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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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三重になっている城壁のひとつめを通り抜けると、ようやく、石を投げられることはなくなった。

けれど、ここもまた、僕らは、遠巻きにされて、明らかに人々から避けられていた。


僕らは、深くフードを被り、からだにマントを巻きつけて、足早にそこを通り抜けた。


ふたつめの門を潜り抜けると、そこは一番馴染んだ街並みだった。

この辺りに来ると、顔見知りな人たちもそこそこいたはずだ。

ヘルバやピサンリと親しくしていた人たちも、たくさんいた。


ただ、そんな人たちの姿を見かけることもなかった。

とにかく、ヘルバの家に急ごう。

僕らは、できるだけ早足で、道を急いだ。


すると、むこうから、こっちに駆けてくる人の影が見えた。

おおーい、と手を大きく振っている。

よく見知ったその姿は、オルニスだった。


「オルニス?」


迎えにきてくれたの?

急いで駆け寄ると、オルニスは、早口で言った。


「とにかく、家の中に。早く。」


え?


オルニスは言うだけじゃなく、僕の手首をつかんで走り出す。

転びそうになって、僕はあわてて足を前に出した。


「…オルニス?」


もう一度、声をかけたけれど、オルニスは何も言わずに走り続ける。

仕方なく、僕も精一杯それについていった。


ようやくヘルバの家に辿り着くと、オルニスは僕らを急き立てるように家の中に入らせた。


一番後ろから入ってきたオルニスは、後ろ手に扉を閉めてから、ふぅ、とひとつ息を吐いた。


「すいません。ご挨拶もなしに。」


それから、座れ、と言うように、テーブルのほうを指し示した。


ヘルバの家の居間は、家具も調度も、前のまま変わっていなかった。

僕らは、以前自分たちの座っていた席にそのまま座った。

ヘルバとピサンリの使っていた椅子もそのまま置いてあった。

ブブはちょっと困ったみたいに僕らを見ていたけれど、高さがちょうどいいピサンリの椅子を借りることにした。


オルニスはそのまま厨房に下りていく。

僕は急いで追いかけた。

僕のあとを、アルテミシアがついてくる。

その後ろに、ルクスと、ブブもついてきた。


「ちょっと、君たち、なんなの?

 いいから、お客様は座っててよ?」


振り返ったオルニスは、ぞろぞろついてくる僕らに、苦笑して言った。

再会してから、初めてそのとき、オルニスの笑うところを見た。

そのくらい、オルニスは、ずっと、なんというか、緊張した顔をしていたんだ。


「いや、あの。じっとしてるのも、なんか、居心地悪い、っていうか。」


そう言ったのはルクスだった。

オルニスはちょっと目をまるくしてルクスをじっと見つめた。


「王様なら、椅子に、でーんと座ってたらいいんじゃないの?」


「俺はもう、そういう王様じゃねえ。」


「ああ、そうか。

 玉座も義務も、何もかも放り出して逃亡したんだって?」


「それは違うよ!」


僕は大急ぎでふたりの間に割り込むようにして言った。

ルクスはちょっとびっくりした目をして僕を見た。


「ルクスは、何も放り出してなんかいない。

 ときどき、王座に戻って王様の仕事だってちゃんとやってる。

 それに、僕らは、あちこち旅して、アニマの苗木を植えて…」


僕の勢いは途中から尻つぼみになってしまった。

苗木を植えたことは、結局、失敗だった、のかもしれないって思ったから。


オルニスは、僕をじっと見つめてから、ふっと、気を抜くように笑った。


「そっか。

 頑張ってたんだ。」


うん!


僕は力いっぱい頷いた。

それはもう、間違いないよ。


僕らのやったことは、必ずしも成功じゃないけど。

頑張った、のは間違いない。


「ごめん。ルクス。意地悪な言い方をした。」


オルニスはルクスにも謝ってくれた。

ルクスはにやっと笑って、いや、と言った。


ただ、とオルニスは付け足した。


「そういう噂話が、国中に広まってる、って、聞いてる。

 それで、森の民たちへの風当りも強くなってさ。

 僕らも、今はちょっと、暮らしにくい。」


…そっか。


「悪いな。俺のせいだ。」


ルクスは静かに頭を下げた。

オルニスは、そのルクスをじっと見つめた。


「そうだね。

 あなたが、玉座を放り出したりしなかったら、また違ったかもしれない。

 だけどさ。

 あそこは、僕らの棲む場所じゃないし。

 あなたの後についてきたのは、森の民じゃない。」


…それは、そうなんだけど。


「まあ、いろいろとうまくいかないのは、仕方ないよ。」


オルニスは軽く肩をすくめると、ルクスの背中を押して、無理やり、後ろをむかせた。


「いいから。

 あなたたちは、座って待ってて。

 厨房にこんなに大勢いたって、邪魔なだけ。」


きっぱり邪魔だって言われたら、ルクスだって、引き返すしかない。

ルクスは苦笑すると、分かった、と言って引き返していく。


「ほら。あなたたちも。」


オルニスに言われて、アルテミシアとブブも引き返していった。


「あ。君は残って。運ぶのを手伝って。」


オルニスは僕の襟首のところを掴むと、ぐいと引っ張った。

ちょっと、ぐえっ、となったのを見て、あ、ごめんごめん、と慌てて手を離してくれる。


オルニスがお茶を淹れるのを、僕は手伝った。


「来るなら来るって言ってくれたら、もっといいお菓子を用意しておいたのにな。」


オルニスはそう言ったけど。

戸棚にあったクッキーは、すごく美味しそうだった。

思わずひとつつまみ食いしたら、オルニスは、ふふっ、と小さく笑った。


だけど、僕は笑うどころじゃなかった。

さくっとくだけて、ほろほろと口のなかで崩れていくこの食感。

ふんわり甘くて、優しいこの味は、間違いない。


「これ、ピサンリの、味だ。」


ほろほろほろ。

クッキーが崩れるみたいに、僕の涙も零れ落ちて。

ほろほろほろ。


「ごめん。

 これ、もしかして、ものすっごい、貴重品、だったんじゃない?」


ピサンリの焼いたのを、保存してあったんだ。

そういや、これ、匠の保存容器じゃないか。

そんな大事なものを、僕、つまみ食いするなんて…


ごめんなさい。

お行儀悪いことしてごめんなさい。


「こんな、大事な、宝物…」


「…あのさ。」


オルニスは泣いてる僕を、ちょっと目をまるくして見てたけど。


「何か勘違いしてるかもしれないけど。

 これ、僕が、昨日、焼いたやつだから。

 焼きたてだと、この百倍、美味しいんだけどね。」


?????


びっくりして、涙は止まった。

けど、代わりにしゃっくりが出てきた。


ひくっ、えくっ、と奇妙な声を立てる僕に、オルニスは、けらけら笑い出した。


「そんなに美味しかった?

 まあ、ピサンリには、いろいろ習っといてよかったよ。

 君のそんな顔が見られるなんてね。」


う。


けど、正直に嬉しいから。

僕はオルニスに抱きついた。


「とっても、美味しいよ。有難う、オルニス。」


ピサンリに習っておいてくれて。

それを、こんなに上手に再現してくれて。


「さてさて。

 お茶が冷めてしまうよ?

 君が戻ってこないと、心配して見に来るから。

 とっとと行こう。」


オルニスに急かされて、僕は大急ぎで、お茶のお盆を持ち上げた。






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