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僕らはこの街も大急ぎで去ったほうがいいかもしれない。
そう言ってみたけど、それにオルニスは、首を振った。
「どこへ行くって言うの?
どこに行ったって、森の民は、石を投げられるんだよ?
それなら、まだ、ここにいたほうがましだ。
流石に、家の中にまで、石を持って入ってくるやつはいない。
それに、ここなら、僕らのことを助けてくれる昔馴染みの人たちもいる。」
それは、確かに、そうなんだけど。
「…どこか、深い森の中なら…」
「今はダメだ。
森の中はなおさらに。
滅びを免れた森には、昔からそこに棲む森の民の残っているところもある。
けど、森の民の中にも、ルクスのことをよく思ってないやつらは大勢いる。
余計なことをするから、とんだとばっちりだ、ってね。
そういう森は、君たちを受け容れてはくれないだろう。」
確かに。
森の民ってのは、元々、互いに必要以上には関わらずに静かに生きて行くのが信条だから。
ルクスのしたことを、苦々しく思う森の民も、けっこういるかもしれない。
「かと言って、世界の再生が起きてから新しくできた森には、森の民は棲んでないけど。
そういうところには、平原の民が、狩をしに入ってきているんだ。
狩人たちの目当ては、森に棲む獣だけれど。
王は、森の民は、森に棲む獣も同然、狩をしても構わない、という命令を出しているんだ。」
「つまり、僕らも、狩の獲物にされちゃう、ってこと?」
「獲物として狩られた森の民には、報奨金を支払うって言ってる。
しかも、それは、生死を問わない、らしい。
王は、もし森の民を生け捕りにしたら、奴隷として買い取ってやる、とも言っている。」
なんてことだ!
悪いけど、森の民が森の中で、平原の民に狩られる、なんてことは、あり得ないと思う。
だけど、そんな命令があるなんて、気持ちのいいものじゃない。
「なんだって、そんなに、とことん、意地悪なの?」
「さあね。
王に聞いてくれ。
いや、聞かなくても分かるか。
とにかくさ、あの王は、森の民が嫌いなんだ。
自分が玉座から追い払われたのも、息子が戻ってこないのも、自分に人望がないのも、みぃんな、森の民のせいなのさ。」
オルニスは、ちょっと巫山戯た口調で言ったけど。
誰も笑う気にはなれなかった。
オルニスはちょっと真面目な顔に戻って言った。
「僕らみたいに、平原の民に混じって暮らしている森の民は、ほとんどが、故郷の森を失くしている。
つまり、安心して帰れる場所はもうないんだ。
君たちにとっても、ここより安全な場所は、他にはないと思うんだよね。
最善ではないかもしれないけれど、ここは余所よりはまだましな居場所だと思うんだ。」
オルニスの言うことはもっともだった。
ここに残っても、大勢の人に迷惑をかけてしまうけれど。
それでも、そうするしかないようだった。
僕らがそこに滞在すると決めると、毎日のように、食糧を届けてくれる人たちがいた。
外を出歩くわけにはいかないけれど、ここにいればなんとか暮らしていける。
ルクスとアルテミシアには、窮屈かもしれないけれど。
実は、僕にとっては、そう悪くもない状況だった。
あるときのこと。
小さな子どもがふたりがかりで大きな荷物を運んできた。
どさりと置いた荷物のむこうから覗いた顔に、僕ら全員、ものすごく驚いた。
「ピサンリ?」
いや、ピサンリじゃない。
ピサンリは出会ったとき、もう子どもじゃなかった。
だけど、荷物の左右から、そっくり同じに顔を出す双子は、まるでピサンリそのままだった。
「ピサンリ叔父さんを知ってるんですね?」
「ピサンリ叔父さんは僕らの憧れなんです。」
ピサンリそっくりな声。話し方までピサンリそっくりなふたりは、左右から同時に言った。
なんだか奇妙な夢を見てるみたいだ。
「僕らも、森の民は、大好き。」
「また、遊びにきても、いいですか?」
