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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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夜が明けて、村人がひとり、僕を探しに来てくれた。

ずっとお年寄りたちと話していたつもりだったけど、僕は、アニマの木の根方にもたれて、眠ってしまっていた。


「賢者様?

 こんなところにおられましたか。」


彼は心配してくれていたのか、とてもほっとした顔をしていた。


「夜中におられなくなったと伺って、心配いたしました。」


「それは、ごめんね?」


急いで戻ったら、アルテミシアは、村の人たちと一緒に食事の支度をしていた。


「やあ。おかえり。」


「ごめんね?心配した?」


「いや。

 ブブも平然としてたしね。

 君になにかあったら、ブブが騒ぐだろう?」


あっさり言われてむしろ拍子抜けだった。


ルクスは村の人たちと一緒に、井戸の修理をしていた。


「よぉ。

 どこ行ってた?」


気楽に手をあげる。

こっちもあんまり心配はしてなかったみたい。


「アニマの木のとこ。

 ここのアニマの木には、主さんが、いっぱいいるんだ。

 この村のご先祖様全員、あの木の主になってるんだよ。」


「へえ。

 そいつはまた賑やかしいな。」


確かに、賑やかだったよ。


ブブはルクスの横にいて、お手伝いをしていた。


「あるじさま~、おかえり~。」


ブブもにこにこと手を振ってくれた。


みんな揃ったところで、朝食になる。

新鮮な野菜のたっぷり入ったスープと、ほかほか炊き立ての穀物。

野菜を発酵させたものや、焼いた魚もあった。豪華だ。


旅をしていても、森なら食糧は手に入るし、アルテミシアはお料理上手だ。

だから、それなりに、毎日、ごはんは充実してるんだけど。

やっぱり、人郷でご馳走になるごはんは、豪華だった。


旅人だってだけで、こんなによくしてもらうのも気がひける。

ルクスもアルテミシアも、せっせと村の人たちを手伝った。

けど、井戸水も薬草も、この村にはじゅうぶんにある。

一見素朴で質素な暮らしに見えるのに、ここには足りないものは何もなかった。


僕も、村の人たちのお手伝いをしようと思って、畑に連れて行ってもらった。

畑の土はよく肥えていて、実りも豊かだった。

作物たちは、みんなうとうとしながら、静かに歌っていた。

何かに身構えなくてもいいから、ずっと微睡んでいるんだ。

こんな平和な畑は初めて見た。


僕も、水やりのお手伝いをしようと思ったんだけど。

水やりの桶はすっごく重くて、なかなか持ち上げられない。

なんとか持ち上げたら、そのまま尻もちをついて、盛大に水をぶちまけてしまった。


あらあら、おやおや、と村の人たちが集まってきて。

怪我はないか、とか、水に濡れなかったか、とか、いろいろ心配してくれて。

そのまま僕を、日陰に連れて行って、そこに座らせた。


「どうぞ、そこで見守っていてください。」


みんなにっこりと、でもわりときっぱり目に、そう言った。


………。

僕、お役に立ちませんよね?

というか、むしろ、お邪魔ですね?


僕は大人しくそこからみんなが働くのを見ていることにした。


すると、いつの間にそこにいたのか、隣に、ぷかーっとたばこをふかすお年寄りが座っていた。

お年寄りはにこにこと、畑で働く人たちを眺めていた。


「あの。こんにちは。」


僕はお年寄りに頭を下げた。

お年寄りは、ちょっと目を丸くして僕を見てから、こんにちは、坊ちゃん、と答えた。

坊ちゃん、なんて呼ばれたのは久しぶりだ。

もう、そんな子どもじゃないんだけどな、ってちょっと思ったけど。

お年寄りから見たら、僕なんてまだまだ、坊ちゃんなのかな、と思った。


「あの。立派な畑ですね。」


黙ってるのも気まずくて、話しかけてみる。

そうじゃのう、とお年寄りは答えた。


「ここのエエルの調整は、結構、微妙なんじゃよ。

 多すぎてもいかんし、少なすぎてもいかん。

 その絶妙なさじ加減は、ここにいて、ずぅっと監視しとらないかんのよ。」


………?!

なんだか、いきなり研究院の人みたいな返事が返ってきて、僕はちょっと驚いた。


「エエルの調整?」


そんなこと、できるの?


「ほうじゃ。

 こう、絶妙な加減でエエルを送れば。

 作物は、うとうとと、ええ感じに、昼寝をする。

 しかし、送り過ぎれば、ぎんぎんに目覚めて、余計なことをするのじゃ。

 寝る子は育つ、と言いますじゃろ?

 赤ん坊も作物も、よく寝て育つ。

 年寄りは気が長いから、子守りは得意なんじゃ。」


ほっほっほ、とお年寄りは、口を開けて笑った。


「しかし、畑の出来はこれに大きく左右されますからの。

 なかなか神経を使う仕事じゃから、わしら、順番に、交代でやっておるのよ。

 今日はわしが当番なんじゃ。」


そこへ、幼子がひとり、駆けてきた。

幼子は、お年寄りの膝にもたれると、おじいちゃん、と声をかけた。


「おうおう。よう来た。」


お年寄りはにこにこと幼子の頭を撫でている。


「この子は、わしの、玄孫にあたりますのじゃ。

 もう、可愛いて、可愛いて、のう。」


玄孫?

って、どのくらい離れた孫だ?

指を折って数える僕に、お年寄りは、ほっほっほ、と笑った。


幼子は嬉しそうに頭を撫でられていたけれど、満足したのか、またあっちへ駆けて行ってしまった。

その背中を見送りながら、お年寄りは、少し寂し気に言った。


「あのくらいなら、まだわしらのことも見えますが。

 もうじき、分からんようになるじゃろうのう。」


そっか。この人もご先祖様。アニマの木の主なんだ。

こうして、ここで畑を護ってるんだ。


「大切な役目を果たしておられるのですね。」


僕は尊敬の心を込めて彼を見た。

すると、お年寄りは、嬉しそうに目を細めた。


「ほう。分かってくれますかのう?

 そんなふうに言うてもらえたら嬉しゅうて、もう、すぐにも転生してしまいそうじゃ。

 子孫たちは、わしらのことを、有難い、有難い、言うて手を合わせますけどのう。

 なにがどう有難いのかは、分かっておらんもの。

 ただ、有難い、と言われてものう。

 しかし、お前様のように、具体的に褒めてもらえると、嬉しいものじゃのう。」


そう言って、お年寄りは、僕にむかって手を合わせた。


「ほんに。お前様は立派な方じゃ。

 ようお越しくださった。」


いや、あの、そんなふうにされると、なんだか…

手を合わされるのは、ご先祖様のほうだと思うんだけど…


僕は、帰ったら、このお年寄りに会ったことを、村の人に話そうと思った。






















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