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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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アルテミシアのお料理は、みんなにとても喜んでもらえた。

村中におすそ分けに行っていたから、少し遅くなってしまったけど、食卓には、まだ、僕らがお腹いっぱい食べても余るくらいのご馳走が並んでいた。


「さてと。食うか。」


ルクスは、ふん、と気合を入れて、席に着く。

ブブもそっくりその真似をして、自分の席に着く。

あれやると、なんだか、元気、出そう。

僕も真似して、気合を入れてから、席に着いた。


アルテミシアは、そんな僕らを見て、苦笑していた。


「いっただっきまーす。」


いつの間にか、お腹、ぺこぺこになっていた。

帰ってくる途中は、食欲なんて、もう一生わきそうになかったのに、不思議なものだ。


お料理はとても美味しかった。

アルテミシアの味は、昔からよくなじんだ懐かしい味もあるし、森を出てから知ったいろんな味もある。

旅の途中、知り合った人たちに、新しい食材を教えてもらったり、知らない味付けを習ったりした。

まるで、ここに並ぶお料理は、僕らの旅の軌跡みたいだ。


「しっかり、味わって食えよ。

 下手すりゃ、これは、最後の晩餐だからな。」


「さいごの、ばんさん?」


なんだか不吉な響きに、僕はちょっと身構える。


「おう。

 明日は、あの怪物に、会いに行くぞ。」


ルクスはまた、とんでもないことを言いだした。


「怪物、って、ルクスが襲われたっていう?」


戦ったけど、まったく相手にならなかった、っていうあれだ。


「おう。

 あいつは、あの目印の木に宿ってる竜なんだろ?」


「だけど、竜なら、ルクスにも分かるよね?

 でも、ルクスは、竜には見えなかったんでしょう?」


怪物、って言ったもんね?


「おう。見えなかった。」


くっきりきっぱり、ルクスは言い切った。


「…じゃあ…」


会いに行っても、襲われるだけなんじゃ…?


「あんときは、俺もどうかしてたからな。

 自分の格好もおかしかったし。

 そのせいで、竜も竜に見えなかったかもしれない。」


確かに。

ルクスはいつの間にか、ずいぶん前の、蜂起したころの姿をしていた、って言ってたっけ。


「だけど…、襲われた、んだよね?」


その怪物は、なんか、ぼーっと立ってた、とか、話しかけてきた、とかじゃなく、襲った、んだ。


「おう。

 強かった。

 まったく、歯が立たなかった。」


「それってさ、もし、姿は見間違いだったとしても、行動は、勘違いではないと思うんだ。」


襲われた、のは事実だ。


「もしかしたら、その怪物は、竜ではないかもしれない。

 竜は、怪物にやられてしまったのかも…」


「竜に勝てる怪物なんて、この世界にいるのか?」


「確かに、竜はとても強いよ?

 僕らの知っている限りじゃ、最強だと思う。

 だけど、世界は変わっているんだもの。

 竜に勝てる怪物も、出現したって、おかしくはない。」


「そんなのいたら、もうとっくに、知れ渡ってるだろ?

 誰も知らないってことは、いないんじゃねえか?」


「それは、分からないけど…」


分からないことは、黙るしかない。


「だけど、やつは、俺に、とどめをささなかった。」


それは、僕も思った。

つまり、怪物は、ルクスをそれ以上行かせないために、襲ったんじゃないか、って。

力ずくで引き留めてくれたんじゃないか、って。


だけどさ。

それって、やっぱり、保証はないわけで。

単に、動かないルクスにもう興味がなかったから、放置しただけかもしれないし。

そこは、分からないんだよね。

それに、引き留めるなら、もうちょっと声をかけるとか、平和的方法もあるわけだし。

そもそも、声をかけなかった時点で、やっぱりそれは、危ないんじゃ…


「あそこにいた竜は、ご先祖様たちを、助けたんだろ?」


「確かに、あの場所に竜はいたし。

 その竜は、ずっと、あの結界の要を護ってた。

 ご先祖様たちも、その竜には会ってたし。

 竜の助言で、あの場所にいた。」


「なら、何か知ってるなら、やっぱ、その竜だろ?」


ルクスはものすごく乗り気になってるけど。

僕はやっぱり、不安だった。


「だけどさ。

 もし、その怪物は竜だったとしてもさ。

 その竜だって、ずっと長い間、闇にさらされ続けてたんだ。

 もしかしたら、おかしくなってるかもしれない…」


「あの辺にいたご先祖さんたちも、そうだったんだろ?

