表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
455/474

455

みんなでお茶をいただいていると、トントン、と遠慮がちに扉を叩く音がした。

オルニスが行って扉を開くと、大きな荷物を背負った人が、急いで中に入ってきた。


「やあ。

 みなさんがお帰りだって、聞いて。」


その人は、荷物を下ろすと、帽子を取って丁寧に挨拶をしてくれた。

その顔に見覚えがある。

前に会ったときから、少し年を取ったみたいだけど。

確か、ピサンリのお茶友だちだ。


「あ。あの。

 お久しぶりです。」


僕が挨拶を返すと、嬉しそうに笑ってくれた。

そのくしゃくしゃの笑顔は、よく覚えていた。


オルニスはその人の顔をみんなに見えるように押し出して言った。


「彼がさ、みんなが戻ってきたことを、教えてくれたんだ。

 森の民が、平気な顔して街へ入ってきた、って噂になってる、って。

 なにか面倒なことになる前に、迎えに行け、ってさ。」


!!!


そっか。だからオルニスは、あんなに慌てた様子だったんだ。


「なんか、僕ら、ここに帰ってきて、ものすっごく、迷惑、だった?」


そういえば、石、投げられたんだっけ。


「迷惑だなんて、とんでもない!」


お客さんは、慌てて両手を振ってから、ちょっと顔を曇らせた。


「でも、今は、こんなご時世ですから。

 ご用心なさったほうが、よろしいかと…」


それから、オルニスにむかって何か言うと、持ってきた大きな袋をそこへ置いて、急いで帰っていった。


「…あんまりゆっくりしてられないんだ。

 森の民の家に行ってる、なんて、噂になったら、彼や彼の家族も、困ったことになるからさ。」


オルニスは、急いで帰ったことを説明するように言った。


「けど、彼みたいに助けてくれる人がいるおかげで、僕もなんとか、ここで暮らしていけてる。

 今じゃ、食糧を買いに市へ行くのも、難しいから。」


そうなんだ?


僕は、湯気を立てているお茶と、美味しいクッキーを見つめた。

これを作るのだって、オルニスはすごく、大変なんだ。


さっきの人の持ってきてくれた大荷物は、全部、食糧だった。

僕らが帰ってきたから、僕らの食べる物を届けてくれたんだ。


「ピサンリやヘルバと親しくしてた人たちが、ずっと僕を助けてくれてるんだ。」


オルニスは席に着くと、小さなため息を吐いた。


「僕もさ、この家を出て行った方がいいかなと思うときもあるんだけど。

 泉の番人を、誰かに任せたものかどうか、判断つかなくてさ。」


ヘルバの護っていた泉の番人は、ピサンリから、オルニスに引き継がれていた。


「ごめんな。それも、俺のせいだな。」


ルクスはぽつりと呟くように言った。

オルニスはうつむいたまま首を振った。


「いいや。あんたは、本当は少しも悪くないって、分かってるやつは分かってる。

 もちろん、僕だって、あんたに責めはないって、思ってるさ。

 ただ、事情をあんまり知らないやつってのは、大勢の言ってることってのに、左右されるからさ。」


「…ごめん。

 旅をしていて、森の民があんまりよく思われなくなってる、ってのは、僕らもよく分かってる。

 ただ、この街なら、そんなこともないかもって、油断してた…」


「前から親しかった人たちはね?そういうことは言わないけどさ。

 ただ、今は圧倒的に、そういう人たちは、少数派だな。」


オルニスはひとつため息を吐いた。


「王都が、先々先代の王、ってのに奪還された、ってのは、知ってる?」


先々先代の王?う、ん?せんせんせん…

僕は首を傾げた。

だっかん?って、え?


それって、ルクスはもう、王様じゃない、ってこと?

いやまあ、ルクス自身は、王様やりたいとは、もう思ってないだろうけど。

むしろ、やってくれ、って言われたから、やってる、んだろうけど…


けど、ルクスとアルテミシアは、それほど驚いた顔もしてなかった。

多分、僕には言わなかったけど、もうとっくに、そのことは知ってたみたいだった。


「王は、君のことを、とんでもない悪逆非道の輩だと吹聴している。

 君は、幼い先代の王の命を奪い、玉座を奪ったんだ、って。

 王は、大切な一人息子の仇を討つために、再び王座に帰り咲くことにしたんだ、って。」


え?

