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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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一歩踏み出した途端、とてつもない重量が、両肩に圧し掛かったように感じた。

重圧に圧し潰されそうになって、僕は、よろよろと、数歩、よろめいた。


仲間たちは、姿どころか、気配も感じられない。

この昏い森に、たったひとり取り残されて、途端に、心細くて泣きたくなる。


からだも、心も、僕は、ルクスみたいに、強くない。


とっとと、逃げ帰りたい。


もし、今ここで、泣き叫べば、テントの中に連れ戻してくれるかな?

もう諦めて、泣いてしまおうか。


恐ろしい怪物になんか、会いたくないし。

問答無用で、ぺろっといかれたら、仲間たちも、助ける暇なんかないかもしれない。


いや、本当に、仲間たちは、助けてくれる、かな?

もしかしたら、もう、いなくなっちゃってるかもしれない?

そうしたって、僕には分からないんだし…


って!

んなわけあるかっ!!


僕は顔を上げて、ひとつ深呼吸をした。


仲間すら、疑ってしまうなんて。

これこそが、闇の仕業だ。


僕は、からだも心も、そんなに強くなくて、闇は、つけ入り放題なんだろうけど。

これだけは、言える。

僕の仲間たちは、僕より、からだも心も強い仲間たちは、僕のことを、決して見捨てたりしない。

それだけは、間違いないんだから。


なんとか、一歩、足を前に出す。

大きく前に踏み出したら、勢いに乗って、もう一歩。そして、また一歩。


すぐ近くで、僕のほうへ手を差し伸べて、身構えながらついてくる、仲間たちを思い浮かべた。

うん。大丈夫。


目印の木は、やっぱり、ひょーんと立っていた。

そっと、手を触れて、意識を集中する。


ここの森の木は歌を歌わない。

ただ、低く唸るだけ。


唸り声を聞いていると、昏い地の底に引きずり込まれそうな感覚を覚える。

重く、苦しく、切なくて、悲しい。


本来なら、木は歌いたいはずなんだ。

けど、歌うことを禁じられている。

強い、封印によって。


この森は、耐えているんだ。

千年の時を。

それほどまでに、闇は恐ろしいものだ。

封じないといけないものだ。

森は、それも分かっていて。

結界を維持し続けている。


木の肌に手を触れていると、木の思いが伝わってくる。

やっぱり、この木は、どこか懐かしい。

旧い馴染みに久しぶりに会った感じがする。

もしかしたら、どこかで出会った木の親戚か何かかもしれない。


結界の要の守よ。

守護の竜よ。

あなたに、会えますか?


心の中で、ゆっくりと語りかける。

正式な作法は分からないけれど。

精一杯の礼を尽くして、喚びかける。


すると、突然、指先から、するするする、と力が抜き取られていくような感覚があった。

これは、竜が、僕の中のエエルを抜き取っているのか?


少しだけ、ほんの少しだけ、本能的な恐怖を感じた。

すると、いきなり、エエルを抜き取られる感覚が止まった。


そして、辺りには静寂だけが残った。


そうか。

喚びかけに応えるために、エエルが、必要なんだ。


僕は、木を抱きしめて、もう一度喚びかけた。

僕のエエルでよければ、どうぞ使ってください。

両手を広げ、胸を押し当てて、木の幹に耳をつける。


するとまた、さっきのエエルを抜き取られる感覚が戻ってきた。

最初は、恐る恐る。

それから、少し大胆になって。


僕の全身から、エエルがものすごい勢いで木に吸い取られていく。

まるで、堰を切った流れのように。

僕から木へと、力が流れ込んでいく。


あ。

…ちょっと、これは、…

まずい、かも?


くらっとして、立っているのが難しくなって、そのまま、ずるずると崩れ落ちそうになった。

足にも手にも力が入らない。


助けを、呼ぶ、べきか?

けど、もう少し、もう、少し…


木にもたれかかり、気を失いそうになりながら、じっと耐える。

ルクスたちに今の僕は、どう見えているだろうと、ちょっと考えた。


意識を保っているのか、それとも、気を失っているのか。

自分にも分からない。

そんな、夢うつつの世界に、ぼんやりと、なにかの影が写った。


竜?


…には、見えない。


例えるなら、ばらばらに崩れた竜の像を修復したけれど、たくさんの欠片が失われてしまっていて、もう、何の姿か分からなくなってしまった、みたいな感じ。


そうか。

ルクスの見たのは、この姿だったんだ。

僕は竜だって分かってるから、竜に見えるけど。

確かに、竜だと知らなければ、得体の知れない怪物にしか見えない、かもしれない。


僕は、襲われるのかな。

けど、逃げるどころか、手をあげることも、声を出す力も、もう残っていない。


竜?は長い首を曲げて、僕の顔を覗き込んでいた。

僕は、竜のからだに腕を回して、しっかりと抱きついている状況だった。


目印の木は、木そのものが、竜だったんだ。


いや、しかし、この状況、どうしましょうね?

逃げるとか、それ以前に、僕、このまましがみついてないと、倒れそうなんだけど。


竜は、僕の耳のあたりで、ふんふん、と鼻を鳴らしている。

匂いをかいでるのかな?

美味しそうかな、とか思ってたら、どうしよう?


あのう。もしもし?

ごめん。ちょっと、待って?


え、と。その…


竜の姿は、少しずつ、少しずつ、失った欠片を取り戻すように、完璧になっていく。


美しい、竜だった。

いや、竜ってのは、みんな美しいものだ。

美しくて、賢くて、強い。


僕は、うっとりと、竜を見上げた。


あ。

あれ?

なんか、目が、かすんで…


目の前の竜の姿は、ゆらゆらと揺れていた。

これは、いよいよ、ヤバいか?

そう思っても、もうどうしようもなくて、ただ、ぼんやり見ていたら。

ゆっくりと、揺れていた像は、はっきりした形を取った。


あ、れ?


「ヘルバ?」


それは、よく知った、懐かしい人の姿だった。






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