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ルクスはゆっくりと立ち上ると、懐から、木の実をひとつ取り出した。
あの、王様だったルクスに僕が持って行った、千年にひとつの、願い事を叶える木の実だった。
ルクスは、アルテミシアを見つめて言った。
「婚礼の贈り物を、受け取ってくれ、アルテミシア。」
さっきまであがりまくりだったけど、ようやく少し、落ち着きを取り戻したらしい。
なんとか誓いの言葉を言えて、本人もほっとしたんだろうか。
ルクスは、ひとつ深呼吸をしてから、木の実を割って、言った。
「この世界に、二度と滅びの訪れることがないように。
恒久的に続く世界を、俺は願う。」
木の実から溢れ出した光に一瞬、世界が昼間のように明るくなった。
「その願い、聞き届けましょう。」
その光の中、厳かに、大精霊の応えるのが聞こえた。
「わたくしは、今このときより、この世界の守護者となり、常しえに、この世界を守り続けましょう。
世界は、もう二度と、滅びを迎えることはありません。」
大精霊の証言が、世界に鳴り響いた。
本当に?本当に、そんなことが、あり得るの?
僕は、驚きと、どきどきで、胸がいっぱいになった。
だけど、本当に、それがあり得るなら、なんて、嬉しいことだろう。
もっと、早くそう願っておけばよかった。
今になってみれば、どうして気付かなかったのかなって思うけど。
婚礼の贈り物にそれを選ぶなんて、やっぱりルクスはとことん、王様だ。
「これが、俺からお前への贈り物だ、アルテミシア。
永遠に続く平穏。
お前がお前のやりたいことをやり遂げられる世界。
お前に捧げる贈り物は、それしかないと思った。」
「ふぇえ~!」
妙な声が出ちゃった。
ルクスを笑えないや。
みんな、声の出所を探してきょろきょろしたけど、僕だと分かると一斉に笑い出した。
それにしても。なんて、でっかい贈り物なんだ。
流石、やっぱり、ルクスだと思った。
もちろん、ルクスは、アルテミシアだけじゃなくて、この世界に棲む、ありとあらゆるモノのために、それを願ったんだろうけど。
いや、どうかな?
もしかしたら、ルクスは、本当にアルテミシアたったひとりのために、それを願ったかもしれない。
「お前がさ、願い事はよくよく考えて言え、っつたろ?
軽々しいことは言うな、って。
だから、俺、ずいぶん迷ったんだ。
だけど、これは絶対、やっといたほうがいいと思ってさ。」
ルクスは僕のほうを見て言った。
「いや、それはさ、大金持ちになりたい、とか、世界征服をしたい、とか、そういうことには使うな、ってことじゃないの?」
オルニスはちょっと呆れたみたいに言った。
「はあ?
大金持ちだあ?
必要なものは、作りゃあいいだろ。
世界征服?
