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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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勇者を討つ?

勇者を討て、って言ったの?


僕はご初代様の顔をまじまじと見つめたまま、二の句が継げなくなっていた。

すると、ご初代様は、鮮やかに、美しいくらい鮮やかに、微笑んだ。


「もうずっとここで待っておりますけれど、あの方はお戻りにはならん。

 供の者らも戻ったというのに、あの方だけ、お戻りにならん。

 それはもう、あの方自身が、闇そのものになってしまわれたということじゃろう。」


なんで、分かっちゃったの?

とうっかり言いそうになったけど。

僕は、唾と一緒に、ごくっと言葉を呑み込んだ。


すると、ご初代様は、ほほほほほ、と笑い出した。


「お前様は、ほんに、思うとることが、ようお顔に出るのう。」


えっ?


………ぃゃ、それ、前にも、誰かに言われた気がするけど………


ご初代様は、僕から目を逸らせて、花畑を見ながら続けた。


「本当は、もう、とうに、分かっておったのです。

 きっと、そうなのじゃろう、と。

 ただ、最後の確信、みたいなものがなかったから。

 ぎりぎり、一縷の望みに縋っとった。

 けれど、皆が戻ってきて、はっきりと分かりました。」


…そっか。


勇者を探しに行った人たち。

あの人たちが、みんな戻ってこられたのはよかった。


だけど、あの人たちみんな戻ってきたのに。

勇者だけ、戻らなかった。

それって、もう、勇者は戻らない、って。

そうはっきりしてしまった、ってことに、なっちゃったんだ。


いや、そんなの分からない。

まだ、諦めることはない。

反射的に、そう言ってしまいたくなったけど。

そんな言葉は気休めに過ぎないって、分かってる人に。

そういうこと言うのは、むしろ残酷だ。


だから、僕は、ただ、黙っていた。


「勇者は、どこにおられるのかの?」


おばあさんは、僕がそれを知っていて当然、というように尋ねた。


「…分からない、けど…

 あの剣を抜けば、封印が解ける、とか言ってたから…

 もしかしたら、あの剣のあるところ、かも…」


やっぱり、僕には隠し事なんて、無理なんだな。

もう正直に言うことにした。


「勇者の剣かの。

 それは、どこにあるのじゃ?」


「要の木の足元に、刺さってる。」


「なんと!

 そんなところにあったのか。」


「あの場所は、結界の要で、だから、封じる力も一番強いんだ。」


だから、一番封じたいモノを封じるには、最適な場所、でもある。


「わしは、もっと森の奥深くの、洞窟か何かに、封じておられるのかと。」


まあ、そういうふうにも思うよね?

要の木のむこうには行くなって言われたのを律儀に守ってたから、ご先祖様たちは、むこう側がどうなってるのかは、知らなくて当然だったし。


「あの森は、要の木を中心に、結界の及ぶ範囲にしか残ってないんだ。

 だからさ、つまり、目印の木のむこう側も、こっち側と同じくらいしかないってこと。」


僕は、地面に円を描いてみせた。


「この中心が、要の木。

 その周囲、ぐるっと、残ってる森は、勇者を封じる結界になってる。

 だけど、その外側は、多分、エエルが足りなくて、枯れてしまったんだ。」


僕は地図に村やアニマの木を描き足した。


滅び以前には、あちら側にももっと森があった、かもしれない。

それは、分からないけど。

少なくとも、今は残ってない。


「要の木も、だいぶ、弱ってるんだ。

 残ってる森の力を借りて、ぎりぎり、結界を維持している。

 だけど、もうそれも、そんなに長くはもたない、かもしれない。」


エエルの量を増やせば、要の木や森に力を与えることはできる。

だけど、増えたら増えた分だけ、そのエエルは、闇に吸い取られてしまうのだとしたら、その効果も期待できないかもしれない。


それより、なにより、恐ろしいのは。

そうやって、エエルを増やせば、もしかしたら、闇が、よりいっそう力をつけてしまうかもしれない、ってことだ。


「だけどさ、この、闇、の本当の力も、分からない。

 もし、解放してしまったら、この村にも、なにか害が及ぶかもしれない。」


ずっと封じてあったから、この村も、今までなんとか無事だったんだけど。


だからって、解放せずに勇者を討つ方法なんて…


ふむ、とご初代様は、僕の描いた下手くそな地図を眺めた。


「ここの結界。

 この結界を強くすれば、村に影響は及ばんのう?」


森の外側にぐるっと円を描く。


「いや、そりゃそうなんだけど。

 そのためには、森に送るエエルを多くしなくちゃならない。

 だけど、エエルをたくさん送ったら、全部、闇に落ちちゃうでしょう?」


「闇の位置が分かっとるのじゃから。

 その周りを囲って、そこから先にエエルを行かせんようにしたら、ええのじゃないかの?」


ご初代様は、今度は要の木の周りに、ぐるっと円を描いた。


「つまり、ここにも結界を作って、結界を二重にするのじゃ。」


「結界を作る?

 ぃゃ、だけど、僕、そんな方法…」


するとご初代様は、僕を見て、猫が笑ったみたいな顔をして、にやあ、と笑った。


「なんのために、わしらがおる?」


「いや、それは、勇者を待つため…?

 村の平穏を保つため…

 じゃ、ない?

 ええっと…

 ご先祖様たちは、エエルの流れを制御して…」


僕は、正解を探すようにご初代様の顔を伺った。


「ほうよ。

 千年修行を積んだ身よ。

 エエルの制御なら、わしらに任せておきなされ。」


ご初代様は、両手を腰にあてて、ふふん、とポーズを決めてみせた。


「ここで、こう、エエルの流れをせき止める。

 さすれば、森の結界だけ強めて、闇にエエルは落とさん。」


ご初代様は、要の木の周りに、何回もぐるぐると円を描いた。


そうか。

ご先祖様たちにここで壁を作ってもらって、その中で勇者と戦えば、もしかしたら、闇の影響は外に出さないで済むかもしれない。

その外側の森の結界も強められる。

もしかして、それがうまくいって、闇を完全に滅ぼすことができたら、要の木だって、救えるかもしれない。


「いや、だけどさ?

 勇者と戦う、わけだからさ。

 壁作ってくれてる、ご先祖様たちにだって、もしかしたら、なにか危険なことも、あるかもしれない…」


どのくらいの広さを確保できるかは分からないけど。

相手は勇者だもの。

戦うのだって、簡単じゃないって思うんだよ。


「なになに。

 もしわしらに何かあったとしても、村に転生するだけじゃ。」


ご初代様は、からからと笑った。


「それに、村を護るのは、わしらの役目じゃもの。

 大切な自分たちの子孫を護るのじゃから。

 やらせてくだされ。」


う。

確かに、ご先祖様たちにそういう協力をしてもらえるのは有難いかもしれない。

森のエエルを増やせたら、魔法も使えるようになるし、なら、僕にも、何かできることがあるかもしれない。


「分かった。

 ご協力、感謝します。」


「それは、わしらの言うことじゃろ。」


ご初代様は、にこにこと笑う。


いつの間にか、周りには、ご先祖様たちが大勢集まっていた。

みんな、ご初代様と僕の描いた地図をじっと眺めて、あれやこれや、言い合っていた。

そのご先祖様たちは、一斉に頭を下げて言った。


「どうか、よろしくお願いします。」


「あ、いや、それは、こちらこそ。

 あの。よろしくお願いします。」


僕もあわててお辞儀を返したら、周りに一斉に笑い声が巻き起こった。


















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