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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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旅をしていると、いろんな土地を通った。

エエルの量は少なくても、とても安定している土地も、意外に多かった。

そういう土地には、あの最果ての村のご先祖様たちのように、絶えずエエルの微調整をしている存在のあることが多かった。

いつもご先祖様とは限らない。

旧くからいる精霊なこともあったし。

その土地の人々に恩を感じて、ずっと護り続けている霊魂だったこともあった。

山の民の土地では、魔法装置を使って、エエルを制御していることもあったし。

僕らのまったく知らない方法で、エエルを操る人々もいた。


そういう地で、アニマの苗木を植えたいと申し出ると、大抵、歓迎された。

この木は、大切に護り育てます、とか、言ってくれることもあった。

エエルの量が増えることは、基本的には誰にとっても悪いことじゃない。

僕らはそう思った。


ときどき、本当にときどき、余計なことはしてくれるな、と断られることもあったけど。

そういうときは、もちろん、僕らだって、無理やり苗木を植えたりはしなかった。

その地に棲む人たちにとって一番いいことは、その地を護る存在が、一番よく知っているだろうから。


この世界には、思った以上に、世界を護ろうとする意志がたくさんあった。

そのことを、僕らはとても心強く思ったんだ。

みんなが力を合わせれば、きっと、もうこの世界は大丈夫だ、って。

苗木を植えるたび、それを喜ばれるたびに、僕らはそう確信した。


だけど、そういう存在は、必ずしも僕らに友好的とは限らなかった。

それも、仕方ないのかもしれない。

僕らだって、僕らの森に勝手に入ってきた人を警戒するように、彼らも、彼らの土地に勝手に入ってきた余所者を警戒するんだろう。


もちろん、僕らに敵意なんかないし、望まないことを無理やり押し付けたいわけじゃない。

だけど、心を込めて呼びかけてみても、何の反応もないこともあった。

僕らの存在に気付いてはいても、警戒しているのか。

それとも、もしかしたら、そういう存在自体、ここにはないのかもしれない。


そんなとき、僕らは、僕らの判断で、アニマの苗木を植えていった。

エエルの少ない安定した土地。

そういう場所こそ、アニマの苗木を植えるのに一番相応しい土地だったから。


小さな苗木一本なら、いきなり疑似アマンを発生させるようなことはないし。

木の成長とともに、その土地に、穏やかにエエルを増やしていくはずだ。

それならば、何も問題はないだろう、って考えたんだ。


それに、少ないエエルをやりくりして土地を護っている存在なら。

エエルが増えればより有効に使ってくれるかもしれない。

そんなふうに、勝手に期待したりもしていた。


ブブの疑似アマンに保護した苗木たちも、残り少なくなってきた。

苗木たちは、新しい土地に根付いて、すくすくと大きく育ち、穏やかにエエルを供給してくれる。

遠くから吹いてきた風は、ときどき、そんな苗木たちの歌声を運んできてくれることもあった。


世界が穏やかに安定していく。

そんなことを実感しながら、そろそろ僕らの旅も、次の段階に入るかなあとか考え始めたころだった。


その辺りは、元々、木も草もほとんど生えない、荒れた土地だった。

この地を護る存在は、あるのかないのか、呼びかけには応じてくれなかった場所だ。

そこに僕らは、等間隔にアニマの苗木を植えていった。

あまりにエエルの少ない土地だったから、むしろ複数の苗木を植えることで、互いにエエルを供給しあえて、うまく育つだろう、って考えたからだ。


再びその土地を通りかかった僕らは、あれからまったく変化していないのに驚いた。

もうそろそろ、草が生え、草原に変わっているころだと思ってたんだ。

だけど、そこは、あのときのまんま、石ころだらけのごつごつした土地だった。


おかしいな、と思った僕らは、何気なく辺りを見回して、はっとした。