ちょっと、待って。どういうこと?


ルクスは幼い子どもの命を奪ったりしない。

って、幼い先代の王、って…もしかして、レグルスのこと?


「レグルスは、生きてるよ?

 今も、アルボルと一緒にいるんじゃないかな。」


今の王様は、息子の仇を討つために、王様になった?

ってことは、レグルスのお父さん?

最初にルクスが追い払ったっていう、先代の王、か。


ルクスは小さくため息を吐いた。


「レグルスは、あの父親のところには、もう戻りたくないんだそうだ。

 だから、手紙を書いた。

 自分はちゃんと生きている。とても元気だ。

 今はとても充実した暮らしをしている。

 だから、もう、玉座には興味はない、ってね。

 だけど、あの王は、その手紙は信じなかったみたいだな。」


「人って、信じたくないことを分からせるのは、難しいものだからね。」


オルニスは諦めたみたいに肩をすくめた。


「とにかくさ、新しい王は、森の民のことを徹底的に嫌っていて、見つけたら石を投げろ、って命令しているらしいよ?」


そっか。あの、僕らに石を投げた子どもたちは、王様の命令を忠実に守っていたんだ。

それにしても、その命令には納得いかなかった。


「何も悪いこともしてないのに、石を投げろなんて、そんな命令、おかしいよね?」


「森の民はね、あっちこっちに木を植えて、この世界を森に侵略させようとしているワルモノなんだってさ。」


ええっ?

それって、僕らのやってたことを、悪い事だ、って思ってるってこと?


「まさか、そんな、森に侵略させる、なんて…」


確かに、アニマの木を植えると、その辺りには、木もたくさん生えてくるし。

そもそも、ちょっと元気のない森がアニマの木を植えるのには適してるから。

そうして、アニマの木を植えると、その森は途端に活き活きしてくるから。

一見、森を増やしている、ように見えるかもしれないけど。


「僕ら、平原の民の村や畑にはアニマの木を植えたりしないよ?

 むしろ勝手に生えてきたアニマの木に困らされてたりしたら、植え替えてるくらいなのに。」


平原の民の暮らしを脅かしたいとか、ましてや、侵略なんて、思ってもみなかったよ。


「ただ、この世界にエエルがまんべんなく行き渡るように、したかっただけなんだ。」


昔、野菜を盗んだ人を見たとき、アルテミシアが言った。

この世界にもっとエエルが満ち溢れたら、きっと世界はもっとよくなる、って。

ずっとずっと、僕らはそれを信じて、やってきたんだ。


ただ、みんながみんな、同じように思うとは限らない。

そのことを、僕らは、いやってほど、思い知ってきた、かもしれない。


「子どもがあたしたちに石を投げたら、やめておけ、と止める親もいる。

 あたしたちの植えた木を、有難い、と言ってくれた人たちもいる。

 たとえ、誤解があったとしても、本当のことというものは、いずれ必ず明らかになるから。

 あたしたちはただ、真面目に真っ直ぐに生きて行くしかない。」


アルテミシアは、淡々と、だけど、どこか慰めるように言った。


「王なんて、俺は、誰がやってても、構わないんだ。」


軽くそう付け足したルクスを、オルニスは、じっと見つめた。


「本当に、そんなこと、言ってていいの?

 先代の王、つまり、君に仕えていた人たちは、投獄されたそうだよ。」


けれど、その報せには、ルクスは目をむいた。


「まさか!やつら、同族同士じゃないか!」


「彼らなら、大丈夫だと思った?

 だから、王都に残して行ったの?

 だけどさ、彼らは、頑なに、君への忠誠を守ろうとした。

 それが、王の逆鱗に触れたんだってさ。」


くそっ、とルクスは悔しそうに奥歯を噛みしめた。

僕は、あの近衛兵のみなさんが、牢屋に入れられたんだ、って知って、胸がきゅうっと締め付けられるみたいだった。


なんだって、その王様は、そんなに意地悪なんだろう。


どうにも、その王様は、ルクスのこと、嫌いなんだ。

憎んでる、って言ってもいいかもしれない。


ルクスは、困り果てたように、黙り込んだ。


なんだか僕らも、それから森の民のみんなも、とても困った事態になってしまっている。

僕らは、みんな黙りこくって、せっかくのお茶が冷めてしまうのを、ただじっと見ていた。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