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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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おばあさんたちは、そのまま数日、この地に留まり続けていた。

勇者や勇者を探しに行った人たちの帰りを待っていたんだ。

だけど、待っても待っても、誰も戻ってこなかった。


「とにかく、この森には、なにかある。

 うかつに足を踏み入れてはならん。

 わしらはそう思うた。

 しかし、その、なにか、の正体が分からん。

 それをあぶりだすために、いっそ森に火をかけよう、と言い出す者も現れた。

 いやいや、そんなことをしては、戻っておらん仲間たちを危険にさらすかもしれん。

 そう言う者もおった。

 わしらは、ふたつの意見に分かれて、連日のように言い合いを続けた。

 しかし、とうとうしびれを切らした者らは、松明をかかげて、森へと踏み込んだんじゃ。

 それを止めようとする者らも、慌てて、追いかけた。」


森に、火を、かける。

そんな、恐ろしいこと。

僕は、ふるふると首を振った。


平原の民にとって、森は神聖な場所じゃない。

それは知ってる。

仲間を探すためなら、森なんて、どうなってもいい、って思うのかもしれない。

だけど、やっぱり、それは、だめだよ。


「そのときじゃった。

 わしらの前に、ひとりの森の民が現れた。」


「森の民?」


森の民は、他の種族の人にはあまり関わらない。

それが余計に、森の民を、なんだかちょっと不思議な人たちだと思わせてるのかもしれない。

でも、森を傷つけられるとなっては、そうも言ってられない。

だから、その森の民も、姿を現したんだろう。


「わしは、そのとき、生まれて初めて、本物の森の民をこの目で見た。

 それはそれは、得も言われぬ、感動、じゃった。

 そのお人は、ほっそりと背が高うて。

 こう、さらさら~、っと長い髪をしておって。」


まあ、森の民ってのは、だいたい、そういう容姿をしてるかな。


「そのときまではずっと、森の民、というのは、おとぎ話かと思うとった。

 秘術を使い、森を護る、旧い旧い民。

 他の種族とは交流せず、森の奥深くにひっそりと暮らす人々。

 幼いころに聞かされた伝説が、現実になって目の前に現れて、わしらは半分、腰を抜かしておった。」


そんな、珍獣じゃないんですから、そこまで驚かなくても…

とは思うんだけどさ。

平原で、森の民がどう思われてるかは、旅をしていて、もうさんざん実感してたから。

まあ、しょうがないかな、とは思う。


「でも、確か、あの森に、森の民は棲んでなかった、って…」


さっき、言わなかったっけ?


「そうじゃ。

 そのお方は、今は違うところにおるが、森の危機に急いで戻ったのじゃと言われた。

 なんじゃ、キズナに教えられた、とかなんとか…」


「絆の木?」


「そうそう!キズナノキじゃ!

 元々、そのお方は、この森の生まれで、今は余所におるが、そのキズナノキ、が、故郷の危急を報せたから、急ぎ戻った、とかなんとか…」


絆の木に報された…


「そのお方は、どうか森に火をかけるのはやめてくれ、とおっしゃった。

 しかし、わしらは、仲間を探しておるのじゃ、と訴えた。

 すると、そのお方は、教えてくださったのじゃ。」


おばあさんは、半目になって軽く顎を上げ、背筋をしゃんと伸ばして、ちょっと甲高い声を出した。


「この森には、エエルが無限に落ちる、恐ろしい穴があります。」


なにそれ?

もしかして、森の民の真似?


実際にそんな話し方する森の民なんて、あんまりいないと思うんだけど。

わりと僕ら、平原の民とも、そう変わらない話し方だと思うんだけどね?

まあ、そういう感じ、に思われてるのね?


「あれ?

 でも、その人は、平原の民の言葉で話したの?」


そのころはまだ、ルクスの魔法がなかったから、違う種族同士は言葉は通じなかったはずだ。

すると、おばあさんは、ああ、それが、と思い出したように言った。


「こう、頭の中にの?

 言葉?というか、イメージ、みたいなのがの?

