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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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あれから、三日、僕は目を覚まさなかったそうだ。

そして、そこからまた数日、僕は寝込んでしまった。


まったく。

情けない、とは思うよ?


ルクスは一晩ぐっすり眠って、翌朝にはけろりと起きたらしい。


なんだろうね。

この差。


目を覚ましたルクスは、寝込んでいる僕を、ずっと看病してくれていた。

それは、僕が目を覚ましてからも続いた。


「今回は、本当に、迷惑をかけた。

 お前のおかげで、俺は命拾いをした。

 お前は俺の命の恩人だ。」


とか言ってさ。

ずっと僕の傍についていて。

起きようとしたら、先に抱えて起こしてくれるし。

何かほしいものはないか?

喉はかわいてないか?腹は減ってないか?

痛いところはないか?苦しいところはないか?かゆいところはないか?

って、四六時中、聞いてくれる。

食事は僕の口元まで運んでくれて。

ベットを下りようものなら、そのまま抱えて、どこにでも運んでくれる、っていう。

徹底したサービスぶりだった。


そこまで、してもらわなくても、いいんだけども。


そりゃね。

確かに、頑張ったさ。


だけどさ。

僕でなけりゃ、ルクスを運ぶのに、あんなに手こずることもなかったかもだし。

なんか、これくらいのことで寝込んでしまう自分に情けない。


後からつらつら思えばさ。

アルテミシアにも、来てもらえや、よかったんだ。

なのに、僕の意地で、連れて行かなかったわけだし。


「…アルテミシアがな、お前のこと、立派になった、って言ってたぞ?

 もうすっかり一人前だ、ってな。」


そんなこと言われた日には、情けない通り越して、泣きたくなるよ。

一人前ってのは、仲間のひとりくらい、背負えるようになってからだと思うんだよね。


ご先祖様たちとおばあさんに励まされてなんとかかんとか、運んだけども。

もうちょっと、からだ、鍛えないとなあ。


目を覚ましてからも、二三日は、僕は一日中、うつらうつらしていた。

けど、三日も寝ていると、そろそろからだも睡眠は足りてきたのか、起きていられるようになった。

そうしたら、ルクスは僕の枕元に来て、話し相手をしてくれた。


「俺はさ、これまで、どこに行くのも、怖い、と思ったことはなかったんだ。

 あの瘴気だらけの王城にさえ、怖いとは思わなかった。

 いつも、まあ、なんとかなるだろう、という気しかしてなかった。

 それが、今回は初めて、もう、どうにもならないくらい、怖い、ものがこの世界にはあるんだ、って。

 思い知った。」


果物の皮をむきながら、ルクスはぽつぽつとそんな話をした。


「恐怖に足が竦んで、身動きすら、できなくなる。

 そういう場所は、本当にあるんだなあ。」


僕の知っているルクスは、怖いモノ知らずだった。

僕なんて、しょっちゅう、足が竦んで動けなくなってるけど。

そんな場合でも、ルクスはいつも、先頭に立って、進んで行った。

僕は、ルクスに手を引っ張られて、アルテミシアに後ろから押されて、なんとか進めるけど。

ルクスは自分自身の足で、いつも、前へ前へと進むんだ。


「あの森は、とにかく、不気味だったよな。

 俺たちにとって、森ってのは、どこの森でも、居心地はいいもんだろ?

 なのに、あんなに冷たく突き放す森は、初めてだった。

 拒絶?っていうのか?

 そうだ、あの森は、全身全霊を込めて、侵入者を拒絶しているんだ。

 俺たち森の民すら、あの森には、招かれざる者なんだ。」


森は、どこの森でも、森であれば、森の民には優しい。

って、僕らは思ってる。

だけど、あの森は、たとえ森の民であっても、全然、優しくなかった。


「結界、があるんだって。」


「エエルの落ちていく穴に、誰かが入り込まないようにするための、だろ?

 それは聞いていた。」


だから、あの森は、冷たくてよそよそしいんだ。

それもこれも、あの森の中にある恐ろしい場所に、人や獣を近付かせないため。

あの冷たさはむしろ、最大限の森の優しさだ。


「あの目印の木は、よく見えていたからさ。

 あそこまでは大丈夫だ、って、ばあさんに言われてたし。

 狩が早く終わって、まだ時間もあったし。

 ちょっと、見に行ってやるか、ってくらいの、軽い気持ちだった。」


うん。だろうね。

そんなに深刻に捕らえてなかったんだろう、とは思う。


「けど、森に足を踏み入れた途端に、なんって言ったらいいのか、こう、足が重くてさ。

 一歩一歩、前に足を出すのが、ものすごく億劫、というか、イヤなんだ。

 今すぐに引き返したくなるのさ。」


引き返したらいいと思うよ、そういうときは。


「いつの間にか、俺は、トゥーレから王都に攻め上ったときの格好をしていた。

 周りには誰もいなくて、俺はひとりきりなんだ。

 からだじゅう傷だらけで、あっちこっちから血を流していて。

 抜き身のまま手に持った剣は、ぼろぼろに刃が毀れていた。

 その剣を杖にして、俺は、とぼとぼと歩いていた。」


「怪我、してたの?」


「いや。現実には、どこにも怪我はしてなかった。

 だけど、そのときは、俺は傷だらけだったし。

 その痛みも、苦しさも覚えている。

 よく、夢は、痛みを感じないって言うだろ?

