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夏至祭りの後の最初の満月。
アルテミシアとルクスの婚礼式はその日に決まった。
真夜中のほんの一刻だけ、ヘルバの家の周囲の広場を森にする。
大精霊にはそうお願いした。
本当は、婚礼式は、満月の夜、一晩中やるもんだけど。
この辺一帯、一晩中、森になったりしたら、街の人を驚かせてしまうかもしれないし。
ぎりぎり、一刻だけにしよう、ってことにしたんだ。
誓いと祝福だけなら、一刻もあれば、なんとかなるだろうし。
その後の祝宴は、家の中でやればいい。
大精霊の作る幻の森は、広場の中だけの、小さいものだけれど。
大精霊の能力で、そこは当日、疑似アマンになることになっていた。
実際には狭い範囲にしかないんだけど、広大な森に感じられるはずだ。
うっかり迷い込む人が出ないように、当日、この辺りには、不思議なことが起こるらしい、って噂を流してもらった。
そんなことをしたら、余計に、その不思議なことを確かめに来る冒険家が出るかもしれない、って話しもあったんだけど。
万にひとつ、森に迷い込んだとしても、疑似アマンの中だし、僕らのところに辿り着くなんて無理だろうから。
おそらくは、迷っている間に、森の一刻は過ぎてしまうだろう。
幻の森の婚礼式。
もし、誰かに見つかっても、それは、短い夏の夜のほんの一刻の夢。
迷った人だって、朝には無事に帰れるわけだし。
それでいいっか、ってなったんだ。
準備した花嫁衣裳を、僕らは、アルテミシアに手渡した。
アルテミシアは、大きく目を見開いて、婚礼衣装を受け取ると、そのまま、何も言わずに立ち尽くしていた。
だけど、その目にはいっぱい涙が溜まっていたし、肩は小さく震えていた。
ルクスが横に行ってアルテミシアの肩をそっと抱くと、アルテミシアは、ルクスの胸に顔を埋めるようにして、しばらくじっとしていた。
「華やかな式とか、無理だろう、って、俺たち、もう、諦めてたんだ。」
ぽつぽつと話すルクスの声にも、涙が混じっていた。
「真夜中、誰も見ていない間に、ヘルバの木の前で、誓いと祝福だけ、済まそう、って。
そう話してた。」
「あ。それは、僕らの想像してたのも、そんな感じ。
たださ、大精霊が当日は一刻だけ、この辺りを疑似アマンの森にしてくれるんだ。
だから、ちゃんと、婚礼式は、森で挙げられるよ。」
「なんてことだ!」
そう叫んだのは、アルテミシアだった。
いつも冷静なアルテミシアが、叫ぶなんて、滅多にないことだから、僕らみんな驚いた。
「やっぱり、君は、流石だな。
有難う。
君たちの準備してくれたこの婚礼式のことは、生涯、忘れない。」
アルテミシアは僕の首に腕を回して抱きしめてくれた。
僕は、ちょっと屈んで、小さいころよくアルテミシアにそうされたときくらいの背丈の差にした。
そうやってきゅって抱きしめられると、小さいころに戻った気がした。
もう隠し事をしなくてもよくなったから、そこからは婚礼式の準備は着々と進んでいった。
僕らは手分けして、大忙しで祝宴のご馳走を作った。
日持ちのするお菓子をたくさん作って、花嫁衣裳を縫ってくれた人たちに少しずつ届けてもらった。
「お祝いのお菓子はね、なるべくたくさんの人に食べてもらうといい、ってばあちゃんは言ってた。
幸せが、大きく大きくなるようにね。」
久しぶりに、アルテミシアのばあちゃんの話しも聞いた。
街の人たちは、お祝いをたくさん、持ってきてくれた。
家の中に入りきらないくらいだった。
本当はみんなに式に参列してほしかったけれど。
森の民の婚礼式に参列したなんて、噂されたら、街に居づらくなってしまう。
だから、式は、僕らだけでやることにした。
当日の朝、お祝いの花がたくさん届いた。
ルクスはその花で、花冠と、小さなブーケを作った。
日が暮れるころ、アルテミシアは、花嫁衣裳に着替えて、花冠をつけた。
手に持ったブーケから一輪取って、ルクスの胸に飾る。
ルクスの格好は、いつもの服のまんまだったけど、その花一輪あるだけで、すごく立派な花婿に見えた。
何より、ふたりとも、とても幸せそうで、ふたりから零れ落ちる幸せは、周りも全部、いや、もしかしたら、街中全部、いやいや、世界中全部を、幸せな気持ちにさせそうだって思った。
今この瞬間、世界一幸せなのは、間違いなくこのふたりだった。
真夜中になるころ。
辺りは、何の音も前触れもなく、静かに、森に変わった。
