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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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壁にひらいた穴から、エエルがものすごい勢いで流れ込んでくる。

影の怪物がいなくなった今、そのエエルは、要の木を一気に活性化した。


ひょーんと背の高い要の木は、葉が茂り、枝が伸び、あっという間に、それはそれは立派な大樹になった。

森の目印になるような、背丈はそのまま、今は、森の主になれるくらい、風格のある木になった。

ずっと前、ヘルバの木が折れたとき、大精霊の力によって再生した、あの光景を思い出した。

そういえば、この木は、あの木と同じ木なんだ。

ひょーんと背の高い木、は、どどんと立派な大木、に変わった。


要の守も、どこか弱々しい姿から、元気そうな姿に変わった。

背筋もしゃんと伸びて、顔色もいい。

多分、これなら、消滅する心配も、もうないだろう。


要の木の復活と共に、結界もさらに強化された。

僕は突然、立っていられなくなるくらい全身が重くなって、そのままそこで気を失いかけた。

僕の異変に気付いたルクスたちは、大急ぎでステルステントを張って、その中へ避難した。

ふたりも、結界が強化されたことは、そのからだに感じていたようだった。


僕らは、テントの中に入ったまま、いったん森を脱出した。

テントなしじゃ、到底、歩けなかったけれど。

テントの中だと、要の守やご先祖様たちとは話せない。

いろいろと話したいことはあったけど。

それは、とりあえず、後にしよう。


そのまま、森には、エエルが蓄積していった。

なにせ、まだ幼いとはいえ、九十九本のアニマの木から、絶えずエエルが放出されてるんだから、そりゃ、とんでもない過密地帯だ。


ただ、この場所には、強力な結界があって、その結界は、エエルが増えれば増えるほどより強化されたから、ここからエエルが外に漏れ出すこともなかった。


もしも、ここに誰か人が迷い込んだりしたら、それこそ、大変なことになるだろう。

そこは、疑似アマンに疑似アマンが重なるような、とんでもない迷いの森だ。

一度足を踏み入れたら、二度とは戻れない迷宮。

多分、そこは、この世界の当たり前の通じない、不思議の森になっているだろう。


ただし、そこは強い結界に護られているから、そもそも、足を踏み入れる、なんてことは、あり得ないけれど。


うんと後になって、この場所は、聖域として祭られることになる。

この世界を支えるエエルを大量に生み出す聖域。

足を踏み入れてはならない、と、固く、戒められた土地になる。


この地は、祖霊たちに護られていて、うっかり近付いても、森には入らずに、気が付くと、そこから遠ざかっているような場所になった。

聖域に近付こうとしても、森に入ることは、決してできない。

森にむかって歩いていたはずなのに、いつの間にか、その道は、森から遠ざかる道になっているというように。


森を護る祖霊たちは、この森から世界へと送り出すエエルの調整もまた果たしている。

世界にエエルが溢れすぎないように。

かと言って、エエル不足が起きないように。

絶妙なバランスを取って、ちょうどいい、エエルを、常に、世界へと送ってくれているんだ。


なにせ、ここいらのご先祖様たちは、微妙なエエルの調整を、ずっとやってきた人たちだから。

そんなのは、お任せ、だったわけだ。


この地方は、元々、エエルの少ない、枯れた土地だった。

けれど、結界の森から送り出されるエエルは、この地の気象を安定させ、土地に活力を与えた。

そうして、この辺りは、世界でも有数の、肥沃な地へと変貌していった。


もっとも、それはまだ、もう少し、後になってからのお話し。


ステルステントのおかげで、僕らも、無事に森から脱出できた。

ステルステントに入ってさえいれば、あの場所は、ただの見通しのいい整然と木の並ぶ森だ。

ただし、ステルステントに入ってしまうと、要の守やご先祖様と話しをすることはできない。


いったん戻った僕は、ご先祖様たちのいるアニマの木のところへ急いだ。

今日は、ご先祖様たちも、壁を作るために、全員総出で、結界の森に行ってくれてたんだけど。

僕らの帰る間に、ご先祖様たちも、いつものこの場所に戻っていた。


祖霊の眠る地。

そこは、村の人たちからは、そう呼ばれている場所なんだけど。

その日の様相は、とてもじゃないけど、寝るどころじゃない大騒ぎだった。


興奮したご先祖様たちは、そこいらじゅうを飛び回り、駆け回り、それはまるで、騒霊の大宴会、っても、お酒も飲んでないのに、まるっきり、酔っ払いの大騒ぎ状態だった。


いやでも、みんな、すごーく嬉しそうだし。

涙を流してる人たちも、あれは、いい涙だし。

大声をあげてる人たちも、あれは、快哉だから。

いいんだけどね。


みんな、何度も何度も、互いの拳をぶつけあって、歓びの声をあげていた。

あれは、ちょっと、乾杯、の感じに近いのかな。

抱き合っておいおい声を上げて泣いてる人もいる。

勇者のことは、伝説でしか知らなくても、ご初代様のことは、ここの人みんな、よく知ってるもんね。

居眠りばあさん、なんて呼んでた人たちも、みんなみんな、ご初代様のことを、歓んでいた。


あの。

ほんのひとりぶんくらい開いた壁の穴。

そこから流れ込んだエエルの奔流が、結果的に、影の怪物にとどめをさした。


あの後に見た、あの少年と少女は、勇者とご初代様だったんだろうか。

恋仲だった、なんて、ふざけて言ったと思ってたけど。

あれはもしかしたら、本当のことだったのかもしれない。


あれは、千年の恋の果てに、ようやく叶った婚礼式。

少年はもう、鎧も剣も身に着けず、ただ、花を一輪だけ、持っていた。

そうして、それが、とてもとても、似合っていた。


僕らもご先祖様たちも要の守も、すったもんだすったもんだ、いろいろ頑張ったけど。

結局は、ご初代様が、全部、解決して、そうして、幸せになったんだよね。


今ここに、花嫁花婿の姿はないけど。

これはだから、婚礼の宴みたいなもんだと思った。

村中、総出のお祝いだった。















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