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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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おばあさんは、そんな僕の顔を横からじぃぃぃぃっと覗き込んだ。


………。


僕は気付かないフリしようかと思ったんだけど。


「だあああっ!!!

 もうっ!なに?」


無理だった。


おばあさんは、悪戯の成功した猫みたいな顔して、にぃやぁ、っと笑うと、言った。


「まさかとは思うが。

 お前様、勇者を助けに行こう、とか思うとりはせんじゃろうな?」


思ってますけど。


というかね、僕自身は、あんまり行こう、とは思わないんだよ?本当はね?

そんなの僕には無理に決まってるし。

そういうことしたら、きっと、みんなに滅茶苦茶迷惑だけかける。

ええ。自分の実力くらい、自覚してますともさ。


だけどさ。


こんな話ししたら、率先して駆けて行っちゃう人が、うちにはひとり、いるんだよ。

止めたって無駄だもの。

四六時中見張ってたって、きっと、僕のこと引きずってだって、行くんだもの。ルクスは。


じゃあ、話さなきゃいいのに、って、思うよ?自分でもさ。

だけど、話さずにいられるわけない、って、だって、なんかひっかかったまま黙ってたって、絶対、ぜーーーったいに、見抜かれるんだもの。


こちとら、長い付き合いだからね。

多分、もしかしたら、普通の平原の民の一生分くらい。


そして、僕はさ。

そんなルクスのこと、やっぱり、好きなんだ。尊敬、してるんだ。

ルクスってやっぱりそうだよね、って、思っちゃうんだ。


長い長い沈黙の後。

おばあさんは、僕の気持ちを全部、お見通し、みたいな、ため息を吐いた。


「お前様みたいな者を、わしはもう、何人も何人も、見てきたんじゃ。」


勇者を助けに行った者もいた。

だけど、誰も、帰ってこなかった。


おばあさんはさっきそう言った。


そりゃ、そうだろうよ。

おばあさんにとって勇者は憧れの人だった。

この村の人たちは、勇者と共に戦った人たちだった。

仲間が闇に捕らわれたのに、助けに行かないわけがない。


だけど、誰も、成功しなかった。


この村の人たちは、勇者の仲間の末裔なんだ。

ご先祖様たちの残した思いを叶えようと考えた人も、きっと何人もいたはずだ。


だけど、だけど、あの闇に近付けば、もう二度と、戻れない。


目印の木。

あれが目印だと分かっているのは。

その先へ行った人が、戻ってこないからだ。


ぎりぎり、あの木のところから引き返した人だけ、戻ってこられたからだ。


目印の木ってのは、そういうことだ。


彼らの遺してくれた安全を、僕らはまた、わざわざ破ろうとしている。

そりゃあ、どっちが悪いかと言えば、僕らに決まってる。

でもだけど、人を助けたい、って思うルクスの気持ちは、間違ってるわけじゃない。

それは、僕だって、同じことを思う。


だけど、でも、それじゃあ、なにか、方法はないかな。


僕らには、平原の民にはないなにかが、あるかもしれない。

今なら、昔はなかったなにかが、あるかもしれない。


なるべく早く、それを考えないと。

ルクスはたぶん、行ってしまう。

その前に。

その前に…


ルクスはまだ、勇者のことは知らない。

もしそれを知ったら、有無を言わさず飛んで行ってしまうに違いない。

だから、なるべく、それをルクスには教えたくない。

いずれバレてしまうにしても。

なるべく、そこは時間を稼ぎたい。


ルクスが知っているのは、あの場所には、周囲のエエルが落ちていく穴がある、ということだ。

多分、あの闇は、その穴に棲んでいて、近付く人を闇に堕として引きずり込む。

勇者は、そして、多分、勇者を助けに行った人たちも、その闇に捕まったんだ。


エエルを吸い込む穴は、あの森の中央辺りにある。

あの森は、その穴に人や獣を近付けないための強固な護りだ。


それにしても、あの森は、いったいどうやってできたんだろう。

あれほど強力にエエルを吸い取られているのに、どうして崩壊しないんだろう。


「…妙だよね、あの森…

 ねえ、おばあさん、あの辺りは、昔から、あんな森だったの?」


おばあさんは、僕が黙って考えごとをしている間も、居眠りもせずに、じぃっと隣から僕の顔を見ていた。

そして、僕の質問に、答えてくれた。


「あのあたりは、昔から、森じゃった。」


「そこに森の民はいなかったの?」


「森の民はおらんかった。

 少なくとも、わしらがここへ来たときには。」


「ここへ来た?

 おばあさんたちは、どこか余所の土地から、ここへやってきたの?」


「そうじゃ。

 わしらは元々、王都と呼ばれておる街の近くにおった。

 しかし、王がエエルをあまりに無駄遣いするので、世界は崩壊しかかっとった。

 勇者は、世界を救うために、兵を起こし、その王を倒そうとした。

 王は逃げだし、勇者はその王を追って、この地へとやってきた。」


なんか、どこかで聞いたような話しだなあ、とちょっと思った。

いろんなところ、少しずつは違うけど。

歴史は繰り返す、ってことなんだろうか。


「それで?

 その王様を倒したの?」


「…分からぬ。

 勇者は王を追って、あの森に入った。

 しかし、激しい追撃に、仲間の者たちは、誰もついて行けんかった。

 勇者はたったひとりで王を追い…そのまま戻ってこない。」


「王様は?」


「王もまた、戻ってこんかった。」


「もしかしたら、その王様も、勇者も、闇に捕らわれた、とか?」


「分からぬ。」


おばあさんは首を振った。


「勇者を探しに行った者も、多く、戻らんかった。

 王に付き従っていたはずの兵も、いつの間にか、おらんようになった。」


それは、みんな、闇に捕らわれてしまった、のかもしれない。


「それにしても、あの森もさ、その穴にずぅぅぅっとエエルを吸い取られ続けてるわけでしょう?

 なのに、どうして、森は、崩壊しないんだろう?

 なにか特別な術でもかけられているのかな。」


それが、どうしても不思議なんだ。


すると、おばあさんは、ほう、とちょっと感心したみたいな声を出した。


「お気づきになられたか。

 流石、森の民じゃ。」


やっぱり、なにかあるんだ。

僕がじっと見ると、おばあさんは、話しを続けた。






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