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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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泣いたのを、仲間たちに知られたくない。

少しその辺で、ぶらぶらしてから帰るかな。

そんなことを考えながら、歩いていたら、ちょうどむこうから、ブブが飛んできた。


「あるじさま~~~。」


ぴっかぴかのにっこにこで、一直線にこっちへむかってくる。


なんだって、君は、いつもそう上機嫌なんだろうね?


なんだかちょっと、ブブが恨めしくなった。


「あるじさま~~~!!」


ブブは、その勢いのまま、僕の胸に飛び込んできた。

ぼふっと軽い衝撃があって、やわらかさと甘い匂いが、僕の感覚を包み込む。

それが、まるで、僕の痛いところを埋めていくみたいだ。


僕は、軽くブブを抱きしめてから、そっと、ひきはがして顔の高さに持ち上げた。


「どうしたの?」


僕が何か言う前に、そう言ったのは、ブブだった。


「あるじさま。

 かなしい、かお、してる。」


そう言いながら、ブブはみるみる顔をゆがめていった。

まずい。

これは、何か言わなくちゃ。


「ぃ、ぃやだなあ!そんなこと、ないよ?」


必死にごまかそうとしたけど。

ブブは、ぽろぽろと涙を零し始めた。


「あるじさま、かなしい。

 ブブ、かなしい。」


うー、そんなこと、付き合わなくてもいい、って。


さっきまでの、にっこにこは、どうしたの?

いったいどこへ、落っことしてきた、ってくらいに、今のブブは大泣きだった。


「あー、ごめんごめん。

 大丈夫。僕は、大丈夫だから、ブブ。」


僕は、あわてて、ブブを慰めた。

おかしいなあ。

さっきまで、あんなに悲しかったのに。

今は、ブブを泣かせたくなくて、必死に言葉を探していた。


「いやさあ、ちょっと自分の不甲斐なさに、情けなくなっていた、っていうか。

 だからって、泣いてても、なんも解決しないんだけどさ。

 いや、そうだよね?

 落ち込む暇があったら、なんか方法を考えろ、ってことだよね?

 まったくさあ。」


「あるじさま、うんとうんと、がんばってる。」


ブブはそう強く主張すると、僕の頭に手を伸ばして、よしよし、って撫でてくれた。


うーーー。

こんな小さい子に慰められるなんて…

いや、ブブは、小さい子じゃないけど…


そうだよ。ブブは、子どもじゃない。うんとうんと、頼りになる仲間だ。


僕は、ブブをぎゅっと抱きしめて、思いっきりその甘い匂いを吸い込んだ。

ふわりとまた、心がちょっと軽くなった。


「ねえ、ちょっと、しばらく、こうしてても、いい?」

「いいよ。」


ブブの返事は、僕の胸の中に、くぐもって聞こえた。

もしかしたら、ちょっと苦しいかな、って、思ったけど。

僕は、ブブを離せなかった。


「…ブブ、苦しくない?」

「くるしく、ないよ。」

「苦しかったら、言ってね?」

「くるしく、ないよ。」


そう言ってくれるんなら、有難く、もうちょっと、こうさせてもらおう。

苦しくないように気を付けながら、きゅって抱きしめたら、またちょっと、心の中にふわりとぬくもりを感じた。

このあったかさ、なんか、幸せだ。


「あるじさま、しあわせ。

 ブブ、しあわせ。」


そっか。

ブブって、僕と、心の一部が繋がっちゃってるんだっけ。

だから、僕が悲しいと、ブブも悲しい。

もし、ブブを悲しませたくないなら、僕も、悲しんでちゃダメなんだ。


「さてと。帰るか。」


ちょっと落ち着いたところで、ブブを離した。

ブブは、僕と視線の合うくらいの高さで、僕の隣を飛び始めた。


「ねえ、ブブ。

 さっきのは、みんなには、内緒ね?」


「わかった。ないしょ。」


ブブは、はーい、と片手を上げる。

本当に分かってるのかな、とちらっと思った。


家の近くに来たら、とてつもなくいい匂いが漂っていた。

これは、あれだ。

アルテミシアの木の実のパイ。


「うわ。

 今日はご馳走だ。」


あれ?誰かの誕生日?か、もしかして、なにかの記念日?

いや、違うか…


首を捻りながら戸を開けたら、いきなり、いい匂いに全身を包み込まれて、くらくらした。

う、わ。

なに、これ。

やっぱり、今日って、なにか、特別な日だっけ?


「やあ、おかえり。

 早く手を洗いな。」


厨房からおたまを持ったままのアルテミシアが、僕に声をかける。


「おう!遅かったな。

 ブブが迎えに行ったんだぞ?」


ルクスもこっちを覗いて言った。


テーブルに並んだご馳走に、僕は目を見張った。

やっぱり、今日って、何か、あったっけ…?


必死に考えてたら、ルクスがくくくっと笑うのが聞こえた。


「いいんだ。何もなくても。

 今日は、たんと食え。」


「そうだ。たくさん作ったからな。

 保存容器もないし、食べてくれないと困る。」


アルテミシアは、大きな鍋を運んできて、スープをとりわけ始めた。

おいしい匂いのする湯気が、部屋に充満していく。

なんだって、ここは、こんなにほっかほかの場所なんだ。


「よかった、あるじさま。

 これで、げんき、なる。」


ブブは嬉しそうに僕を見て言った。


アルテミシアは、それを聞きとがめて、軽く尋ねた。


「どうした?元気なかったのか?」


ブブは深刻そうな顔をしてアルテミシアに言った。


「そうなの。

 あるじさま、わーん、て、ないたの。」


「わっ、ちょっ!」


それは、言わない、って、さっき約束したじゃないか!


慌てて、ブブの口を抑えたけど、もちろん、アルテミシアにもルクスにも、聞かれてしまっていた。


「…心配するな。

 ルクスもさっきまで、グチグチ、言い続けていた。」


アルテミシアは、淡々と言った。


「え?そうなの?」


思わず振り返ったら、ルクスはちょっと赤くなって、目を逸らせた。


「だって、悔しい、だろ?」


そっか。ルクスも僕と同じ気持ちだったんだ。


「アルテミシアこそ。

 こんなに料理作りまくってんのは、怒ってるからじゃないか。」


ルクスは、お返しとばかりにそう言った。

そっか。

確かに、アルテミシアには、そういう癖、あったっけ。


アルテミシアは、ふん、と鼻を鳴らしてから、にやっと笑って顔を上げた。


「なかなか、建設的な怒り方だと、思わないか?

 君たちは、美味しいものをお腹いっぱい食べられるんだから、いいだろう?」


確かに。

僕らには恩恵しかない。


「…ごめんね?アルテミシア。」


「何を謝る?

 いや、謝るより、これ、全部、食べて。」


…しかし、すごい量だな。


「…手をつける前にさ。村の人たちに、おすそわけ、しない?」


アルテミシアの料理なら、きっと喜んでもらえるしさ。


ルクスと僕は、目で合図すると、家中から食器をかき集めて、料理を取り分けていった。






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