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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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要の木のところまで戻ると、ルクスとアルテミシアはせっせと紋章を描いていた。

もういくつもの紋章が、宙に浮かんで待機している。


「さっきの、風…」


全部言わなくても、ふたりとも僕を見て頷いた。


「今、ここのエエルは、俺たちにも感じられるくらい、増えているからな。」


「これだけのエエル量だ。

 流石に、勘付かれたか。」


「急ぐぞ。」


ふたりはそう言って目を見交わすと、また紋章描きに戻った。


僕は、ご先祖様たちの作っている壁のところへ駆け付けた。

ご先祖様たちは、背中合わせに両腕を強く組み合わせて、円陣を作っていた。

そのご先祖様の上に、またご先祖様の円陣、そのまた上にも…とずらっと連なって、要の木と同じ高さまで、ご先祖様の円陣の塔ができていた。


真っ赤な顔をして互いに腕を組んでいるご先祖様たちに、僕は質問した。


「内側で、何か、変化はありませんか?」


ご先祖様たちは、話すのも辛そうだけれど、なんとか答えてくれた。


「さっき、一度、何かが膨れ上がるような気配がありました。」

「けど、それは、一度っきり。」

「その後は、何もありません。」


それって、さっきのあの風の吹いたときだろう。


「勇者はまだ、気付いていない?」


「分かりませぬ。」

「気付いておられんのかもしれんし。」

「気付いていても、様子を伺っておるのかもしれん。」


全員が隙間なく外側をむいているから、内側の様子を見られる人はいないんだ。

様子を伺おうにも、まだこの壁を解くわけにはいかない。

僕らにできるのは、いつ勇者が現れてもいいように、できるだけ準備を進めることだけだった。


アニマの木たちを引率していたご先祖様も、戻って、壁に加わっていった。

要の木と同じくらいの高さだった壁は、さらにもう一段、高くなった。


「あのお方は、用心深いんじゃ。

 おそらくは、もう、気付いておられるじゃろうよ。」


静かにそう言ったのは、ご初代様だった。


「今はおそらく、わしらのことを観察し、打つ手を考えておられることじゃろう。」


百戦錬磨の勇者が、虎視眈々とこっちを睨みながら、僕ら相手にどう戦うか、作戦を練っている。

う。怖すぎる。


「今さらだけどさ…

 話し合いで、とか、なんとかならないかな?」


僕は大真面目に言ったんだけど。

ご先祖様たちの間には、くすくす笑いが起こって、すると、それは次々と伝播して、いつの間にか、爆笑が巻き起こっていた。


なんだか、笑う塔みたい。


「ちょ、そんなに笑わなくても…」


僕は憮然としかかったけど。

はっとして、目の前の壁をもう一度見た。


キンッ、という固い音がして、ご先祖様の作る壁は、さっきより明らかにもう一段階強固なものになっていた。


そうか。

笑いは、力になるんだ。


だとしたら、ちょっとくらい僕が笑われたって、構わないって思った。

むしろ、もっと何か笑わせたいくらいだ。

もっとも、僕には、わざと人を笑わせる技量なんか、ないんだけども。


そうだ。

みんな、頑張ってるんじゃないか。

ご先祖様たちも。

ルクスも。アルテミシアも。ブブも。

アニマの木たちも。

森の木々も。


僕だけ怖気づいていられない。


と言っても、僕には紋章は描けないし。

いやけど、きっと、なにか、僕にもできることはあるはず。

そうだ。

せめて、祝福を送ろう。


湧き上がる不安も、全部、祈りに変えて。僕は何度も何度も祝福を送った。

そのたびに、森は淡く光り、アニマの木たちから発生するエエルも、ますます増えていった。


僕の送った祝福は、ご先祖様たちの力にもなった。

祝福を送るたびに、キンッ、って音がして、壁が強化されていく。


なんだ、よかった。

わざと笑わせるのは苦手だけど、これでよかったんだ。


僕は祈った。

森のために。

ご先祖様たちのために。

仲間たちのために。

護るべき、人たちのために。

それから、勇者のために。


「そろそろ、行こう。」


そう言って、ルクスは僕の肩にそっと手を置いた。


ルクスは背中に発動を待機している紋章を大量に背負っていた。

あれを、持って行くんだ。


「心の準備はいい?」


アルテミシアは、確かめるように僕に尋ねた。


「怖いなら、ここで待ってろ。」


ルクスはそう言ったけど。

僕がそれに頷くはずはなかった。


「だいじょーぶ、あるじさま!」


ブブは、元気よく片手をあげる。

そういえば、ブブも、いつかは成長して、大人の姿になっちゃうのかなあ。


頭の中に、九十九人のアニマの木の主たちの顔が浮かんだ。

あんなに小っちゃい子たちも、みんな、頑張ってくれてるんだ。


「よし。行こう。」