 けど、ステルステントの力で、元に戻ったんだろ?」


…そっか。

そうだった。


「なら、竜も、おかしくなってたとしても、元に戻ってっかもよ?」


「確かに。」


ルクスの言うことにも一理ある。


「まあ、けどさ、そういうのと話すのは、やっぱ、お前の出番だろ?

 今まで、俺はさ、お前のことは守らなくちゃ、って、危ないところからはなるべく遠ざけておこう、って無意識に思ってたけど。

 お前は、それは望んじゃいないんだろ?

 だったらさ、一緒に行こうじゃねえか。」


ルクスは僕を見て、にかっと笑った。


「大丈夫。

 喰われるときは、お前より先に俺が喰われてやる。」


誰も喰われない、という選択肢は、ないの…?


「というのは、冗談としてさ。

 お前のことは、ちゃんと守るから、竜に話しをしてもらえないか。」


ルクスはちょっと真面目に言った。

ずっと黙っていたアルテミシアも、話しに加わった。


「結界の要を護る守護の竜は、それ以上奥に人が入り込まないように、護っているはずだ。

 しかし、ステルステントに入って傍を通過しても、何も現れなかった。

 おそらくは、あちらから、あたしたちの存在を認識できなかったんだろう。」


瘴気も、闇も、結界も、ステルステントに入ってしまえば、影響はなくなる。

あれは、そういうすごい装置だ。

だけど、すご過ぎて、話しを聞きたい相手に気付いてもらえない、のは、玉に瑕だ。


「あの目印の木のところで、いったん、ステルステントを解除する。

 けど、無理やり通ろうとしたら、きっとまたあの、怪物に襲われるだろう。

 その前に、怪物に、俺たちに話しを聞かせてくれ、と言いたいんだ。」


「もしも、怪物が襲い掛かってきたなら、即座に、ステルステントを再発動する。

 ただ、怪物の存在を感知して、声をかける、というのを、君にやってもらいたい。」


ふたりとも、すごくそれに乗り気なようだ。

それに、他に手はもう、何もない。


その怪物が竜なのかどうかは分からない。

竜が正気を取り戻しているかどうかも分からない。

だけど、竜に話を聞けるなら、是非にもそうしたい。


ただ、どうやって、話しかけるか…


守護聖獣というものは、話しかけるのに、特別な作法とか、そういうのがあったはずだ。

なにか、複雑な手順の必要なものだった気がする。

族長なら、それも知っているんだろうけど。

僕は、それを知らなかった。


まあ、でも、前に、水竜と話したときには、特別なことはなにもしなかったけど、なんとなく、いけたもんな。


やって、みるか。


そんなことをぼんやり考えていたら、黙ってたのをルクスは誤解したらしい。


「ぃゃ…すまない、無理言った。

 そりゃあ、恐ろしいし、無謀だよな。

 分かった。もういい。この話は忘れてくれ。」


「え?」


何を言うの?って思ってたら、僕の隣のブブが元気よく手をあげた。


「ブブ、やる!

 ブブ、りゅう、はなす!

 あるじさま、あぶない。

 ブブ、やる。」


「大丈夫だよ、ブブ。」


僕は、ブブを抱えて膝にだっこした。

ブブは軽いから、僕にもひょいっと抱えられる。

やわらかく抱きしめたら、ふわっと甘い香りい包まれる。

う。これ、癖になりそう。


「…僕のこと、心配してくれてるんだね?有難う。

 でも、大丈夫。」


僕はルクスとアルテミシアを見た。


「もちろん、やるよ?

 やりたくないから、黙ってたんじゃない。」


むしろ、うまくやれる方法を考えていたんだ。

だって、誰も、喰われる、事態は避けたいじゃないか。


「きっと、大丈夫だ。

 竜は俺にとどめをささなかった。」


「ステルステントはすぐに発動できるようにする。」


ルクスとアルテミシアは、同時に言った。


「お前のことは、俺が守る。」

「君のことは、あたしが守る。」


やだなあ、もう、ふたりして。


「分かった。大丈夫。

 僕も、自分にできることを、精一杯やるよ。」


僕は、ふたりに笑ってみせた。



 



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