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エエルを吸い込む闇が消滅し、新たに、大量のエエルを発生させる森ができた。
それの対応に、村の人たちも、ご先祖様も、みんなしばらくは大忙しだった。
いろいろと、新しくなったこと、変わってしまったこと、慣れないことには、失敗やら、不手際やら、次々と発生するけれど。
そのたびに、いろんな人たちが頑張って、ひとつひとつ、問題は解決されていった。
そうやって、少し落ち着いたころ、僕らは、要の守に会いに行くことになった。
アルテミシアが、どうしても、もう一度、会っておきたい、って強く主張したんだ。
数日かけて、僕らはその準備を整えた。
要の守を実体化する護符も必要だったし。
ルクスとアルテミシアは、それ以外にも、いろいろと何やら作っているみたいだった。
そうして、いよいよ行くってなった日。
ふたりとも、大荷物で、僕はびっくりした。
ほんのちょっと、すぐ近くの場所に、会いに行くだけだと思ってたんだけど。
なんだか、この間より、もっと荷物が多くない?
要の木のところまでは、ステルステントを使って、難なく進んだ。
本当に、こうして歩くと、ここは、整然と木の並ぶ、見通しのいい森なんだ。
もっとも、前来たときより、ずいぶん、木たちもよく育っていて、なんだか、活き活きとすごく元気のいい森になっていた。
エエルの力ってのは、やっぱりすごいもんだ。
アニマの木も、何本か見かけたけど、みんなしっかり根付いて、すくすくと育っている。
この分なら、何も問題はなさそうだった。
ここは、人にとっては、迷い込んだら最後の恐ろしい森だけど。
少なくとも、木にとっては、どこより素晴らしい、永遠の楽園だ。
要の木のところには、問題なく辿り着いた。
ステルステントを解除すると、途端に、くらくらと眩暈がする。
濃いエエルの気配に、酔っ払ったみたいに、ふらふらになった。
すかさず、ルクスは、持ってきた傘を開いた。
僕ら四人、じゅうぶんに入れるくらい、大きな傘だ。
見上げると、傘には、きれいな文様がびっしりと描かれていた。
「これ、は?」
「エエルの影響を無効化する紋章だ。
もっとも、傘だけじゃ、周囲のエエルを完全には防ぎきれない。
だから、意志を持ってエエルを放てば、それは通すことができる。」
アルテミシアの解説は、イマイチ、よく分からない。
「まあ、この傘を使えば、エエル酔いを適度に抑えつつ、要の守とも話せる、ってこった。」
ルクスの言い直してくれたので、なんとなく、分かった。
傘を使って要の木に近付くと、アルテミシアは、護符をひとつ、木に貼り付けた。
すると、するすると要の守が、そこに姿を顕した。
なんだか、有無を言わさずに引っ張り出したような感じもしたけど、要の守は、イヤな顔もせずに、にこにこと挨拶してくれた。
「ごきげんよう、みなさん。
今日もまた、お揃いですね?」
そう言って、小さく手を振ってくれる。
その声といい口調といい仕草といい、なにもかもヘルバにそっくりだ。
年を取った姿じゃなくて、まだ出会ってすぐのころのヘルバ。
この間はもう少し弱々しい感じだったけれど、すっかり血色もよく、活き活きとなっていて、そんな姿を見ると、わけもなく、泣きそうになってしまった。
「元気そうで、よかった。」
要の守は僕らにむかって明るく微笑んだ。
「みなさんにはお礼を言いたいと思っていました。
ついこの間まで、わたくしは、今にも消滅しそうなほどに弱っておりましたけれど。
みなさんのおかげで、ほれ、このように、元気になりました。」
アルテミシアは一歩進み出て、丁寧に頭を下げた。
「断りもなく森に木を植えてしまったから。
ちゃんと謝らないと、って思ってたんだ。」
要の守は、驚いたというように目を丸くした。
「なにを、謝ることなどありません。
エエルを供給していただいて、助かっているのはわたくしたち。
旧くからいるみなさんも、とても歓んでいらっしゃいますよ。」
要の守は、歓迎の気持ちを示すように、両手をひろげてみせた。
「あの幼子たちのことは、この森にお任せください。
きっと、護りぬいてみせましょう。」
ずっと、闇になった勇者を護ってくれていた要の守は、約束するように頷いてくれた。
要の守に任せられるなら安心だ。
「あのアニマの木たちは、あの子たち自身が結界を形作るように、植えてあるんだ。」
アルテミシアは、あのアニマの木を植えるときに使った地図を取り出して、要の守に見せた。
「今から、あの子たちひとりひとりに護符を貼って、その結界をより強固なものにしようと思うんだけど。
やってもいいかな?」
「もちろんです。
というより、とても有難い申し出です。」
要の守は身を乗りだして頷いた。
「それほどまでに、お気遣いいただけるとは。」
感動したように、アルテミシアを見つめる。
アルテミシアは、かすかに頬を染めて、目を逸らせた。
「ぃゃ。
まあ、あんまりあっちこっち勝手にいじるのも、なんだし。
この間は、いろいろと、その、先走ってしまったけど。
今度はちゃんと、許可取ってから、やろうと思ってさ。」
「許可だなどと。
いいえ、どうか、わたくしからもお願いいたします。」
要の守は、丁寧に頭を下げた。
「まあね、過剰なエエルは、ときどき暴走して、厄介事も引き起こす。
あたしたちも、まあ、いろいろ、やらかしてきたからさ。」
アルテミシアはきまり悪そうにそっぽをむいて、小さく笑った。
「だけど、失敗は次に気を付けるべきところを教えてくれる。
次はそこに気を付けて、失敗を繰り返さなければいいんだ。」
アルテミシアは持ってきた大量の護符を要の守に見せた。
「じゃあ、これ、後で貼っとくから。」
あの大荷物は、そのためだったのか。
要の守は、あたたかく微笑んで、大きく頷いてみせた。
「ヘルバが叶えようとしたのは、このような世界なのでしょう。
わたくしの半身の悲願を叶えてくださり、本当に感謝します。」
しみじみと要の守は言った。
「世界にエエルは満ち、精霊も人も、大地も森も、皆争わずに生きていける。
そのために、世界にエエルを溢れさせたいと、ヘルバはずっと望んでいました。」
「…あんたは、ヘルバのこと、どのくらい知っているんだ?」
ルクスは要の守に尋ねた。
要の守は、少し考えてから、答えた。
「…そう、そこにいらっしゃる、その可愛らしい方。
ヘルバとわたくしとの関係は、その方と、あなたとの関係に近い、と申し上げましょうか。」
要の守は、ブブを指差してから僕のほうを見た。
「ヘルバとわたくしは、心と心が繋がっています。
だから、ヘルバの思いや記憶は、わたくしも共有しています。」
ブブもそうだ。僕の考えてることとか、僕より先に分かってることもある。
使い魔、とおっちゃんはブブのことを言ってたけど。
この要の守は、ヘルバの使い魔みたいなものなのか。
「ヘルバはね?
