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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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おかしい!

いったい、どういうこと?


帰る道々、僕は、何度もそう呟いた。

いや、そこそこ大きな声で、ひとり言を言ってた。

仲間たちに、心配そうな目で見られていた。


勇者は、いったい、どこに行ったの?

いや、それより、恐ろしい穴、ってのは、いったいどこにあるの?


「ステルステント、外してみっか?」


ぼそっと、ルクスが言ったら、アルテミシアにものすごい目をして睨まれていた。


「それだけは、ダメだ。絶対。」


あのアルテミシアに逆らえる人なんか、いない。

ルクスも、しゅんとして、はい、って答えてた。


だけど、もう、それ以外に、理由は考えられないよね?


ステルステントがあると、結界の影響は受けないけど、穴も、勇者も、見つけられない。


だけどさ。

そもそも、穴、なんて、どこにもなかったんだ。

森の隅から隅まで、歩き通したんだから。

それは、間違いない。

どこにも、穴なんて、あいてなかった。


勇者は…


「もしかしてさ。

 勇者は、僕らに、見つけられたくない、のかな?」


本人、歩き回れるとしたら。

ずっと、僕らに見つからないように、隠れてたとしたら。


見つけられなくても、仕方ない、かもしれない。


「みんな、あんなに、勇者の帰りを待ってるのになあ。」


僕は、昨夜や今朝のご先祖様たちの様子を思い出した。

みんな、心から、勇者の帰還を願ってる。


「おお~い、勇者!出てこいやあ!!!」


ルクスは、大声で呼んだ。

そんなことしても、出てくるとは思えなかったけど。

そうでもせずにはいられないくらい、勇者は、影も形もなかった。


「もしかしたら、その勇者は、とっくの昔に、もうこの森から、去っているのではないか?」


アルテミシアに言われて、全員、はっとした顔になった。


「いや、まさか。」

「だけど、それじゃあ、待ってたみんなが、なんか、気の毒だ。」


探しに行って闇に捕らわれた人たちも。

その人たちを待って、村を作った人たちも。

先祖代々、その村にいて、森を守っていた人たちも。

みんな、勇者のために、そうしたのに。


「いや、そんなはずはないよ。

 だって、勇者だよ?」


力一杯主張したら、みんな、ちょっと笑った。


「…勇者も、中身はただの人だしなあ。」


「君が言うと、実感こもってるな。」


ルクスとアルテミシアはそんなこと言ったけど。

やっぱり、僕は、勇者は、ひとり、どこかに行ったりはしない、って思った。


村に戻ってから、僕は、アニマの木のところへ、ひとり、謝りに行った。

あんなに、盛大に送り出してもらったのに。

結局、なんにも、できなかった。


僕を見つけて、ご先祖様たちは、一斉に集合してきた。

期待に満ちた眼差しが集中して、僕は、なかなか言い出せなかった。


だけど、このままずっと、黙ってるわけにもいかない。

時間が経てば経つほど、みんなの期待の視線も、重くなるんだから。


僕は、ひとつ大きく息を吸うと、思い切って言った。


「…ごめん。

 一日中、探したんだけど、勇者は見つけられなかった。」


僕がそう報告すると、がっかりしたため息が、辺りに一斉に満ちた。

う。

だよね?

…本当、ごめんなさい。

僕は泣きそうになった。


そこへ、どこからか、大きな声で誰かが言った。


「そりゃあ、そうじゃろ。

 この人数で、千年探して見つからんものを。

 いかな賢者様といえども、たった一日で見つかるはずがない。」


すると、それもそうだ、と、ひそひそ話す声が、辺りに満ち始めた。

僕は、泣きそうだった顔を上げて、みんなを見た。


すると、闇に捕らわれていたご先祖様たちの代表の人が、僕の前に出て来て言った。


「賢者様。

 どうか、勇者のことは、もう、お忘れください。

 わたしたち、あれからよく話し合いました。

 賢者様は、わたしたちを、助けてくださった。

 この上、勇者まで助けてくれとは、虫が良すぎる。

 勇者のことは、わたしたちが、これからも探し続けましょう。

 けれど、賢者様には、まだ、他に、なすべきことも、おありでしょう?」


思わず、うっ、と息を呑んだ。

そうしたら、涙が、どばっと、あふれてきた。


ご先祖様は、そんな僕の肩に手を置くようにして、慰めるように言った。


「賢者様。賢者様。お優しい、賢者様。

 どうか、泣かないでください。

 賢者様は、もう十分に、してくださったのです。」


う。ぅぅぅぅぅ…


歯を食いしばっても、声が漏れてしまう。

泣きたくないのに、涙は止まらない。


悔しいんだ。

僕は、多分。

すごく、悔しいんだ。


何もできない自分が。


賢者様、とか呼ばれて、全然、賢くないのに、その呼び方、本当に、やめてほしい。


僕は、なにもできない、弱虫の愚図。臆病で、弱くて、何の役にも立たない…


みんなを助けたのは僕じゃないし。

いや、ルクスだって、そうしようとしてそうしたわけじゃないし。

なんなら、あそこにいろって言ってくれた、大昔の森の民が偉かっただけだし。

それと、それすらも解除するステルステント作った匠が、すごいだけだし。

匠がそういうものを自由に作れるようにしたアルテミシアもすごいけど。

そんな研究のできる研究院は、ルクスが命令して作らせたんだっけ。

そうだ。

アルテミシアが、好きなように魔法を研究できる世界を作るために、ルクスは、王様にまでなったんだ。

なんだ、みんな、本当、すごいじゃないか。


だけど、僕は、その中にいても、なんにも、してない…


慰めてもらうのも、辛い。

いたたまれなくて、僕は逃げるように、そこを後にした。


走って帰りたいのに、走ったらすぐ息が切れる。

ぜいぜいと苦しい胸を、思い切り殴りつけたくなる。

僕の力で殴ったところで、大してダメージも入れられないけど。


払っても、払っても、後から後から、無駄に流れてくる涙に腹が立つ。

なんだって、僕は、こんなに情けない気持ちで、ただ、泣くだけなんだ。


だめだ、こんなんじゃ。

だめだよ…


すごくすごく、そう思うけど。

だからって、どうしたらいいのか、僕には分からなかった。







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