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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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特別なことはなにもしなくていい、とか、アルテミシアは言うんだけどさ。

婚礼式だよ?

やらないわけにはいかないよね?


郷の婚礼式といえば、郷のみんながご馳走を作って広場に持ち寄って、みんなの前で、族長が花嫁花婿を祝福して、そうしてみんなでご馳走を食べる、そんなふうだったけど。


アルテミシアは、ご馳走とか宴会はいらない、って言うんだ。


確かにここは郷じゃないし、滞在している間にも、村の人たちとは、それなりに親しくはなってたけど、アルテミシアは、ここの人たちに、そんなことで煩わせるのは…、とか、言ってさ。


村の人たちだって、ご先祖様たちだって、きっと、その話しをすれば、喜んでお祝いしてくれると思ったんだけどさ。

でも、花嫁自身が望まないんなら、それ強行するってのも、なんだかだし…


だけど、やっぱり納得いかない、ってルクスに言ってみたんだけど。

ルクスってば、婚礼式の、こ、って聞いただけで、いきなり、僕にすがって、おいおい泣き出した。


「おいおいおい。どうするよぉ?

 なあ、どうするよぉ?」


いや、それ、僕に聞かれましても…


「婚礼式だぞ?

 あの、アルテミシアだぞ?

 いったい、何年かかったと思ってる?」


いや、それは、具体的には知らないけど。

けっこう、長かっただろうな、とは思うよ?

というか、ルクス的にはもう、待ってた時間イコール年齢、なんじゃない?


ルクスは、ちょっと青ざめて、声を震わせて僕に尋ねた。


「もう、俺、このまま、息、止まっちゃうのかな?

 俺、死ぬのかな?」


そんな、縁起でもないことは、言わないほうがいいよ。


「ルクスはこれから幸せになるんだよ。」


「幸せに、なるんかな?俺?」


そりゃあ、そう、でしょうよ。

そんな不安そうに、僕に聞かないでよ。


「なあ、俺、今、すっごく幸せなんだけどさ?

 これ以上、幸せになる、ってどういうことだ?

 今以上の幸せなんて、この世にあるのか?

 あっていいのか?」


「あって、いいんだ。」


そう言ったら、ルクスの目から、ぶわっと涙が溢れ出した。

いや、もうずっと泣いてるんだけどさ。

よくもまあ、こんだけ泣いてるのに、まだ泣けるもんだって、感心するくらい、泣くんだよ。


涙も鼻水も混じり合ってぐちゃぐちゃになった顔を、ルクスは僕の胸に押し付けて、叫んだ。


「うぉぉぉぉぉぉ!!!

 俺は、幸せだあああああ!!!」


…、そうかい。

もうちょっと、迷惑にならない、喜びかた…まあ、いいっか。


とにかく。

こっちはこっちで、感極まっちゃってて、使い物にならなかった。


そういうわけで、具体的な準備は何も進まないまま、数日が過ぎた。

僕ひとり、焦っておろおろしている状況だった。


そうしたら、アルテミシアは、ますます、婚礼式には乗り気でなくなってきた。


「あたしたち、まだ旅の途中なんだし。

 わざわざそんな仰々しいこと、しなくてもいい、って思うんだよね?

 衣裳とかさ、贈り物とかさ、そういうのも、なくていい。」


「そんなの、流石に、婚礼式とは言えないでしょ?

 じゃあ、なんだって、わざわざ、婚礼式しよ、なんて言ったんだよ。」


「うーん…何っていうか…けじめ?

 そうだな。

 ちゃんと、ルクスに、永遠の愛、っての?誓っておきたかったんだよ。」


う。

僕は、ごくっと言葉を呑んだ。


面とむかってそういうこと言われると、こっちが焦ってしまう。

それもさ、いつもの調子のまま、淡々と言われるとさ、逆に破壊力最大で、一発くらっただけでも、くらくらするよ。


「っそ、っそ、っそれは!うん。いいと思うよ?誓っとくべきだよ!」


なんだか、自分でも、何言ってんのか、よく分からないけど。

僕は拳を握りしめて力説した。


アルテミシアは、そんな僕を見て、くすくす笑い出した。


「そうだな。

 君には、祝福をしてもらいたいな。

 郷で族長がしてた、あれ。

 君に、頼めないかな?」


「しゅ、祝福?