大精霊は、僕との約束を忘れずに守ってくれたんだ。
僕らは人目を気にせずに、扉から足を踏み出した。
森の土のにおい。葉っぱの呼吸するにおい。
ここは幻の森なのに、そんなにおいまで、しっかり漂っていた。
先導するように僕は前に進んだ。
その後に、ふたり並んで、ルクスとアルテミシアがついてくる。
オルニスはその後ろに静かについてきた。
何も合図もしなくても、ヘルバの木は、僕らが上れるように枝を差し伸べてくれた。
ヘルバの木が作ってくれた階を、僕らは、一段ずつ上っていく。
それはまるで、人生の階段を上るように。
そうして、僕らは大精霊の元に辿り着いた。
大精霊は、微笑みを浮かべたまま、まどろむようにそこに佇んでいた。
「今宵はどうか、その御姿を、顕し給え。」
僕が祈りを捧げると、大精霊の姿が眩く光り輝いた。
「おおっ。うぉっ!」
ルクスが場違いな声を上げて、じっと凝視している。
「っこ、っこ、この、方、が?」
「おいこら。失礼だぞ。」
アルテミシアは小声で叱って、大精霊を指差していたルクスの手をはたいた。
「…君たち、厳かな婚礼式だってのに、まったく…」
オルニスがぶつぶつと呟く。
それを聞いていた大精霊は、くすくすと鈴を振るような声で笑い出した。
「ルクス。アルテミシア。
お会いできて、とても嬉しいですわ。」
大精霊に先に挨拶されて、ルクスはまた焦った。
「っあ!っあ、いや、俺たちこそ、おあっ、お会い、お、あいしてます…」
「まあ!」
大精霊はちょっと目を丸くして、それから、また笑い転げる。
アルテミシアは、焦りまくりのルクスに呆れたように呟いた。
「何言ってんだ、君は…」
「いや、ちゃんと、今日は言わなくちゃ、って、思って、朝から何回も練習してて…」
耳まで真っ赤になってうつむきながら、ルクスは言い訳をするようにぶつぶつ口の中で言った。
と思ったら、いきなりアルテミシアのほうにくるっとむくと、その肩を両手で掴んだ。
「愛してる!アルテミシア!結婚してくれ!」
「いや、それは、今言うことじゃないよな?」
淡々とアルテミシアに返されて、ルクスは、目をむいた。
大精霊は笑いが止まらなくなってるし、オルニスも、必死にこらえてるけど、笑ってしまってる。
当の本人は、あがりまくり、焦りまくりで、もう収拾がつかないみたいだけど。
アルテミシアは、そのルクスの前に、静かに跪くと、頭を下げた。
「わたくし、アルテミシアは、ルクス、あなたに、永遠の愛を誓います。」
「うおっ?!」
永遠の愛への返答にしては、なんとも場違いな声を上げると、アルテミシアに先を越されたルクスは、大急ぎで、同じように跪いた。
けど、大方の予想通り、勢い余って、アルテミシアに思い切り頭突きをしてしまう。
「いたっ!」
額を抑えて涙目になったけど、アルテミシアにじろっと睨まれて、慌てたように言った。
「をっ、をれっ、俺っ、もっ、ぃゃ、わっ!わたくしっ!ルクスっ!ちっ!誓うぞっ!アルテミシアっ!」
「何をだ?」
「愛してるっ。お前をっ。ぃゃ、あなた、にっ。永遠にっ。永遠のっ。愛をっ。誓うっ。」
あー、やれやれ、なんとか誓えた。
周りではらはらしていた僕らは、ほっとため息を吐いた。
「はい。
その誓い、聞き遂げました。」
ずっと笑いっぱなしだったけど、大精霊はちゃんと聞いていて、ルクスが誓うと同時に、両手をさっと振り上げた。
すると、森に、きらきらとたくさんの光が降ってきた。
「どうかどうか。たくさんの幸せが、あなた方ふたりに、降り注ぎますように。」
大精霊の祝福が降る。
僕は笛を取りだした。
長老は、祝福をするとき、いろいろと、その、有難いお言葉?みたいなものを、言ってくれるんだけど。
僕には、このふたりに、そんな、有難い事、なんて言えないし。
それよりも、この笛の音に心を乗せて贈ろう、って思った。
僕らの森の歌。
これ以上に、君たちを祝福できるものはないだろう。
思えば、僕らの旅も、この笛から始まったんだ。
いいことも、辛いこともあったけど。
これからも、きっと、いいことも、辛いことも、あるだろうけど。
それでも、君たちの誓った愛が、永遠に、続きますように。
いや、そんなこと、心配いらないか。
君たちは、君たちふたりでいる限り、永遠に愛し合っているし、永遠に幸せだ。
そうに決まってる。
だけど、友だちとして、余計なことでも、君たちのために祈りたい。
君たちの永遠の愛と幸福を。
光の降り注ぐ森に、どこまでも笛の音は響き渡っていった。




