449
怪しげなやつらに追われている。
その報せに、とりあえず逃げだした僕らだったけど。
そこから数日、怪しげなやつら、は、僕らの周囲には現れなかった。
僕らの旅は、いたって平穏に続いていた。
「ねえ、その、怪しげなやつら、ってのは、どういうやつらなの?」
とにかくびっくりして、早く逃げなくちゃって、頭いっぱいになってて、実際のところ、詳しいことは何も知らないな、って、何日かしてから、ようやく気付いた。
ルクスもアルテミシアも揃って首を傾げた。
「さあなあ。
王都の連中も、調査?とかしてくれてるらしいんだけど…」
「みんな、忙しいからな。
特命隊のやつらも、出払ってるし。
王都の民だって、ほっとくわけにいかないだろ?
民の暮らしは、毎日続いていくんだからな?」
い、いやいや、そりゃそうだけどさ。
「まあさ。
俺たちとしては、その報せだけで、じゅうぶんなんだ。
だからもう、こっちのことには、余計な人員は割くな、って言ってきた。」
「自分たちの身は自分で守るさ。」
ええっ?
それで、いいの?
呑気に答えるふたりに、僕は逆に心配になった。
「敵の正体も、人数も、何も分からない、ってこと?」
「敵、ってさ、そもそも、敵かどうかも、本当のところは、分かってない。」
「ただ、あたしたちを探してる、ってだけだからね。」
「もしかしたら、ただの熱狂的なフアンかも知れないしな?」
ふたりは顔を見合わせて、からからと笑う。
僕はなんだか、腹が立ってきた。
「そんな!
あんなに焦って、逃げてきたのに?」
「いや、そりゃ、あそこの連中に、迷惑はかけたくなかったからな?」
う。それ言われると弱いけどさ。
「あの結界の森は、まだ、できたばっかりだ。
あの近くで、不用意な事態を引き起こしたくはなかったんだ。」
アルテミシアはちょっと説明するみたいに言ってくれた。
「あの結界は確かに強固だけれど、これまでは、内に闇を封じていたのが、これからは、内側から膨れ上がるエエルを抑え込むようになるからな。
いわば、力の流れは逆になるわけだ。
その状況に、あの結界がどこまで耐えうるかは、まだ、未知数だしな。」
「そのために、全部の木に護符貼って、結界を強化もしてきた。
要の守もいることだし、問題はないと思うけどな。」
「ただ、エエルの暴走は、ある意味、エエル不足と同じくらい厄介な問題だ。
可能なら、今は、なるべく、結界の森には余計な負担をかけたくなかったんだ。」
ふたりは代わる代わる言った。
つまりはさ。いろいろ考えて、急いで出発したんだ、ってことだよね?
それは、もう、分かったけどさ。
「せめて、婚礼式くらい、やったらよかったのに…」
僕は、むぅ、と口を尖らせた。
そのくらいの時間は、あったんじゃないの?
まあ、結果論だけどさ。
「ごめんな?」
「ごめん。」
ふたりは、息ぴったりに謝った。
ふんっ。
仲良しじゃないかっ。
なんか、余計な心配しかかったけど、いらなかったよ。
まあ、いらない、って、分かってたけどさ。
ちゃんと!分かってた!けどね!
むっつり押し黙ったら、ルクスが困って宥めるように言った。
「まあまあ。
もう、ここまで待ったんだからさ。
あと、もう少しくらい待つのなんか、どうってことないじゃないか。
せっかくの婚礼式なんだから。
やっつけで済ませりゃいい、ってもんじゃないだろ?」
それは!…その通りだけどさ。
「あたしは、やっつけでも、よかったんだけどね?」
アルテミシアは相変わらず飄々とそんなこと言うんだけど。
「バーカ。俺はそんなんじゃ、認めねえ。」
ルクスはきっぱり言い切った。
僕は、思わずルクスの手を取りたくなった。
よかった。
ルクスがそう言ってくれて。
あのときは、ルクスのこと役立たずだって思ったりもしたけど。
ちゃんと、考えてたんだね?よかったよ。
「婚礼式なんて。
お互いの気持ちを誓い合えれば、後のことは、どうでもいいって思うんだけどね?」
アルテミシアはとことん効率主義だ。
それに、ルクスは、自信たっぷりに返した。
「心配するな。
お前の気持ちは、わざわざ誓わなくったって、もう分かってる。」
うへっ。
君たちの会話にあてられて、僕、鼻血が出そう…
それにしても。
婚礼式のこって聞いただけでおいおい泣いてたのに。
いつの間にルクスってば、そんなにしっかりしたんだ。
ルクスは真面目な顔をして、アルテミシアを見つめた。
「一生に一度の大事な婚礼式なんだから。
せいぜい、準備もちゃんと、整えたいんだ。」
「婚礼式は、一生に一度とは限らないぞ?」
うっ。
アルテミシア!
今、ここで、それ、言う?
いや、それ、一般論、だよね?
ルクスは、にやりと笑った。
「ああ。お前のは、どうか知らねえ。
けど、俺は、生涯に一度だ。
いや、この先何度生まれ変わっても、お前以外のやつとは結婚しない。
まあ、生まれ変わるたびに、婚礼式くらいは、やるかな?
そうだな。
お前の花嫁衣裳なら、何回でも見たいからな。」
うへっ!!!ぐはっ。くへっ。
僕はもう、さっきからダメージ受けまくりですけど。
このルクスの台詞には、流石のアルテミシアも黙り込んだ。
ちらっと見たら、大きく目を見開いて、軽く唇も開きっぱなしになってて…
それから、みるみる、頬を真っ赤に染めた。
うっ。
なにその顔。見たことないよ?
初めて、アルテミシアのこと、可愛い、って思ったよ?
「けど、今生は、これ一回きり、だ。
だから、ちゃんと、準備したいんだ。
世界一、きれいな、幸せそうなお前の花嫁姿を、見せてもらえないかな?
どうか協力してほしい。」
ルクスは真剣な目をしてひざまずくと、アルテミシアに懇願するように胸に手を置いて頭を下げた。
僕らの最上級の誓いの礼。
こんなことされたら、流石のアルテミシアだって、頷くに決まってる。
「あ。その…
ごめん…」
ええっ?
ごめん?
なに、その、ごめん?
ごめん、なの?
おたおた焦る僕とは対称的に、ルクスは頭を下げたきり、微動だにしない。
いや、もしかして、あんまりびっくりして、気を失ってるのかも…
アルテミシアはそのルクスの前に自分も膝をついて言った。
「ごめん。
あたしはさ、そういうの、なんか、疎くてさ。
悪いけど。その。
よろしくお願いします。」
訥々と言って、アルテミシアは、丁寧にお辞儀した。
気を失ったのかと心配したルクスだったけど。
「おう。任せとけ。」
顔を上げてにやっと笑ったかと思うと、いきなりアルテミシアを、ぎゅっと抱き寄せた。
う。
もしかして、準備の間、ずっとこれ、僕、横で、喰らい続けるんですかね?
もう、とっとと、くっついて、くれないかな…