闇に堕ちてしまったあの勇者と共に、旅をしていました。」
「ええっ?そうなの?」
僕はすっごく驚いてしまったんだけど。
「…そうなんじゃないかな、って、思ってた。」
アルテミシアとルクスは、予想していたような反応だった。
「けれど、彼とヘルバは、互いの考えを理解しあえず、結局、互いの道は分かれてしまいました。
ヘルバは、それをずっと後悔していました。」
要の守は、思いをはせるように、遠くを見つめた。
そこにほんの一瞬、あの少年と、もう少し若い姿のヘルバが、笑い合いながら一緒にいる幻が見えた気がした。
千年。
ヘルバは、この世界にエエルをもたらす方法を研究し続けた。
それは、かつて一緒に旅した仲間を助けたいって気持ちもあったのかもしれない。
その方法は、仲間が目指した方法とは違っていたけれど。
「ヘルバって、見かけによらず、なかなかの頑固者なのですよ。」
要の守は、くすくすと肩をすくめるようにして笑った。
その笑い方がまた、ヘルバにそっくりだから、僕はまた、泣きそうになった。
「あの。
絆の木が無事だってことは、ヘルバも、無事だってことですよね?」
一度聞いてみたかったことを、僕は口にした。
要の守は、僅かに首を傾げて言った。
「アマンに渡れば、永遠の命を得ます。
ヘルバも、おそらくは、そうなったことでしょう。
ただし、絆の木がこちらに残っている場合は、再びこちら側へと引き戻されることもあるそうです。
それが、百年先か、五百年先かは、分かりませんけれど。」
「こっちに、戻ってこられるの?」
なら、もしかしたら、またヘルバに会えるかもしれない?
要の守は、柔らかな笑みを口元に浮かべて、曖昧にうなずいた。
「ただし、そのときのヘルバは、以前の記憶は失くしていることでしょう。」
「それでもいい。
僕は憶えてるから。
それに、きっと記憶を失くしても、ヘルバはヘルバだよ。」
また会える。
その期待に僕の胸は熱くなった。
いいんだ。
またいつか会えるなら。
森の民は、とてもとても気が長いんだから。
要の守も嬉しそうに微笑んでくれた。
いつかまた、ヘルバのこの笑顔に会える。
それは、とても嬉しい期待だった。
それから、僕らは、要の木のところをあとにして、アニマの木を一本一本、回っていった。
僕らが行くと、アニマの木の主たちは、姿を顕してくれた。
彼らと直接会うために、アルテミシアは、アニマの木にも、例の護符を貼り付けた。
なるほど。
護符が大量にいるわけだ。
そんなに何日も経ったわけじゃないのに、アニマの木の主たちは、みんな、少しずつ、成長した姿になっていた。
もう、幼児、とは言えない、少年や少女の姿になった彼らは、前より少し、逞しくなっていた。
アニマの木は九十九もあるから、大急ぎに急いでも、全部に護符を配るには、数日かかった。
けれども、一本一本確実に、僕らはその仕事を進めていった。
そうして、ようやく、そのすべてが完了した日。
帰り道、心地よい疲れを感じながら歩いていたとき、ふと、思い出したように、アルテミシアが言った。
「なあ、ルクス、婚礼式を、あげよう。」
僕の前を歩いていたルクスが、突然、立ち止まった。
僕は、ルクスの後ろ頭に、したたかに鼻をぶつけた。
くるっと振り返ったルクスは、けれど、僕なんか見てなかった。
ルクスの目は、ただ、アルテミシアだけ見ていた。
そうして、無言で、いきなりアルテミシアをぎゅっと抱きしめた。
狭いステルステントの中、ブブと僕は、ちょっと困って顔を見合わせたけど。
もうここは喜んじゃおう、って、盛大に拍手した。
夏至祭りまで、あと何日か、ってころのことだった。