 だから、これは夢じゃねえ、って、思ってた。

 俺は、戦って、傷を受けて、仲間ともはぐれて、そうしてこんな場所を彷徨っている。

 いつの間にか、俺は、自分の状況を、そんなふうに思い込んでいた。

 穴の様子を確かめに森に入ったんだ、ってことすら、忘れていたんだ。」


森に行ったルクスは、剣は身につけていたけど、鞘に入れて腰に吊るしてあった。

剣は抜かれてなかったし、刃も毀れてはいなかった。

だから、そのときルクスが見たルクスの姿は、幻だったんだと思う。


それも恐ろしい森の魔法なんだろうか。


いや、もしかしたら、違うかもしれない。


あのとき、いにしえの勇者は、闇に取り込まれる、って言ってた。

もしかしたら、ルクスは、そのとき、闇に取り込まれて、いたんじゃないかな。


森の警告を無視して押し切った者は、闇に取り込まれる。

ご先祖様たちに護られて入った僕は、そうなる前に逃げだせたけど。

ルクスには、ご先祖様たちの護りもなかった。


「あの目印の木より先に行ってはいけない、ってことも、そのときは忘れていた。

 俺は傷つきぼろぼろになって、なのに、ただ、ひたすら、前に進まなくちゃって思っていた。

 前に進むことが、俺にとって最善なんだ、って。

 引き返しちゃいけない。とにかく、一歩でも前に進め、って。

 俺は俺に言い聞かせて歩き続けた。

 その俺の前に、突然、恐ろしい怪物が現れたんだ。」


怪物?


あの森には、獣はいない。

木の他には何もいない。

もう何百年もそうだって、ご先祖様は言ってた。


そこに、怪物が、現れた?


「怪物は問答無用で、いきなり俺に襲い掛かってきた。

 そいつは、圧倒的に強かった。

 俺は、剣で応戦したけど。

 相手にもならなかった。

 打ちのめされて力尽き、そこで倒れた。

 このままとどめをさされると思ったけど。

 もう動くことはできなかった。

 俺はそのまま、気を失った。」


あのとき、ルクスは、目印の木のところに倒れていた。

怪我はなかったけど、ひどく弱っていた。

そうか。怪物と戦ったからだったんだ。


「気がついたら、お前がいて。

 俺を背負おうとしていた。

 助かったんだな、って思った。

 後は、お前も知っての通りだ。」


うん。


「お前、怪物には遭わなかったか?」


「うん。」


「そうか。それはよかった。

 お前があれに遭っていたらと思うと、ぞっとするよ。」


「僕はさ、ご先祖様たちに護ってもらっていたからね。」


もしかしたら、その怪物は、森の守護だったのかもしれない。

ルクスがそれ以上先へ行かないように、護ってくれたのかも。

なんにせよ、ルクスは、ぎりぎり、目印の木のところに倒れていたのだから。


「なあ、笑ってくれ。

 俺さ、自分のこと、勇気があるほうだ、って思ってたんだ。

 けど、違う。

 俺はただ、バカなだけだった。

 この世界にある本当に恐ろしいモノを知らないだけだった。」


ルクスはそう言って僕の手を取った。


「けど、お前は違う。

 お前は、本当の勇気を持ってる。

 つくづく、そう思ったよ。」


それは、どうかな?


「ルクスは勇気のある人だよ。

 ただ、あの闇は、僕らの知ってるどんな闇より恐ろしいものだ。」


僕はそこまで言ってから、ちょっと言葉を切って、確かめるようにルクスを見た。

そうして、自分の思ってることは、多分合ってるんだろうな、って、確信のような、ほんのり諦めのような、そういうものを感じた。


「だけど、その恐ろしいモノを知った今も、ルクスは、それなら、なおさらそのままにはしておけない、って、思ってるんでしょう?」


そう言ったらルクスはちょっと困ったように肩を竦めた。


「お前、最近、アルテミシアに似てきたか?」


「どうかな?」


「その、なんでもお見通し、ってとこ、そっくりだぞ?」


「ルクスが分かりやすすぎるんだよ。」


僕はちょっと呆れて、それから、仕方ないなあ、って笑った。

そして、その自分の笑い方が、やっぱりちょっとアルテミシアに似てたかな、って思った。








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