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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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ご先祖様たちは、顔を見合わせた。

それはまるで、何を答えたら僕が満足するのか、お互いに計り合っているみたいだった。

僕は、だから、ご先祖様たちが何か言う前に、先に言った。


「立派だった、とか、強かった、とか、格好いい、とか、そういうのは、もう分かってるんだ。

 そういうのじゃなくてさ。

 たとえば、食べる物は、何が好きだったの?」


「そりゃあ、勇者様じゃもの。

 好き嫌いなんかは、なさらんかったじゃろう。」


ひとり、そう言いかけたご先祖様を遮って、別のご先祖様が言った。


「穀物の粉をのう、水と混ぜてよく捏ねて、丸めて蒸した物がお好きじゃった、と聞いたことがある。

 甘い甘い蜜をかけて食べるそうじゃ。」


そのお団子なら、前に、村の人にご馳走してもらったことがある。

この村の名物料理だ、って言ってたっけ。

とても美味しかったけど、勇者の好物、っていうわりには、案外庶民的かも。


「好きな色は?

 好きな季節は?

 どうしても、これだけは苦手だった、ってことは?」


はて、とご先祖様たちは首を傾げて、戸惑ったようにお互いの顔を見合わせた。


そう。

分からないんだ。

勇者のことを待ち続けたこの人たちさえ。

勇者自身がどんな人だったかなんて。

ほとんど、知らないんだ。


「淡い色合いがお好きじゃった。

 勇者ともあろう者が、こんな優し気な色が好きだとは、あまり人には言えぬと。

 そうおっしゃって、よう笑うておられた。」


そう話す声にそっちを見る。

ご初代様だった。


「勇者たるもの、勇気の赤や、潔白の白、そういう色を好むべきじゃろう、と。

 よう言うておられたのう。」


ご初代様は、僕の隣にきて僕の真似をするみたいに膝をかかえて座った。


「季節は、今時分がお好きじゃった。

 この花の満開になるこの季節。

 朝が早うて、日暮れの長い、この季節を好きじゃとおっしゃっておった。」


ご初代様は、懐かしむように目の前の花畑を眺めた。


今は、一年のうちでも、穏やかな季節だと思う。

暑さとも、寒さとも、戦わなくていい。

雨も降るし、日も差すし、夜は早く帰って、夕方は長く明るい。

ほんの少し、ほっとしてられる季節だ。


「そのくせ、朝起きるのは苦手じゃったなあ。

 いっつも、朝は、目が半分くらいしか開いておらんかった。

 大切な会議は、昼からにしてくれと、ようおっしゃった。」


朝が苦手。


ご初代様の知っている勇者は、なんだか、すごく、普通の人、だった。


勇者たるもの、勇気の赤や潔白の白、そういう色を好むべき。

勇者はよくそう言ったそうだけど。


僕らだって、多分、勇者自身だって、勇者、ってのは、こうあるべき、みたいな思い込みがあるんだろうな。

だけど、その本人は、案外、普通、の人なんだ。


極寒の冬や、酷暑の夏、あえて、そういう厳しい季節を好み。

ほとんど眠らず、早朝から夜中まで、全力疾走。

豪奢な花と、はっきりした色目のもので身を飾り。

声ははきはき、背筋もしゃっきり、歯も白くて、目は輝きを宿す。


勇者の印象ってのは、だいたい、そんな感じ?


そう言ってみたら、ご初代様は、あはは、と声をあげて笑った。


「勇者様も、そんなことを言うておられた。

 けど、自分は、そういう勇者像からは、ほど遠いとなあ。

 ため息を吐いておられたのう。」


なにも、そんなことでため息吐かなくてもいいと思うんだけど。

そんなことで、ため息、吐いちゃうくらい、普通の人だったんだな。


なんだろうな。

なんだか、ちょっと、親近感?

勇者も、僕らと同じ、人だったんだ、って。


そういや、僕も、賢者様、とかよく呼ばれるけどさ。

あれ、けっこう、イヤなんだよね。

それって、僕の思う、賢者、の印象に、自分が全然、合ってないからかもしれない。


森の民ってのは、わりと長生きだからさ。

まあ、他の種族の人からしたら、いろいろと、物知りなんだと思う。

それに、森の外に行く人って、滅多にいないから。

たまたま、通りかかった森の民が、いろいろと助言したりなんかしたら、そこそこ役に立ったりして。

だから、他の種族の人たちは、森の民のことを、賢者、って呼ぶんだよね。


だけど、だからって、僕みたいなのまでひっくるめて、賢者、とか呼ばれるのって。

なんか、ちょっと、いや、かなり、違和感。


だけど、そうだな。

僕は、賢者って、呼ばないで、って言うほうだけど。

もしかしたら、賢者様って、呼ばれたら、それに相応しい賢者にならなくちゃ、とか思う人もいるかもしれない。

もしかしたら、勇者も、勇者、って呼ばれるから、勇者に相応しい人にならなくちゃ、とか、思ったりしたのかな。


勇者、って、なんだか、強くて怖くて、闇になんか捕らわれたりしちゃってて、もうなんか、伝説とかそういうレベルの存在に思ってたんだけど。


そうじゃない、のかもね…


せっかく、ご初代様に会ったんだから、勇者の剣の話しをしようか、と考える。

あれは、取り戻せないんだ、って。

だけど、それを言っちゃったら、勇者と戦う話までしないといけなくなるかもだし。

ご初代様には、やっぱり、それは話せない、よなあ…


そんなことをもじゃもじゃと考えていたら、ご初代様のほうから、ぽつぽつと話してくれた。


「お優しい方じゃった。

 小さい虫が水たまりで溺れていたら、すくって助けてやるような。

 怪我をした小鳥を、懐に入れて温めてやるような、そういうお人じゃったよ。」


優しい人じゃないと、勇者には、なれないのかもしれない。

だって、勇者、って呼ばれるのは、誰かのために、必死になれる人なんだろうから。


「けど、ご自分のそんな優しさは、弱さなんじゃ、と言うておられた。

 自分のそういう優しさを、嫌いじゃ、とも言うておられた。」


勇者は戦っていた。

多分、たくさんの命を奪った。

たくさんの人に、戦えと命令した。

勇者に従って命を落とした人だって、いた。


虫を助けても。

鳥を助けても。

人の命を、失わせた。


たとえ、それは、もっと大勢の人や、この世界そのもののためだったとしても。

優しくて、普通、な人には、とても辛いことだったかもしれない。

いや、きっと、とてつもなく、辛かっただろう。


ふと、暗闇の中、膝を抱えて泣いている、小さな少年の姿が見えた。

純白の衣に身を包み、赤いマントを上掛けみたいに引き被っている。


それは、いわゆる、白昼夢だったのか。

ふいに、でも、はっきりと、そんな姿を見たんだ。


「勇者様を、闇から、お救いしてくださらんか。」


白昼夢に、ご初代様の声が重なって聞こえる。

僕の心臓が、どきどきと、打つ。


「わしらも、精一杯、ご協力いたしましょう。

 どうか、あの方を、討ってください。」


???


僕は、まじまじとご初代様の顔を見つめていた。








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