大好きなんて言われたのは、いつ以来だろう。
僕は、何度もうなずいた。
そういえば、ここのすぐ近くに、ピサンリの家はあったっけ。
前にここにいたときには、ピサンリの家族はみんな、それぞれの冒険の旅に出ていたけれど。
今は、ピサンリのお兄さんが、家族を連れて戻ってきて、そこに棲んでいるらしい。
この双子は、ピサンリのお兄さんの子どもなんだそうだ。
双子はそれから、ときどき、遊びに来るようになった。
森の民の家に出入りなんかして、大丈夫かな、とか僕はちょっと心配になったけど。
双子はそんなことは、まったく気にしてなかった。
「だって、このお家は面白いんだもの。」
「森の民はワルモノじゃないって、僕らは知ってるもの。」
そういえば、ピサンリも、小さいころ、他の子どもはなんとなく敬遠するヘルバの家に、自分は入り浸っていたんだ、って言ってた。
家にあるたくさんの書物や道具、ヘルバの話してくれることが、とても面白かったんだ、って。
この双子も、間違いなく、ピサンリと同じ血を引いているんだな、って思った。
双子の来訪は、もちろん、僕らは大歓迎だった。
オルニスは手間暇かけてお茶菓子を作っておいたし。
ルクスは子どもたちと遊ぶ玩具をいくつもこしらえた。
アルテミシアは、子どもたちの勉強を見てあげたし。
僕は、ただ、そこにいて、子どもたちの話すのを見ているだけで、嬉しくて仕方なかった。
水も食糧も寝る場所も、親切な友人も笑い声もある。
ルクスは、二階の書物を片っ端から読破し、アルテミシアは、頼んで届けてもらった材料で、毎日実験をしている。
オルニスは、泉の番人をしながら、毎日手の込んだ料理を作ってくれた。
何不自由のないようなその暮らし。
ただ、ときどき、ふっと、風にあたりたいな、って、思うこともあった。
二階の小さな窓からは、あまり風は入ってこない。
早朝や夕方、ヘルバとふたり、家の前のベンチに腰掛けて、ただぼんやりしていたけど。
今はそれが一番やりたい贅沢だった。
あと、こんなに近くにいるのに大精霊に会えないのも、少し残念だった。
今の僕なら、直接、大精霊の宿っているところへ行けば、会えると思うんだけど。
そのためには、家の外に出て、木に上らなくちゃいけない。
魔法を使っても会えるけど、今、エエルの増幅をしたら、辺り一帯森になっちゃいそうだし。
余計なことをして、この街の人たちを刺激したくはなかった。
だから、多少の不自由はあったけど、とはいえ、そんなの文句を言うほどじゃない。
こんなにみんなによくしてもらえて、本当、有難いって、僕は思ってた。
それでも、やっぱり、大精霊に会いたいって気持ちは強かったのかな。
自分では、それほどじゃないって思ってたけど。
無意識に、ってやつ。
それで、そんな夢を見たんだと思う。
夢の中、久しぶりに僕は外に出て、風に吹かれていた。
夕方の涼しい風が、とても気持ちいい。
エエルたちが、平和な歌を運んできていた。
軽く視線を上げただけで、僕のからだはふわりと浮いて、大精霊のいるところまで浮かび上がった。
まるで、昔、ヘルバの使っていた魔法みたいに。
だけど、僕には、こんなふうに鮮やかに魔法を使うことなんかできないから。
それで、ああ、これは夢なんだな、って分かったわけだ。
大精霊はいつもの通りそこにいて、僕にむかって歓迎するように両手を広げて差し出した。
「ようこそ。お兄さま。」
「やあ。久しぶりだ。」
すっごく久しぶりだ。
もしかしたら、何年ぶりだろう。
だけど、大精霊は、ゆったりと首をかしげた。
「そう、でした、かしら?」
僕は笑ってしまった。
僕らも気は長いほうなんだけどさ。
大精霊は、さらにその上をいくらしい。
「ねえ、君って、普段は、何をしているの?」
よく考えたら、そういう、どうでもいい話し、を彼女とはしたことがなかった。
いっつも、時間切れ、を気にして、早口で用事をしゃべっていたから。
「わたくし、ですか?