僕は、仲間たちにむかって言った。


アルテミシアが、ステルステントを発動させる。

僕らは、その光の中に包まれた。

そのまま、ゆっくりと、移動を始めた。


ご先祖様たちの作っている壁は、エエルに対して作用するものだから、物理的に、僕らを遮りはしない。

それに、ルクスとアルテミシアには、その壁も、見えていない。

ふたりは、気にせずに、そこを踏み越えていく。

ステルステントに包まれたときから、ご先祖様たちからも、僕らは多分、見えなくなっていると思う。

ただ、僕は、どの辺に壁があるのか、分かってたから。

流石に、ちょっと気がひけて、多分誰も見てないけど、どうもどうもとへこへこしながら、そこを乗り越えた。


ステルステントに入っていれば、結界の影響も受けない。

僕らはすいすいと要の木の傍に立つ。

だけど、このままじゃ、要の守とも話せない。


「いいか?」


アルテミシアは確認するように僕らを一回見回してから、ステルステントを解除した。


途端に、両肩に圧し掛かる結界の重圧。

僕は、ふらつきながら、要の木に抱きついた。


木にエエルを注ぎ込もうとしたら、いきなりアルテミシアが、紋章を描いた小さな板切れを木に貼り付けた。


板切れが光を放つと、木全体を、その光が覆った。


これは…エエル?

あの板切れは、エエルを溜める紋章の描いてある、護符みたいなものか。

アルテミシアの肩掛けかばんには、護符らしき板切れがたくさん入っていた。


木にエエルを送らなかったから、僕は、この間みたいにふらつくこともなかった。

光に包まれた木から、ゆっくりと、ヘルバにそっくりな、要の守が姿を顕した。


「こんにちは。

 また、お会いできましたね。」


要の守は、僕を見て、かすかに首を傾げながら、にっこりと微笑んだ。

その仕草は、あまりにもヘルバそのまんまだから、僕はまたちょっと、うっ、ってなった。


「要の守は、姿を顕したのか?」


アルテミシアは僕に尋ねた。

そうだと答えると、護符をひとつ手渡された。


「これを。その方に渡してほしい。」


僕は言われた通りにした。

要の守が護符を手に持った途端、ふわりとまた何か光った。


「おう。

 これなら、俺たちにも見えるぜ。」


ルクスが歓声を上げた。


「あなたが要の守ですか?」


アルテミシアは、静かに尋ねた。


護符を持つと、要の守の姿は、ルクスたちにも見えるようになるらしかった。


「まあ。これはこれは。お目にかかり、光栄です。」


要の守は、ルクスたちにむかって、丁寧にお辞儀をした。

それもまた、ヘルバにそっくりで、僕は、どきどきした。


「確かに。ヘルバにしか見えないな。」


ルクスは、感心したような唸り声を漏らした。


「わたくしの半身をよくご存知なようで、嬉しいです。」


要の守はまた丁寧にお辞儀をした。


「君は、さっきから失礼だぞ。」


アルテミシアはルクスを睨んだ。


「いつぞやは、こやつがお世話になり、有難うございました。」


それから、ルクスの頭を手で抑えて下げさせながら、要の守に挨拶をした。


「いえいえ。

 あのときは、わたくしも、力不足で、お引き留めするのにも、精一杯で…」


口元を抑えて謙遜するように要の守は言った。

それを聞いたルクスは、口をへの字に曲げて軽く肩をすくめた。


「あれが力不足なんだったら、俺、絶対に、体調万全のあんたとは、戦いたくないな。」


「いえいえ。

 もし万全だったら、戦わずして、きちんとお留めできましたよ?」


にっこり。

要の守は、鮮やかに微笑む。


それって、どうやるんだろ?

まあ、怖いから、聞かないでおこう。


「ブブだよ!こんにちは!」


ずっと僕らの背中に隠れて様子を見ていたブブが、恐る恐る顔を出して言った。

それを見た要の守は、顔を輝かせた。


「まあ、なんて、お可愛らしい。」


褒められたブブは気をよくして、自分から要の守に近付いていった。

要の守は、ブブを抱き上げると、よしよし、と背中を撫でてやった。


「今日はまた、みなさん、お揃いで。

 ご挨拶に来られた、というわけでは、ありませんよね?」


要の守は、始終、にっこりと穏やかに尋ねた。

僕らは、真面目な顔に戻って、ルクスが代表して言った。


「今日は、俺たち、勇者の剣を、抜きに、来ました。」


要の守は、まあ、と声を上げたきり、絶句した。

辺りは静寂に染まる。

そのまま、しばらく、誰も口をきかなかった。


要の守は、僕らの決心を確かめるように、静かに僕らを観察していた。

ただ、言葉では、何も尋ねなかった。

ルクスもそれ以上は、何も言わなかった。


そうして、少しして、ようやく、要の守は口を開いた。


「分かりました。

 ならば、わたくしも、及ばずながら、みなさまにお力添え、いたしたいと存じます。」


そう告げた要の守の瞳は、ずっと前、アマンに渡ると宣言したときのヘルバの瞳を思い出させた。












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