俺はもう、王様は真っ平ごめんだ、っつーの。」
ルクスはからからと笑い飛ばした。
「俺の願いはたったひとつ。
愛する人の望みの叶う世界が、永遠に続くこと。
あ、研究だの、実験だのは、自力で頑張ってくれ。
失敗や挫折だって、大切なお前の経験だ。
俺はそれをお前から奪おうとは思わない。
ただ、もし、お前が困ってるときは、一緒に乗り越えてやる。
それを叶えられる世界こそ、俺の望みだ。」
ルクスはアルテミシアの目を覗き込む。
ふたりの視線は互いを捕らえて、互いに見つめ合った。
ふたりにとって、今は、ふたり以外のものは、この世界にはなにもないに違いない。
「俺にとっては、思うままにならないものなんて、お前の心だけだ。
だけど、それはもう、永遠に、この手の中にある。
だったらもう、俺、最強なんじゃね?」
まったく、今の君以上に最強な人はいないと、僕も思うよ。
「あー、やれやれ。
さてと。そろそろ戻るか。」
オルニスは、わざと、思いっきり呆れ果てた、みたいに言った。
そのときだった。
かさっ、という場違いな音が、その場に響いた。
その場違いさに、おや?っと思った次の瞬間だった。
それは、一息に階段を駆け上ると、叫び声をあげながら、真っ直ぐに剣を突き出して、ルクスへと迫っていった。
あっという間だった。
何が起こったのか、分からなかった。
ただ、その剣はあまりにも大きくて、重そうで、切っ先がふらふらと上下に揺れていた。
そんなことだけ、目に入っていた。
真っ先に反応したのは、アルテミシアだった。
いつもと違って、動きにくい花嫁衣裳だったけれど。
アルテミシアは、ルクスの前に自ら躍り出ると、迫りくる剣から身を翻して、襲撃者の肩を掌で突いた。
がちゃんと大きな音を立てて大剣を取り落とした少年を、アルテミシアはそのまま組み伏せた。
「アルテミシア!大丈夫か!」
ルクスは叫びながら、剣を木の下に蹴り落とした。
ルクスもアルテミシアも、今日は剣も弓も身に着けていなかった。
婚礼衣装にそれは似つかわしくなかったから。
こんなふうに襲撃されるなんて、思ってもみなかった。
このまま戦いが始まるのか、と焦ったけれど。
幸か不幸か、少年のほかに、襲ってくるものはなさそうだった。
少年は、まだ年端も行かない、と称されそうな年頃だった。
剣は少年の背丈くらいあった。
どう見ても、からだに合った武器には思えなかった。
少年が剣に振り回されているように見えた。
武器も自由も奪われた少年は、悔しそうにそのルクスを睨みつけて叫んだ。
「ワルモノの、森の民め!セイバイしてくれる!」
「成敗?
お前、その言葉の意味、ちゃんと知ってんの?」
ルクスは少年の傍にしゃがむと、顔を覗き込むようにして、尋ねた。
「子どもは、こんな夜中に出歩くもんじゃねえ。」
それから、木の下に蹴り落とした剣を見下ろして、ため息を吐いた。
「あんな物騒なもん、いったい、どうしたんだ?」
「お!俺は!勇者だっ!
伝説の剣を!手に入れたんだっ!」
少年はそう言って暴れたけど、アルテミシアの手からは逃げられなかった。
「ああゆう危ないモノは、もう少し、木の剣かなんかで練習してから、使え。」
ルクスは近所の悪戯小僧にするように、少年の頭をぐりぐりと強めに撫でた。
「くそっ、なにしやがる!」
少年は悔しそうに睨みつけたけれど、アルテミシアの力には敵わなかった。
「離してやれ、アルテミシア。」
ルクスはアルテミシアにむかって言った。
「こいつはまだ、俺たちの敵じゃねえ。」
アルテミシアは頷いて、少年を抑える力を少し緩めた。
その途端に、少年はアルテミシアの手からするりと脱け出すと、素晴らしい速さで逃げ出した。
けれど、逃げる途中、いったん振り返って、僕らを思い切り睨みつけた。
「お前らに殺された王子殿下の恨み、その身に思い知るがいい。
セイギのテッツイは、お前たちに、下されたのだ!」
…は、い?
セイギのテッツイ?
いや、待って待って待って。
殺されたって、誰のこと?
もしかして、レグルス?
いや、レグルスは生きてるし。
ってか、レグルスって、王子だっけ?
王様だよね?
だけど、他に、王子、とかいたっけ?
うん?それは、なんの話しだ?
聞き返す前に、少年はもうとっくに消え去っていた。
ルクスの蹴り落とした剣は、少年が拾って行ったみたいだった。
「ねえ、あの子、なんか、妙なこと、言ってた…?」
振り返って尋ねようとした僕は、息を呑んだ。
「アルテミシア!」
誰の叫び声かは分からなかった。
アルテミシアは、ゆっくりとその場に崩れ落ち、ぎりぎりルクスがそのからだを支えたけれど、ルクスの腕の中で、辛そうに目を閉じたまま、荒く呼吸をしていた。