こう、うつら、うつら、と…
ときどき、風や、鳥さんたちの話しを聞きながら…
こう、うつらうつら…」
つまり、ほとんど居眠りをしている、わけなんだ。
「わたくしたちのようなモノは、大抵、そんな感じですわ。」
大精霊は、そう言って、ころころと笑った。
郷の長老も、いつ行っても、うつらうつら、居眠りをしていたっけ。
最果ての村のご初代様も、居眠りばあさん、とか陰口を聞かれてた。
人も精霊も大物になればなるほど、そんなふうになっていくのかな。
けど、長老もご初代様も大精霊も、いざというときは、すごい力を発揮する。
それもよく似ているかも。
僕らはずっと会ってなかったけど、大精霊は、その間も、僕がどこで何をしていたのか、全部知っていた。
風や鳥や虫たちが、大精霊に僕の噂話を届けてくれてたから。
前にここにいた僕が、ルクスとアルテミシアのことを知っていたのと同じだった。
「お兄さまの今の一番のお望みは、ルクス様とアルテミシア様のご婚礼式のことですわね。」
いきなりそんなことを言われて、僕は驚いたんだけど。
よく考えれば、大精霊は、そのあたりのこともぜんぶ、先刻承知だったわけだ。
「なんだか、ふたりして、今はそれどころじゃない、とか言ってるうちに、のびのびになっててさ。
とうとう、ここに足止めされちゃって、それこそ、あとどのくらい延期になるんだか…」
僕の言い方は少し愚痴っぽくなってしまった。
「この街に着いたら、今度こそ、って思ってたんだけど。
とてもじゃないけど、今もねえ…?」
いろんな人にお世話になってなんとか暮らしていけてるのに。
婚礼式やりたい、なんて、言い出せないじゃないか。
「誓いと祝福だけなら、家の中でもできないこともないんだけどさ。
やっぱり、アルテミシアの花嫁衣裳とかも見たいし。
花だって、降らせたいし。」
婚礼式は、参列した人たちが、花嫁花婿に花を降らせるんだけど。
あれは、流石に家の中じゃ、できない。
それになんといっても緑に映える花嫁衣裳。
これは、絶対に外したくなかった。
「やっぱり僕ら、森の民なんだもの。
婚礼式は森でやりたいし。
君の木の下なら、ちょっとした森の気分も味わえるって思ってたんだけどね。」
大きく樹冠を広げたヘルバの木の下は、広場みたいになっていて、そこだけは地面も土のまんま。
石造りの建物も立ってない。
大きな石の街にある、小さな森、だった。
故郷の森はもうないけど。
ここなら僕らにとっても、故郷の森みたいなものだと思えたんだ。
「だけど、今は外にいたら、石が飛んでくるから。
そんなとこじゃ、婚礼式なんか、してられないでしょう?
でもさあ。せっかくの、婚礼式なんだもの、とか思ってるうちにさあ?」
グチグチと言い続けていたら、大精霊の、くすくす笑いが聞こえてきた。
「ならば、わたくし、ここに森を用意いたしましょうか?」
「森?」
いったいなにを言い出すんだ?と聞き返したら、大精霊はにっこりと頷いた。
「石を投げる者を迷わせる森を。
そこで、婚礼式をなさっては?」
「いやでも、流石に、ここを森にするわけには、いかないよ。」
ここの街の人を刺激したくはないんだよ。
「分かっております。
たった一日だけの、幻の森、ですわ。
一日経てば、元の通りの景色に戻ります。」
自信たっぷりの大精霊に、僕は恐る恐る尋ねた。
「そんなこと、できるの?」
いや、できるに決まってる。だって、大精霊だもの。
僕はいきなりドキドキし始めた。
もしかしたら、これなら、アルテミシアの夢を叶えてあげられるかも。
「一日だけ。
婚礼式の日、一日だけ。
幻の森でいい。」
そうしたら、森の民の昔からの習わし通り、ルクスとアルテミシアの婚礼式も森で挙げられることになる。
「そんなことって、可能なの?」
上目遣いに見つめる僕に、大精霊は、しっかりと頷いてくれた。