 って、婚礼の祝福っ?

 いや、そんなたいにん、ぼくには、むり…」


「そっか。

 なら、仕方ないね…」


言いかけて、がっかりしたアルテミシアの様子に気付いて、僕は急いで口を閉じた。

アルテミシアがそう望んでいるのに。断れるわけないだろ?


「あの…僕で、いいの?」


恐る恐る尋ねたら、アルテミシアは、にこっと頷いた。


「君が、いいんだ。」


うっ。

コロシモンクは、やめて…


「分かった。

 精一杯、つとめさせて、いただきます。」


僕は緊張してお辞儀した。

それから、ちょっと考えて、付け加えた。


「君たちの、大切なことに、僕を選んでくれて、有難う。」


どうしてもそれは言っておかなくちゃって思ったんだ。

もちろん、自信もないし、僕でいいのかなって、すっごく不安なんだけどさ。

それでも、逃げるより、断るより、やっぱり、選んでもらえて嬉しかった、って気持ちが強かったから。


大事な大事な、僕の友だち。

家族みたいなルクスとアルテミシアの幸せは、世界中の誰よりも、僕が祝福したい、って思ったから。


っとまあ、そこはなんとか、決まったんだけどさ。

それ以外のことは、なんにも決まらないまま、また数日が過ぎて。


その朝、いきなり、ルクスが言った。


「この村、出発するぞ。」


ええっ???

婚礼式は?

どこ行ったの?


驚き混乱する僕に、アルテミシアは苦笑する。


「ごめん。

 君のことは、いろいろと混乱させてしまった。

 いいから。

 婚礼式のことは、今は、忘れて。」


ええっ???


まさか、まさか、取りやめになったとか?

そんなことは、ないよね?


ルクス、あんなに喜んでたのに。

何年越しの恋だって、ようやく叶ったんだって、僕だって、すっごくすっごく、嬉しかったんだよ?


「ごめんな?」


僕を見て、悲しそうに謝ったのは、ルクスだった。

いや、なに、その、ごめん?どういうこと?


あのとき、ルクスが泣いてるのを笑ってた僕だけど。

今度は、僕の涙が、止まらなくなった。


「そんな、やだよ…どうして?婚礼式は、中止なの?ルクスとアルテミシアは…」


その先は言えなかった。

口が裂けても、言いたくなかった。


ルクスは、ちょっと笑って、僕の髪をかき混ぜた。


「心配するな。

 落ち着いたら、婚礼式はやるよ。

 ただ、そうだな…今は、ちょっと、さ?」


どういうこと?

僕は、話しを聞かせてとふたりを見つめた。


「王都から、報せが、あったんだ。

 怪しげな連中が、あたしたちの行方を探している、って。」


アルテミシアの言葉に、僕は息と涙をいっぺんに飲んだ。


「ずっと、エエル不足で、王都との通信もできなかったんだけど。

 アニマの木を使えるようになったから、俺、いっぺん、あっち行ってきたんだ。」


ルクスは仕方なさそうに笑って、そう話してくれた。


王城にあるルクスの玉座は、世界中のアニマの木と繋がっていて、ルクスはアニマの木から王都へと行ったり来たりできる。


「あそこの連中にも、世話になったし。

 まあ、婚礼式やるなら、ちゃんと挨拶、しとこう、とか思ったんだけどさ。」


「そこで、そんな話しを聞いてきたわけだ。」


淡々と話すアルテミシアの声に感情は読み取れないけど。

多分、きっと、アルテミシアも、残念だって思ってるんだと思う。

いや、思っててほしいって、僕の願望かもしれないけど。


ルクスは、ひとつため息を吐いた。


「俺たち、ここにけっこう長く、いただろ?

 だから、この地にいる、ってことは、もう、そいつらにバレてるみたいなんだな。

 ここのやつらには、世話になったし。

 面倒なことをこの村へ引き込む前に、ここを立ち去りたい。」


ルクスの言葉に、僕は頷いた。

頷くしかなかった。


そうして僕ら、旅の支度もそこそこに、逃げるように、最果ての村を出発したんだ。

















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