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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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そんなことがあって、僕らは一度植えた苗木をもう一度確かめに戻ることにした。

僕はよく場所を憶えてなかったけれど。

アルテミシアは、それも全部憶えていた。


そうして見つけたのは、かなりたくさんの場所で、アニマの苗木が、伐られたり、折られたりしていた事実だった。

枯れてしまったり、根ごと掘り起こされて、どこにいったか分からない苗木もあった。

一度は喜んでくれたはずなのに、やっぱり邪魔だと伐られてしまった木もあった。


木を大事にするなんて、普通に、当たり前のことだと思っていたけれど。

僕らにとっての当たり前は、万人にとっての当たり前じゃなかったんだ、って。

そんなことを、そのときになって思い知った。

種族が違えば、考え方も違うなんて、分かってたはずだったけど。

異種族の友だちもたくさんいたし、彼らともうまくやっていけてるつもりだったから。

それが、どこへ行っても通じるって、なんとなく、思い込んでいた。


だけど。

分かりあえる、なんて、やっぱり幻想だったんだ、って。

思い知ることになった。


僕は次第に無口になって、ルクスやアルテミシアともあまり話さなくなった。

何かを口にすれば、恨み言を言ってしまいそうで、だから、口をきけなかったんだ。

ふたりは僕のことをとても心配してたけど。

僕自身も、どうしていいのか分からなかった。


アニマの木をあちこちにたくさん植えたら、この世界にエエルは満ちて、きっとみんな幸せになれる。

そう信じて疑わなかったけれど。

それも、幻想だったんだなって思った。


思ったより、エエルを必要としてない人は多かった。

彼らは、世界が崩壊しない程度にエエルはあればよかったんだ。

むしろ過剰なエエルは迷惑だとすら思う人たちもいた。


僕らの足は自然と荒れ地からは遠退いて、森を選んで歩くようになった。

僕らにとっては、森の方が歩きやすかったし。

もうこれ以上、荒れ地に苗木を植える必要も感じなくなっていた。


森を歩いていても、森の民と出会うことはなかった。

どこの森にも、森の民の郷はなくなっていた。

もうみんな、アマンの地へと渡ってしまったんだ。


僕らは、なんのために、この世界に残されたんだろう?

仲間もいない。故郷の森も、もうない。

新しく生まれ変わった世界には、僕らの居場所もない。


ルクスとアルテミシアは王都に帰るのかなって思ってたけど。

ふたりとも、そのつもりもないようだった。

もっとも、ふたりが王都に帰ってしまったら、僕は行き場に困っただろうから。

僕も、ふたりに、王都に帰ったら、とは言い出せなかった。

ひとりぼっちになるのは、怖かった。


この先、いったいどうしたものかな。

漠然とそんなことを思いながら、ただ、足を止めることもできなくて、惰性のように歩き続けていた、そんなとき。

いきなり、ルクスが言った。


「ヘルバの木に、帰ろう。」


そうか。

まだ、そこが、あったんだ。


オルニスは、今も、そこで泉を護っているはずだ。

大精霊もそこにいる。

僕らにとって、そこは、たったひとつ残った、帰る場所、だった。


ピサンリとヘルバはもういないけど。

あそこには、そのふたりの思い出もたくさん残っている。

それに。

それにもし、いつか、アマンに渡ろう、ってなったら。

あの場所からなら、渡ることができる。

なにもかも揃った、理想の故郷だ。


アニマの苗木たちのことも。

いや、それ以前の王都の混乱も。

本当に僕らいつも、やることなすこと、裏目になった。

なんだかもう、何も、したくない。

ただ、安心な場所で、手足を縮めて、丸くなって眠りたかった。


ヘルバの木を次の目的地と定めてから、僕は少し、元気になった。

足取りも軽くなったし、ごはんも食べられるようになった。

夜もちゃんと眠れるようになった。


ルクスとアルテミシアは、ちょっとほっとしたみたいだった。

ふたりには、心配をかけてしまって申し訳なかった。


「ブブも!ブブも!

 ブブも、しんぱい、した。」


そうだった。

ブブは、僕の気持ちをダイレクトに感じ取ってしまうから。

僕が落ち込むと、一緒に落ち込むことになる。

ブブにも、辛い思いをさせてしまった。


「いいの。

 あるじさま。

 いいの。」


ずっと、僕が落ち込んでるとき、ブブは、いつも夜になったら、僕の懐に潜り込んで、くっついて寝ていた。

それが、どれだけ救いになったことか。

ブブのぬくもりがなかったら、僕は、朝になっても目を覚ます気力もなかったかもしれない。


今すぐ、大精霊に、帰るって、一報入れたかったけど。

大精霊に会うには、日数もかかるし。

そのくらいなら、一日も早く、あの地に辿り着きたかった。

僕らは、毎日、せっせと歩き続けた。


あえて街道は通らずに、なるべく森伝いに進んだ。

なんだか、僕ら、街には疲れてしまっていた。


だけど、森の途切れているところは、どうしても、街を抜けなければならないこともあった。

そういうところも、誰とも関わらないように、マントをからだに巻きつけてフードを深く被って歩いた。


それでも、昔と違って、彼らの話す言葉が分かるようになってしまっていたから。

その噂は、聞くつもりがなくても、自然と、耳に入ってきた。


いわく。森の民とは関わるな。


森の民は、この世界を混乱させている元凶だ。

関わっちゃいけない。


ひそひそとそう話す声は、聞きたくなくても、耳に入ってきた。


森の民の王様は、民を放り出して逃亡した。

森の民というやつらは、責任感もなければ、実力もない。

怪しげな術を使い、よからぬことを吹聴する、とんでもないやつらだ。


なんてことを!

僕は反論しようとしたけど、ルクスに抑えられた。

アルテミシアは、何も言うな、と言うように、黙って首を振ってみせた。


故郷を失った森の民たちは、ほとんどアマンへと渡って行ったけど。

僕らみたいにわずかに残った森の民は、平原の街や村に混じって暮らしていることが多い。

けれど、街で暮らす森の民も暮らし難そうで、ほとんど姿を見かけなくなった。


僕らは、背丈が他の種族とはあきらかに違っているから。

いくらマントを被って背を縮めようとしても、すぐに分かってしまう。


街の人たちは、遠くからでも僕らの姿を見かけたら、逃げるように去って行った。

声をかけようとしても、無視されたし。

あえて、攻撃はしてこなくても、遠巻きに避けられていた。


僕らはますます街を避けて、森と、それから、街を迂回するためにわざわざ荒れ地を通って、旅を続けた。


ヘルバの街へ帰れば。

あの土地に棲む人たちとは、多少なりと、関りもある。

こんなふうに無視されたり、避けられたりはしないだろう。


とにかく、早く、帰りたかった。


「なあ、ルクス。」


また黙り込みがちになった道中、突然、アルテミシアは言った。


「君は、本当に、あたしと婚礼式をあげるつもり、あるの?」


は?とルクスは聞き返した。


「あるに決まってるだろ?」


なにを馬鹿なことを、と当然のように付け加える。


「に、してはさ?

 ずっと、延期にしたまま、話し、ちっとも、進まないね?」


「はあ?

 んなの、しょうがねえだろ…

 この状況…」


アルテミシアににっこりと微笑まれて、ルクスは、ぴたりと口を閉じた。


「ずっとのびのびになってたけど。

 帰ったら、婚礼式、やるよ?」


「あ。はい。」


アルテミシアに断言されて、ルクスは素直に頷いていた。













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