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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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帰って長老にそのお年寄りの話しをした。

お年寄りは、ほう、ほう、と感心しながら僕の話しを聞いてくれて、それから、どっさりお供えを持ってお参りに行った。

僕もそれについて行った。

手を合わせるとき、いつも畑を見守ってくれて、村を見守ってくれて、有難う、とつぶやいた。

いえいえ、どういたしまして、と聞こえた気がした。


しばらくはそんな日々が続いた。

僕は、夜はご先祖様に呼び出されて集会に参加し、昼間は畑の傍で当番のご先祖様の話し相手をしていた。

すっかり寝不足になりそうなんだけど。

ご先祖様は、僕のエエルも調整してくれてるのか、すごく元気だし体調もよかった。


この間の滅びのときのことも、ご先祖様は僕に話してくれた。


「滅びが近付くと、この世界のエエルを固定しようと働く虫が発生しますじゃろう?

 あれに気付かれてはならん、と、わしら、必死に、エエルを調整しておりました。」


それって、白枯虫のことか。

ご先祖様は、白枯病からも、この村を護っていたんだ。


「しかし、それでも、とうとう、気付かれてのう。

 あとはもう、わしら、一丸となって、あれの襲来を阻止いたしました。」


だから、この地には、白枯病は起こらなかった。

村の人たちは、あんまり、滅びかけた、という実感はなかったみたいだけど。

それって、ご先祖様たちが護ってくれてたからなんだね。


「あのときは、大変じゃった。

 わしら全員、不眠不休で戦いました。

 何人か力尽きて、転生してしもうた者もおりました。」


お年寄りは、その辛さを思い出したように、ふるふると首を振った。


「それでも、わしらは、守り抜いたのじゃ。

 この村をのう。」


そう言って胸を張ったお年寄りの姿は、どこかの勇者のようだった。


「本当、ご立派です。」


僕は思わず拍手した。


「そんなに褒められたら、思わず転生してしまいそうじゃから、やめてくだされ。」


お年寄りは嬉しそうに涙を拭いながら、そう笑った。


「じきに世界にはエエルが満ちて、虫はどこかへ行ってくれました。

 しかしのう、まだまだ油断は禁物じゃ。

 エエルは、多すぎてもよくない。

 じゃから、わしら引き続き、この辺りのエエル量を、事細かく、管理しておりますのじゃ。」


そっか。

だから、ブブも、この辺のエエルが少ない、って言ったのかも。

今、王都辺りのエエルは満ち溢れちゃってるから、相対的にここみたいなのは、少ないって感じるんだ。


「それにのう。

 この辺りは、長閑な田舎じゃけども、少し行ったところには、ぽっかりと大きな穴が開いておってのう。

 そこには、エエルがまったくありませんのじゃ。」


「大きな、穴?」


エエルが、まったくない?


「こちらのエエルを増やし過ぎるとのう、その穴にむかって、エエルが流れ落ちていく。

 そういうエエルの流れを作ってしもうたら、ますますエエルはそっちに引き込まれてしまう。

 穴に落ちたエエルは、そのまま消えてしまいまうのじゃ。

 じゃから、ここのエエルは、零れ落ちんよう、絶妙な量を保っておらんといかん。」


そんなこと、あるんだ。


「それは、大変、ですね?」


「そうじゃ。

 大変なのじゃよ。

 あの妙な虫はおらんようになったけれど。

 まだまだ、わしらの仕事は油断できんのよ。」


お年寄りは、ふむふむ、と、腕を組んで頷いた。


エエルが零れ落ちる穴かあ。

これは、ルクスたちにも相談したほうがいいかもしれない。


その夜。

ご飯の後、僕はその話をルクスたちにしてみた。


「穴?」


ルクスは不思議そうに首を傾げた。


「エエルってのは、穴に落ちたりするのか?」


「エエルには重さも形もない。

 穴に落ちる、というのは、よく分からないな。」


アルテミシアも首を傾げた。


「ただ、エエルを吸引することはできる。

 研究院にもそんな装置はあっただろう?」


あ。あったあった。

大きな風車が外から風を取り込んでいて、そこに含まれるエエルを分解する装置。

あれは、触れた物質を即座にエエルに分解してしまうから。

流石の革命軍も、あれには手を出せなかったんだ。

あの装置が無事だったおかげで、研究院もわりと早く元に戻せたんだっけ。


「穴の中に大きな風車があるってこと?」


「風車かどうかは分からない。

 ただ、そういうものが穴の中にあれば、エエルを吸い寄せることは可能だ。

 そして、それを外から見れば、穴に落ちる、ように見えるかもしれん。」


なるほど。


「だけど、誰が、なんのために、そんなものを?」


「それに、穴に落ちたエエルは、消滅する、ってのは、どういうことだ?」


「うーん、それって、たとえば、穴の中に、大きな怪物が口をぱっくり開けて構えていて、吸い込んだエエルを呑み込んでしまう、みたいな感じじゃない?」


僕は大真面目に言ったんだけど。

ルクスとアルテミシアは、怪訝そうに顔を見合わせた。


「…確かに、この世界には、俺たちの知らないことがまだまだある、だろうけどなあ。」


「エエルを呑み込む怪物…

 いや、しかし、確かに、アニマの木は、エエルをエネルギー源にしている。

 そういう怪物がいても、おかしくはないか…」


そうは言っても、やっぱりふたりとも、そんな怪物がいるとは、あまり思えないみたいだった。


僕は長老にもそのことを尋ねてみた。

すると、長老は顔色を変えて、強い口調で言った。


「よもや、まさか、それを見に行こう、など、思ってはいけませんぞ。」


「え?

 けど、みんな困ってるんだったら…」


「誰も困ってはおりません。」


長老はきっぱり言った。


「あれに近付かなくとも、この村は暮らしていける。

 誰もあれには近付きません。

 うっかり近付こうとしても、ご先祖様が護ってくださる。

 あれは、そういうもの、です。」


長老は僕の目を真っ直ぐに見て言った。


「この世界には、決して覗いてはいけないもの、もある。

 それは肝に命じなされ。」


「は、はい。」


長老の迫力に、思わず何回も頷いたら、長老ははっとした顔をして、それから、いつもの穏やかな様子に戻った。


「これはこれは。

 賢者様相手に、偉そうなことを…

 大変失礼いたしました。」


膝を折って丁寧にお辞儀をする。

僕は慌ててその長老の手を取った。


「ううん。

 教えてくださって、有難う。

 分かった。近付かないよ。」


僕がそう言うと、長老は嬉しそうに笑ってくれた。


「森の民は、わしらよりうんとうんと長く生きると聞きます。

 もしかしたら、あなたは、わしよりも長く生きておられるのかもしれん。

 しかし、なんじゃろうな。

 あなたは、なんとも、可愛らしいと言うか…」


長老の僕を見る目は、孫を見るおじいちゃん、みたいだった。


僕は、へへっ、と笑った。


「有難う。

 長く生きているから偉いとは限らないし。

 この土地のことは、この土地に長くいる人が一番よく知っているんだもの。

 いろいろ教えてください。」


すると長老は、はい、とにっこり頷いてくれた。




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