表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
441/474

441

ご先祖様たちの作った壁は、要の木を中心に、ちょっとした広場くらいの広さがあった。

この内側には、外のエエルは影響しないし、ここで起こったことは、外には影響を及ぼさない。

確固とした防御の壁だった。


ステルステントを出た僕には、ご先祖様たちの背中が、互いにぴったりくっついて壁のようになっているのが見えた。

まるで、ご先祖様の作る、守護の塔の中のようだった。

守護の塔は、要の木を覆い隠すくらい、高く聳え立っていた。


要の守は、守護の塔を見て、ほう、と感嘆の声を漏らした。


「これはまた、強固な護りの陣だ。」


それから、ルクスの背負った紋章をまじまじと観察した。


「それは?」


「ぎりぎり発動の一歩手前で待機してる魔法だよ。」


ルクスは軽く答えた。

要の守は、物珍しそうに、紋章を眺めた。


「昔、それとよく似たものを、ヘルバに見せてもらったことがあります。」


「ヘルバが編み出したんだ。紋章術は。

 これを使えば、俺たちみたいに普段魔法を使わない者も、魔法を使うことができる。」


すると、要の守は、また、ほう、と感嘆の声を上げた。


「そちらの方のも、紋章、でしょうか。」


アルテミシアのカバンからちらりと覗く板切れにも、要の守は気がついた。


「そう。

 こっちは、もっと簡素で、単純な魔法だけどね。」


アルテミシアの答えを聞いて、要の守は、ほう!ほう!とまた言った。


「それもまた、ヘルバの?」


「そうだよ。」


「なんとまあ。そのように使っていただいているとは。

 ヘルバもそれを知れば、喜ぶことでしょう。」


要の守は、感慨深げにうなずくと、僕らの顔を順番に、何か確かめるように見回した。


「準備は万端、のようですね?」


僕らはひとりずつ、要の守と視線を合わせて、頷いた。


今のところ、ここはいたって平穏な状況だった。

息苦しい重圧は感じるけれど、これは、闇ではなく、結界の影響だった。

さっき一度目を覚ましたかに思えた勇者は、今は気配も感じさせなかった。


「勇者の剣を。出してください。」


僕が言うと、要の守は、静かにうなずいた。


その剣は、要の木の根元にしっかりと突き立っていた。

よく見ると、根が絡んで、まるで剣をそこに繋ぎとめているようだった。


僕らはもう一度だけ互いに顔を見合わせると、ルクスが剣の傍へ行って、その柄に手をかけた。


大して力を入れたふうにも見えなかった。

剣は、まるで、自らの意志でそうしたように、するすると、地中から姿を現した。


刀身はもう、ぼろぼろに錆びていて、元の形をとどめていなかった。

そして、それは、地中から抜かれたことで、最後の抵抗も失い、ほろほろと、小さな欠片になって崩れ落ち、そのまま消失した。


あとは、柄に嵌め込まれていた小さな宝石だけ、ルクスの手の中で、光っていた。

ただ、その石だけは、ぼろぼろになっていた剣とは対称的に、磨きたてのように、不思議な光を湛えていた。


ルクスはその石を僕らに見せようと、振り返った。

そのときだった。

石は突然、眩い光を放ったかと思うと、その光の中に、ゆらゆらと人のような形をした影が現れた。


影はゆっくりと濃くなって、それと同時に、現実の物のような、血肉を備えた人の姿になった。


彼の身に纏う鎧は、たくさん傷がついていたけれど、丁寧によく磨き込まれていた。

それとは対称的に、短く刈った髪は、剣か何かで適当に切ったみたいに、ざんばらになって、毛先も斜めになっていた。

小柄だけれど、力強い手足をしていて、大地をしっかりと踏みしめるその足には、使い込まれた風の、鋲を打った長靴を履いていた。


彼は、自分の両手をまじまじと見下ろしていた。

それはまるで、自分の身に何が起こったか分からずに、困惑している人の姿だった。


彼の指は、力のありそうな、節くれだった指で、土いじりをする人によくあるように、爪の中まで、びっしりと土が詰まっていた。

こんな手をした平原の民を、僕はたくさん知っている、と思った。


彼は何かを探すように、しきりに足元を気にした。

それから、はっと気付いたように、僕らのほうを見た。


「あなたたちは?」


思ったより清んだ高い声をしていた。

想像したより、若そうだった。

こっちを見上げた目は丸く、瞳には明るい光を宿していた。


僕らはどう答えたものか、一瞬、戸惑った。

どう見ても、敵意など微塵も感じない人を相手に、まさか、あなたと戦いに来ました、とも言い難かった。


最初に口を開いたのは、ルクスだった。

ルクスは、彼の質問には答えずに、質問で返した。


「あんたは、世界を救った勇者、なのか?」


勇者は不思議そうにルクスを見た。

どうしてそんなふうに不思議そうに見るんだろうって、思ったけど、次の勇者の言葉を聞いて納得した。


「あなたは、森の民?

 僕らの言葉がお上手なんですね?」


あ。そうか。

僕らは元々、互いに、言葉の通じる間柄じゃなかった。

ルクスの願った魔法のおかげで、今は通じるようになったけれど。

彼の生きていた時代には、まだその魔法はなかったんだ。


「いや、賢者と名高い森の民ならば、余所の種族の言葉くらい話せるものなのか?」


彼は自問自答するように呟いて首を傾げた。

それから、僕らを見て、にっこりと微笑んだ。


「なんにせよ、話せることは嬉しいです。」


その曇りのない笑顔を見ていると、彼が、闇に落ちてしまった、ということは、何かの間違いなんじゃないかと思えた。


彼は、それから、少し考えるようにして言った。


「さっき、僕を、世界を救った勇者か、とお尋ねになりましたね?」


僕らが頷くと、彼は、僕らから視線を逸らせて言った。


「そのように、僕のことを呼ぶ人も、います。」


彼の口元には、淋し気な微笑が浮かんでいた。


「けれど、僕自身は、そのように名乗りはしません。」


それから、彼はまた、僕らに視線を戻して、じっと問いかけた。


「そもそも、世界を救うなんてことが、可能だと思いますか?」


え?

勇者にそう問いかけられて、僕は、ちょっと戸惑った。

だけど、隣にいたルクスは、にやっと笑って、あっさり一言、断言した。


「無理だな。」


え?

僕は、びっくりしてルクスを振り返った。

ルクスと勇者は、互いから目をそらさずに、じっと、視線を交えていた。

そのルクスの口元にも、勇者とそっくり同じな微笑が浮かんでいた。


「そう。

 世界を救う、なんて、誰にも、不可能です。」


勇者の笑みに、自嘲が混じった。


「ただ、目の前にいる、ひとり、ふたり、が困っているなら、その人の手助けをする。

 できることなんて、せいぜい、それだけですよ。」


「確かに。その通りだ。」


どちらも、一度は、世界を救った勇者、と呼ばれたふたりは、そっくりな笑顔を浮かべてうなずきあっていた。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