周りより少し高くなっている場所、なだらかに続く丘に、僕らは、苗木を植えていったはずだった。

けれど、丘を見渡しても、木の影は、どこにも見えなかったんだ。


急いで丘に上った僕らは、その光景に立ち尽くした。

僕らの植えた苗木は、根元から切り倒され、根も全部掘り起こされていたんだ。


いったい、誰が、こんなひどいことを。


僕は、その場所に崩れ落ちた。

涙も出てこない。

ただ、どうしようもなく、胸のあたりがずきずきした。


僕は、恐る恐る苗木に手を触れた。

どうしようもなく、手が震えていた。

苗木は、人の背丈ほどに育っていた。

だけど、まだ、細くか弱かった。


嵐に遭えば、木が折れてしまうこともある。

だけど、根さえ残っていれば、そこから再生できる。

でも、その根も、こんなふうに掘り返してしまったら…


僕は、苗木に宿っているはずの、主に呼びかけた。

応えはなかった。

切られた木も、根っこも、ほとんど乾燥していて、もうずいぶん前に、こうされたらしかった。

手に取った枝は、ぽきぽきと簡単に折れてしまった。


はっとして、僕は、立ち上ると、走り出した。

この丘沿いには、まだ、たくさん、苗木を植えたはずだった。

その木たちも、見に行かないと!


祈るような気持ちだった。


あれは、たまたま。

たまたま、何か事情があって、ああなったんだ。

だから、他の木は、きっと、大丈夫。


自分に言い聞かせるようにして走った。

だけど、見晴らしのいい丘には、遠くから、木の影は、ひとつも見当たらなかった。

石ころだらけの地面は、とても走り難かった。

僕は、何回も転んで、手足は傷だらけになった。


だけど。

次の木も。

そのまた次の木も。


同じようなことになっていた。


なんだって、なんのために、こんなことをしたのか。

気に入らないなら、そう言ってくれたら、無理やり植えたりしなかったのに。


涙が溢れ出した。

悔しかった。

どうしようもなく、腹が立った。

この木たちをこんなふうにした相手に対してもだけど。

この木たちをここに植えて行った自分たちにも、腹が立った。


いらないなら、いらないって言えばいい。

そうすれば、植え替えることだって、できたんだ。

なにも、こんなふうに、伐ってしまわなくても。


せめて、もう少し早く、このことに気付いていたら。

この木たちを、苗木に戻してあげることも、できたかもしれないのに…

他の土地に植え替えてあげることも、きっと、できたのに…


僕は、枯れてしまったアニマの木を抱いて叫んだ。

悔しくて、悲しくて、泣くことの他に何もできなかった。


泣いて泣いて泣き疲れて、ぐったりしても、涙が止まらない。

叫ぶ気力も、もうなくて、僕は、地面にぺったりと座りこんだまま、ただ、呆然と涙を流し続けていた。


ふと、懐にぬくもりを感じて見下ろしたら、ブブが、無理やり潜り込むようにして僕に抱きついていた。

両肩にも、ぬくもりを感じた。

ルクスとアルテミシアが、両方から、僕の肩に、そっと手を置いていた。


ぐすっ。ぐすっ。


僕は、枯れ果ててくれない涙を、また流して、仲間たちの顔を順番に見た。

ルクスもアルテミシアも、目を赤くしていた。

そうだ。悲しいのは僕だけじゃないんだ。


ずっと、自分の悲しみでいっぱいいっぱいだった僕の心に、仲間たちがいたことが帰ってきた。

悲しいって気持ちを、一緒に感じてくれる人がいることに、救われた気がした。


それから、僕らは、苗木たちを集めて、火を焚いた。

土のあるところなら、埋めてあげられたんだけど。

石ころだらけのこの場所には、埋めることも難しかった。

火を焚けば、残ったエエルは、光と熱になれる。

そうしてまた、この世界の循環に還る。


火は明々ときれいだった。

あたたかくて、優しかった。


だけど、僕らは、とても、悲しかった。

悲しくて悲しくて、どうしようもなかった。

誰も、一言も口をきかずに、僕らはただ、その灯を見つめていた。













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