 伝わってくるのじゃ。」


秘術か。

確かに、秘術なら、話すことも可能かもしれない。

だけど、同時に大勢に同じことを伝える秘術なんて。

僕は使える人を見たことはない。

かなり、難しい術なんじゃないかとは思う。


「お仲間は、もしかしたら、その穴に捕らわれてしまったのかもしれません。

 けれど、一度その穴に捕らわれた者は、最早取り戻すことは不可能です。

 それよりも、お仲間を救出しようと、その穴に近付けば、その人も捕らわれてしまうことになります。

 だからもう、これ以上は、森に入ってはなりません。」


おばあさんは、わざわざ、森の民の真似、で続けた。

いや、それ、いらないんだけど。

おばあさんも、そろそろ疲れたのか、いつもの話し方に戻った。


「そのお方はのう、その恐ろしい穴に、人や獣が落ちんようにするために、穴を封じに来たのじゃ、とおっしゃった。

 今から自分はその術を施す、と。」


そっか。

森の民の封じの秘術か。


森には、ときどき、どうしようもなく危険な場所や物がある。

そういうのは、大抵、危ないから気をつけろ、と言われて、みんな気をつけて避けるようにするんだけど。

中には、どうしても避けられないことや、知ってても、何人も怪我をしたりすることもある。

そういう場所や物は、最終的には、強力な封じの術をかけられるんだ。


族長くらいの術師なら、その強力な封じの術は知っている。

滅多にやらないけど、仲間を護るためだから、どうしようもないときには、それを使うんだ。


だけどそれは、森の民以外の者の何かを制限してしまうことにもなるから。

本当に、滅多にやらないし、禁術扱いになってて、だから、族長を継いだ人にだけ、こっそり伝えられる、ような術だ。

ちなみに、うちの郷では、族長は一回も使ってないと思う。


多分、その森の民の使ったのは、そういう術だ。


「そんな術をかけられたら、ますます仲間を探しに行けない、と文句を言う者もおったけどのう。

 そのお方は言うたんじゃ。

 この術は、本当に危険な物を封じるためのもの。

 もしも、そのお仲間が、今もどこかに潜んでおられるのなら、むしろこの術をかけて穴の威力を封じたほうが、無事に戻ってこられる確率はあがる、とな。

 そう言われては、もう、誰も、反対なんぞ、できんかった。

 なにより、わしらも、この森には、とてつもなく不吉な何かがある、と感じておったからのう。」


王も勇者も、彼らを探しに行った人たちも、戻らない。

彼らは、誰より先に、その恐ろしさを分かっていたんだ。


「そのお方はのう、こう、小さな苗木を一本、手に持っておった。」


おばあさんは、両手を合わせて、大事そうに持つ仕草をしてみせた。


「これは、キズナノキからもらってきたワカメじゃと。

 そう言って、こう、地面に、そっと置いた。

 するとじゃ。

 その木は、みるみる地面に根を張り、するすると大きゅうなって、あっという間に、あの目印の木になったんじゃ。」


そうか。

あの目印の木は、封じの要なんだ。


「それから、わしらは、この地で、勇者や仲間の帰りを待つことにした。

 どうしたって、諦めることなど、できんかったからのう。

 家を作り、畑を作り、暮らしを作って、わしらは待ち続けた。

 しかし、待てども待てども、勇者は戻らんかった。

 この最果ての村で生まれた子どもらが大きゅうなって、勇者を探しに森へ入るようになっても、戻らんかった。

 子どもの子ども、そのまた子どもも大きゅうなった。

 なんぼ勇者とはいえ、もう生きてはおられんじゃろうというほどの年月が過ぎた。

 そのころには、はじめに勇者に付き従ってこの地にやってきた者らも、もう誰もおらんようになった。

 しかし、その者らの末裔は今もこの村で、勇者の帰りを待っておるのじゃ。」


それはとてもとても長い時間だったはずだ。

その間ずっと、彼らはここで、仲間の帰りを待っていたんだ。


「なに、あの森に近付きさえしなければ、ここは棲みよい土地じゃ。

 この土地で亡くなった者は、皆、あの丘に葬られておる。

 皆、そこで、勇者と仲間の帰りを待つことにしたんじゃ。

 あるとき、丘に、一本の木が生えてきた。

 わしらは、その木に宿ることにした。

 そうして、帰りを待ちつつ、子孫を見守っておった。

 すると、木はするすると大きゅうなって、いつの間にかたくさんのエエルを出すようになった。

 それが、アニマの木というものじゃとは、わしらも知らんかったけども。

 たくさんのエエルがあれば、村の暮らしがようなるのは分かった。

 しかし、大量のエエルは、穴の力をまた増す、ことも分かった。

 まあ、そんなこんな、いろいろあって、わしらもうずーとずーと、忙しゅう、暮らしておるのよ。」


話し疲れたのか、おばあさんは、その辺でまたこっくりこっくりし始めた。

長い長い時間をそうやってきたご初代様に、僕は敬意を込めて、お辞儀をすると、ゆっくり休めるように、静かにその場所を後にした。







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