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どうして今まで気づかなかったんだろう?
そのくらい、その剣は、堂々と、そこに突き立っていた。
もちろん、気づかなかったのには、きっとちゃんと理由がある。
要の守が、それを隠していたからだ。
剣は錆びついて、ぼろぼろになっていた。
ただ、柄に嵌められた宝石だけ、まだ輝いていた。
実際に使われていたころには、きっと、すごく立派な剣だったんだと思う。
振りかざされたこの剣に勇気をもらって、きっと、たくさんの人が立ち上ったことだろう。
この剣には、そういう、気高さ、のようなものを感じた。
「これは…、勇者の剣?」
それ以外には考えられなかった。
大切な人の形見、っておばあさんは言ったそうだけど。
なるほど、勇者とずっと行動を共にした剣なら、形見にもなるだろうし、勇者はおばあさんにとって、いや、勇者の帰りを待ってる人たちみんなにとって、大切な人、だ。
「…あの。
これを抜いて持って帰る、なんてことは…?」
一応、聞いてみた。
要の守は、静かに答えた。
「それを抜けば、闇と化した勇者は、完全に復活してしまうでしょう。」
やっぱり、そう、ですよね?
「どうか、それを、抜かないでいただきたい。」
いや、はい。もちろんです。
そんなことをすれば、今まで必死に闇を封じ込めてきた人たちの努力が、全部、無駄になってしまう。
おばあさんには、ちゃんと事情を説明して、納得してもらおう。
ちりっ、ちりっ、と要の守の姿が揺れる。
そろそろ、時間切れだった。
要の守は、ヘルバじゃないけど。
やっぱり、懐かしい人の姿が薄れて消えていくのは、胸がずんと痛かった。
「ねえ!また、会える?」
「…ええ。
今日のようにして、喚びだしていただければ…
あと、数回、なら…」
あと、数回。
でも、また、会える。
いつの間にかにじんでいた涙を払い飛ばして、僕は顔をあげてヘルバの姿をみた。
「分かった。
じゃあ、また。」
手を振ると、要の守も振り返してくれた。
はっと気づくと、僕は、要の木に両腕を回して抱きついていた。
このまま、気を失っていたんだろうか。
ルクスたちは、いるかな?と思って後ろを振り返る。
その途端、両方から腕を掴まれて、ぐい、と引っ張られた。
気が付いたら、ステルステントの中にいた。
片方の腕をルクスに、もう片方の腕をブブに、しっかりと掴まれている。
そうしてもらってなければ、僕は、地面にへたりこんでいたと思う。
そのくらい、からだは、ぐったりと疲れていた。
だけど、不思議に気持ちはしゃんとしていて、僕はものすっごく元気だった。
両方から抱えられたまま、僕は、相当な早口で、さっきあったことをみんなに報告した。
要の守とヘルバとのくだりから、勇者のことも、剣のことも、全部。
息せき切って話し終えると、アルテミシアは、すかさず僕に水をくれた。
僕は、水筒の水を全部飲み干す勢いで、ごくごくと飲んだ。
ものすごく、喉が渇いていた。
あんまり急いで飲んだもんだから、げほっと水にむせた僕の背中を、ルクスが撫でてくれる。
ブブは、あるじさま、頑張ったねえ、偉いねえ、って言いながら、せっせと頭を撫でてくれた。
「勇者は、闇に捕らわれたんじゃない。
闇そのものに、なってしまった、か。」
僕がひとしきり落ち着いたころ、ルクスが、ぼそりと、そう呟いた。
「勇者の救出は、やはり、難しい、かな。」
アルテミシアも、そう言って、小さなため息を吐いた。
「あの剣は、諦めてもらったほうが、いいかも。」
僕は、おばあさんにどう言おうかと考えていた。
ルクスはまだどこか納得しないように呟いた。
「…あいつら、ずっと、待ってたのにな?」
そうなんだよね。
アルテミシアは、そんなルクスを、冷静な目をして見ていた。
「しかし、闇を解放してしまっては、本末転倒だ。」
そうなんだよ。
「なあ?じゃあ、もう、勇者は、永遠に闇に捕らわれたまま、なのか?」
そう、なる、かな…
誰も、何も、言わない。
そうだ、って、分かってても、はっきり言えないんだ。
そうしたら、ルクスは、被せるように言った。
「なあ、本当に、それでいいのかな?」
え?
ルクスは、いったいなにを、言い出すつもり、なんだ?
「いやだけど、勇者は闇、なんだもの。
闇、そのもの、なんだよ?
本人を本人から救う、なんて…」
僕はさっきと同じことを繰り返していた。
ルクスはそんな僕をじっと見た。
「勇者を、その闇から、解放する方法が、たったひとつだけ、ある。」
ええっ?
いや、まさか、それって…
いや、まさか、だよ?
「勇者を、闇ごと、滅ぼしてやるんだ。」
ルクスは、そのまさか、を具体的に口にした。
そんなの。そんなこと。
できないよ。勇者と戦うなんて。
いや、そりゃ、勇者は、もう千年、そんな状態で苦しんでるんだし、もしかしたら、それは勇者にとってもいいことなのかもしれないけど。
いやでも、だけど、だよ?
「そいつは、君がまったく歯が立たなかった守護竜が、森全体の力も借りて、ようやくなんとか封印したようなやつだ。
いや、正確には、封印しきれていない。
ちらちらと、影響は漏れ出て、それまた、村の守護霊たちが、必死になって封じ込めてきた。
そのくらい、強い。」
アルテミシアは、淡々とした口調で、確認するように言った。
ルクスは、へへっ、と笑った。
あ、ルクスのこの笑い方は、なんかヤバい、って思った。
「あんときは、俺、ひとりだった。
けど、次は、お前も、ブブも、こいつも、いる。」
ルクスは僕らひとりひとりの顔を見回して言った。
え?え?え?
まさか?
まさか、だよ?
ねえ、まさか、だよね?
「待ってるやつらには、勇者と戦うなんてことは、永久にできっこない。
だけど、森の結界だって、永久にはもたない。
今、やらないと、本当にこれは、まずいことになるかもしれない。」
ルクスの瞳が真剣みを帯びる。
確かに。それは、そうだ。
要の守も、だんだん力を失ってるって言ってた。
アルテミシアがため息を吐いた。深いため息だった。
ねえ、そのため息は、なに?
というか、そのため息ひとつだけ?
反論は?
って、さっき、したのか。
いや、でも、あれだけ?
それで、いいの?
いやでも、あれ以上、何を言ったらいいのか?
確かに、言わないといけないことは、アルテミシアはちゃんと全部言った、のか?
だけど、僕らだって、戦いたくなんか、ないよね?
怖いし。強いし。
それに、相手は、いにしえの勇者なんだよ?
世界を救った、勇者、なんだよ?
「分かった。」
アルテミシアは短く答えた。
ええっ?
分かっちゃうの?
いいの?本当に、いいの?
「ブブも、わかった~!」
ブブは元気よく右手をあげる。
いや、だから、今その、いいお返事、は、いらない、って。
「お前も。いいよな?」
ルクスは、僕を見て、にやっと笑う。
みんなの視線が、僕に集まる。
いやこれで、首、振れない、よね?
「…分かったよ…」
そう言うしかなかった。




