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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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驚いた拍子にからだを少し持ち上げたら、そのまま力が抜けて、ずるずると崩れそうになった。

その僕を、ヘルバは、しっかりと支えてくれた。


僕は、ヘルバの顔をじっと見た。


「ヘルバ?」


嬉しい。


嬉しい。


嬉しい。


それしか、出てこない。


「ヘルバ?」


抱きしめたいけれど、腕を持ち上げる力がない。

僕は、精一杯、ヘルバの目を見つめて、笑いかけた。


ヘルバは僕を抱き上げるようにして、そっと、額に額をくっつけた。

ふわり、とあたたかなものが流れ込んでくるのを感じて、僕は自分の足で立てるだけの力を取り戻した。

昔、ヘルバにかけてもらった、治癒術を思い出した。


立てるようになると、ヘルバは僕のからだをそっと離した。

僕は、もう一度、ヘルバの顔をじっと見つめた。


ヘルバだ。

ヘルバだ!

ヘルバだ!!


間違いなく、ヘルバだった。


「ヘルバを、ご存知なのですね?」


ヘルバは僕にそう言った。


………。


え?


「ヘルバ???」


「わたくしの半身を愛してくれて、有難うございます。」


?????


「はん、しん?」


「ヘルバはわたくしの半身。

 魂を分け合った、大切な片割れ。

 わたくしは人ではありませんゆえ。

 半身の姿を借りて、御前に立っております。」



「もしかして、あなたは、ヘルバの、絆の木?」


そうだ!

絆の木。

どこかで聞いた気がしたんだ。

なんだ。

そうじゃないか。


ヘルバの絆の木。

大精霊の宿る、この世界を守護する木。


僕ら森の民には、生まれたときに、同時に生まれた絆の木がある。

その木は、この世界のどこかに必ずあるって言うけど。

一生の間に、その木を見つけられることは、滅多にないんだ。


だけど。


そうだ。

絆の木を見つけた人が、いたじゃないか。


ヘルバ。

遠い石の街に棲んでいて、ピサンリに奇妙な森の民の言葉を教えて、エエルの研究をしていた不思議な人。

アマンへ渡り、大精霊を召喚して、この世界を救った人だ。


「ヘルバは、絆の木の若枝を取って、この地に植えました。

 結界の要とするために。

 それが、わたくしです。

 わたくしは、それ以来、ここで結界の要の守をしております。」


そうか。

目の前にいるこの、ヘルバにそっくりな人、は、ヘルバの絆の木を挿し木した木なんだ。


ヘルバの絆の木は、アニマの木だった。

じゃあ、この木も…?


「あなたも、アニマの木、なの?」


「いいえ。

 わたくしの根は、アマンへは届かなかった。

 わたくしは、アニマの木ではありません。」


ヘルバ…じゃなくて、要の守は、静かに首を振った。


「闇は手強く、わたくしは、その闇の影響を抑えるために、力を尽くしてきました。

 しかし、そのために、わたくしは、木として成長する力のほとんどを、そちらへ注いでしまいました。」


石の街のヘルバの木は、とてもとても大きい。

中に棲めるくらいに。

挿し木なら、同じくらい大きくなっててもおかしくはない。

けれど、そうならなかったのは、闇に力を奪われ続けたからか。

背だけ大きくなった結界の要の木を、僕はもう一度、見上げた。


「長い間、ずっとひとりで、頑張ってたんだ。」


けれど、要の守は、静かに首を振った。


「ひとりではありません。

 森の木々も、わたくしに力を貸し、結界の維持に務めてくれました。

 この森はヘルバの生まれ故郷なのです。

 しかし、これだけの力をもってしても、あの闇を完全に抑え込むことは、難しい使命でした。」


そうだ。

だから、あの村のご先祖様たちも協力して、闇の力が大きくならないようにしているんだ。


「世界のエエルの枯渇のときは、この森の木々も、多く枯れてしまいました。

 わたくしの力も、もういくばくも残っておりません。

 ヘルバとの約束を果たすために、力は尽くしてまいりましたけれど。

 闇は、わたくしの力を吸い尽くし、じきに、わたくしを枯らすでしょう。」


今、世界にエエルは溢れてきているけれど。

ご先祖様たちは、闇の力を大きくしないために、この辺りのエエル量を調節している。

けれど、それは、森にとっては、滅びのダメージから回復できない、ってことにもなってしまう。

だからって、ここに大量のエエルを送っても。

森が回復する以上に、闇がもっと大きな力を持ってしまうんだろう。


「なんとかならないの?

 僕でよければ、あなたの力になりたい。」


僕は要の守の腕を掴んだ。


要の守は、微かに微笑んで、もう一度首を振った。


「わたくしには、もはや、自ら姿を象る力もありません。

 さきほどは、あなたのお力を借りて、ようやく、今こうして、話しをするために、姿を現すことができました。

 しかし、これも、そう長くは保たないでしょう。」


その言葉に合わせたみたいに、ちり、っと、要の守の姿が揺れた。

要の守は、僕を急かすように言った。


「わたくしに、なにか尋ねたいことがおありなのでしょう?

 さあ、早く、お話しください。」


僕は慌てて、質問した。


「いにしえの勇者が、どうなったのか、知りたいんだ。」


「勇者は闇に捕らわれてしまいました。」


要の守は、ご先祖様たちと同じことを言った。

それは、知ってる。


「そこからなんとかして助け出すことはできないかな?」


ここにいたご先祖様たちも、取り戻せたんだから。


けれど、要の守は静かに首を振った。


「勇者を元に戻すことは、もはや叶いません。」


僕は食い下がった。


「あの。

 ご先祖様たちは、ステルステントの中に入ったら、元に戻ったんだけど?」


けれど、要の守は、頑なに首を振った。


「彼らは、闇に捕まってしまっていただけ。

 けれど、いにしえの勇者は、勇者自身が、闇になってしまったのです。」


え?


勇者自身が?

闇になった?


「どうして?」


そんなまさか。

世界を救った勇者だよ?

みんなから、あんなに慕われた勇者だよ?

子孫たちまで、村作ってまで、その帰りを待ってる勇者だよ?


一番、闇、なんてものからは、縁遠いところにいそうな人じゃないか。


要の守は静かに首を振り続けた。


「闇は、勇者自身なのですから、そこから勇者を取り戻すことは、不可能なのです。」


なんてことだ。

どうにかならないの?

いろいろ聞きたいけれど、また、ちり、っと要の守の姿が揺れた。


時間がない。


僕は、先に、もうひとつ、どうしても聞かなくちゃいけなかったことを尋ねた。


「ここで、大事な人の形見の剣を失くした、って人がいるんだ。

 その剣を探しているんだけど。」


ルクスがご初代様に頼まれた探し物だった。

せめて、それだけでも、なんとかしなくちゃ。


すると、要の守は、小さく頷いた。


「その剣なら、ここに。」


結界の守の指差す先、要の木の足元に、その剣は突き刺さっていた。











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