吸い尽くす闇だけ遺して、それを、千年、仲間たちに、封印してもらうしかなくなるとしたら…

 そうして千年後に、今度こそ、勇者に成敗されるんだとしたら…

 そりゃあ、今のうちに、自分自身の手で、けりをつけておかないと、って思ってさ。」


あの傷を負った婚礼式から、ずっと毎日。

熱にうなされながら、アルテミシアはそんなことを考えていたのか。

何の対策も見つけられないまま、僕らが、ただ、右往左往するばかりだった間に。

アルテミシアは、着々と、その先のことを、考えていたんだ。


「そうしたら、昨夜、もう一度、大精霊に会えたんだ。

 だから、この不安を相談してみた。

 そうしたら、アマンに行けばいい、って言われた。」


「アマンに行ったって、そいつが、アマンのエエルを吸い尽くしたら、どうするんだ!

 アマンのやつらだって、困るだろう!」


ルクスはダメ押しみたいに叫んだけど。

アルテミシアは、ふっ、と小さく微笑んだだけだった。


「あちらとこちらでは、エエルの総量が桁違いだ。

 アマン、という場所では、ありとあらゆる存在が、エエルを放出しているんだ。

 もしも、エエルを大量に消滅させる事態が起きたとしても、それを補って余りあるほどのエエルを放出する力が、アマンにはある。

 あの、あたしたちを混乱させた疑似アマンも、あちら側では、たった一粒の種、ほんのほんの小さな存在が引き起こしているんだ。

 こちらとは、まったく違う世界なんだよ。」


大精霊は、この世界を滅びから救い、未来永劫、護ると誓言してくれた。

だけど、その大精霊でさえ、あちら側では、ただひとりの精霊、に過ぎない。

あちらには、その大精霊と同じ、もしかしたら、それ以上の存在が、何万、何億とあるという。

アマンとはそういう場所だ。


「アマンに、闇は存在し得ない、と大精霊は言う。

 圧倒的なエエルに、ありとあらゆる闇は、満たされ、ただ消滅するしかないんだ、って。

 なら、その言葉に、賭けてみたい、って思ったんだ。」


アルテミシアのこの話しは、もう既に、提案、じゃない。

報告なんだ、って思った。


だから、アルテミシアは、渡ろうかと思う、でも、渡ったらどうか、でもなくて、渡る、ってきっぱり言ったんだ。


もうどうしたって、アルテミシアの決意は変えられそうにない。

だけど、それは、あまりにも、むごい結論だった。


「…分かった。」


ルクスは小さく呟いた。

ルクスも、僕と同じことを感じ取ったんだろう。

もう、何を言っても、アルテミシアの心は変えられないんだ、って。


「なら、俺も行く。

 一緒に行こう、アルテミシア。」


ルクスならそう言うだろう、って僕も思ってた。


アルテミシアも、思ってたに違いない。

にっこりと、とても、優し気に、慈愛に満ちた目をして、微笑んだ。


「だめだ。ルクス。」


「なんで!」


叫んだのは僕だった。

ルクスは、ただただ、息を呑んで、何も言えなかった。


そりゃあ、驚くだろう。

アルテミシアは、もうずっと、何があっても、ルクスと一緒にいたんだから。

そうするのが自分だ、って、いつも、言ってたんだから。

森を出るときも。

王都へ攻め上るときも。

王様になってからも。

王都を追われたときも。

いついかなるときも、アルテミシアは、ルクスと一緒にいた。

それはアルテミシアの信念みたいなものだった。

それを曲げるなんて。

あり得ないと思った。


口元に微笑みを浮かべたまま、アルテミシアは、そっと僕らから視線をそらせた。

その瞳の端に、ちらりと何か光った。


「あの剣は、まだ、そのまま、だから。」


涙をこぼさないように必死に堪えながら、アルテミシアは、そう呟いた。


だから、アルテミシアだって、そうしたくないんだ、って分かった。

アルテミシアだって、ルクスと一緒にいたいに違いないんだ。


だけど、こっちをむいたアルテミシアの目は、強い光を宿していた。

それは、意志という名の光だった。


「あの剣を見つけて、処分しろ、ルクス。

 それだけは、なんとしても、やり遂げるんだ。」


「それなら、僕がやる!

 だから、ルクスは、アルテミシアと一緒に…」


強く訴えた僕の肩に、そっと手を置いて引き留めたのはルクスだった。

僕を見て、ルクスは、小さく頷いてみせた。


「お前ひとりに、そんなの任せられるか。

 あのとき、逃がしてやれって、言ったのは、俺だしな。」


だけど、だからって、ルクスとアルテミシアは、ようやく婚礼式を挙げられたのに!


「いいんだ。こいつの永遠の愛は、もう俺のもんだ。

 それにさ、こないだヘルバの書物の中に見つけたんだ。

 アマンへの道は、必ずしも片道じゃねえ。

 俺たち森の民は、絆の木が、アニマの木へと成長を遂げれば、こっちへ戻ってくるチャンスもある。

 なあ、アルテミシア。

 お前、あっちに行ってさっさとその傷治したら、絆の木、見つけて、こっちへ戻ってこい。」


絆の木が、アニマの木になる?

そんなの、滅多に起きない奇跡じゃないか。

そもそも、絆の木を見つけることすら、簡単じゃない。


なのに、アルテミシアは、あの自信たっぷりな目をして、頷いてみせた。


「そうだな。

 そうしよう。

 なになに、この世界じゃ、愛ってのは、奇跡を起こすらしいからな。

 また、ちょっと待たせることになるかもしれないが、気長に待ってろ。」


「ったく、お前ってやつは、本当に、迷惑なやつだぜ。

 俺でなきゃ、とっとと諦められて終わりだったぞ?」


「まったくだ。

 あたしの愛する人が君で、本当によかったよ。」


軽口の応酬は、ルクスが、ぐっと息を呑んで、アルテミシアの勝ちになった。

いいや、そうだよ。

いつだって、ルクスは、アルテミシアには敵わないんだ。


「きっと、君の元へ、還ってくる。

 どれだけ時間と空間を隔てたとしても、君の元へ。

 この魂に誓う。」


アルテミシアはゆっくりと椅子を立って、ルクスの前に跪いた。

ルクスは大慌てでそのアルテミシアを助け起こすと、軽々と抱え上げた。


「信じてやる。

 だから、必ず、還ってこい。」


「きっと、誓いを果たす。」


ふたりはそのまま口づけを交わした。

そういえば、婚礼式のときには、口づけ、してなかったっけ、って、今頃、思い出した。


ようやく、ふたりの誓約は、完結した。

永遠の愛は、もう二度と、誰にも、何ものにも、破れない。

 

だから僕も、アルテミシアを信じよう、って思ったんだ。












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