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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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なんとか、ルクスを連れて戻ったものの。

村に着くなり、僕は、バタン、と倒れて、そのまま、気を失った。


そして、奇妙な夢を見た。


彼は、真っ暗い場所にいた。

ひとりぼっちだった。

手足を伸ばして楽にすることもできるくらい広い場所なのに、ぎゅっと膝を抱えて、小さく丸くなっていた。


彼は、ぼろぼろのマントと、あちこち破れた服を身に着けていた。

からだには、古いのや新しいの、無数の傷があった。

きちんと手当をする暇のなかった傷は、今も痛々しく引き攣れていた。

新しい傷からは、まだ血が流れていた。


傍らには、刃のこぼれた剣が、無造作に放り出されていた。

激しい戦いが、彼のからだをこんなふうにしたのだと思った。


からだじゅうに傷を負った彼は、このままだと、命を失うかもしれなかった。

失われていく命そのもののように、彼のからだは血を流し続けていた。


彼をこのままにはしておけない。

僕は、彼のほうに手を伸ばそうとした。

そして、はっとした。

僕は、確かに、ここにいる、のに、僕の手も姿も透明で、僕は、そこには、いなかった。


僕は、声を出そうとした。

せめて、彼に、話しかけようとした。

けれど、僕の声も、音声、にはならなかった。


何も、できない。

声すら、かけられない。

僕には、彼をただただ見ていることしかできないんだ。


そうだ!

魔法だ。


僕ははっと思い付いて、彼に癒しの術を使おうとした。


そのときだった。


「やめておけ。」


ぽつり、と彼が言った。

想像したより、高い声だった。


彼はゆっくりと顔を上げた。

そうして、見えない、はずの、僕のほうを、見て、ゆっくりと言った。


「何しに、来た?」


僕は、はっとした。

何か、答えようとした。

けれど、やっぱり、声は出せなかった。


彼は、ふっ、と小さく笑った。

自嘲と苦さと苦しみが、たっぷり入り混じった笑みだった。


「早く戻れ。

 でないと、お前も、闇に取り込まれるぞ。」


それは、困る。

だけど、彼のことも、このまま放ってはおけなかった。


「…バカだな。」


そう呟いて、彼はもう一度、笑った。

今度の笑みには、ほんの少しだけ、苦さが薄れていた。


「よく見ておけ。

 これが、いにしえの英雄の成れの果てだ。」


彼は、誰に言うとでもなくひとり言のように言った。


「世界の命運とやらを背負って戦った。

 そうして最後に残ったのは、ただ、絶望だけだった。」


世界は今も存続している。

つまり、彼は、その戦いには勝ったはずだ。

なのに、残ったのが絶望だけだなんて、いったいどうしてなんだろう。


そして、彼は、傷つき、疲れ果てて、この暗闇にいる。


彼の背中は、とても小さく、華奢に見えた。

あの背中に、彼は世界の命運を背負ったんだろうか。


彼は世界を救ったはずなのに、どうしてこんな暗闇の中、じっと膝を抱えているんだろう。


突然、轟音とともに、暗闇は揺らぎ始めた。


彼は、はっとした顔をして、きっぱりと僕のほうを見て言った。


「行け!

 今はまだ、お前はここに来るときじゃない。」


???どういうこと???


「いいから!早く!

 暗闇が目を覚ます前に。」


彼は、僕にむかって何かを投げる仕草をした。

それは、僕の目の前で、激しい閃光を放った。


あっ、と思った、その瞬間。

僕は、目を覚ましていた。


いや。

目は開いていたんだけど。

僕の目は現実は映さずに、あの夢をの続きを見ていた。


夢の最後。

あの閃光の中、僕は見た。


彼のからだは、周囲の暗闇を吸収して膨れ上がった。

彼が、暗闇そのものだったんだ。

なのに、彼の周囲の暗闇は、いっこうに減らなかった。

彼が、あんなにからだを小さくしていたのは、自らの中の暗闇を抑え込むためだったのかもしれない。

けれど、暗闇は、彼の周りのどこにでもあって、いつでも彼を、それで埋め尽くせるんだ。


ただ、光に護られた僕は、彼の暗闇に取り込まれるのを免れた。


苦しかった。

涙が溢れ出した。

泣いてもどうしようもないのに。

涙を止められなかった。


いにしえの英雄、と彼は名乗った。

だけど、それはとても自嘲的な言い方だった。


誰もが憧れ、皆に讃えられる、英雄とはそういうものだろうに。

彼は、ちっとも、自分を誇ってはいなかった。


「どうした?

 どこが苦しい?」


駆け寄ってきたルクスが、そう言うのが聞こえて、僕はようやくちゃんと目を覚ました。


「…ルクス?

 無事だったんだ。」


よかった。

初めて、ほっとした。


すると、ルクスは、みるみる顔をゆがめたかと思うと、こらえきれないように、ぼとぼとと涙を落した。


「お前!無茶、するなよ!」


それは、僕が、君に、言いたいよ。


「ったく…本当、バカなやつだ。」


それも!僕は、君に!言いたいよ!


そんなことを思ったら、僕の涙はぴたりと止まっていた。

ルクスは、そんな僕の髪を、小さい子にするみたいに、優しく撫でた。


「…ごめんな?」


…それは、僕も、言わなくちゃ。


と思ったら、また、ほろほろと涙が零れてきた。

だけど、それはさっきとは違う、柔らかい涙だった。












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