406
王様になったルクスは、いろんな人からいろんな相談をもちかけられて、すごく忙しそうだった。
アルテミシアも、研究院のみんなから、すごく頼りにされていて、ものすごく忙しそうだった。
で。僕。
僕だけは、ちょっと暇だった。
なので、アニマの木に会いに行ってみることにした。
アルボルが、一緒に来るって言った。
アルボルがいるってことは、レグルスも一緒だ。
御城の外には、怪異の噂も聞かないし。
まあ、危ないこともないだろう。
だから、一緒に行くことにした。
まずは近いところ。
研究院のテラスに生えたアニマの木。
それは、アルボルの故郷だった。
アルボルは、背丈こそ僕より小さいけれど、体つきはもうすっかり一人前で、力もあった。
近衛兵のみなさんに鍛えられて、剣の稽古なんかもしているらしい。
もし、なにかあったら、僕が守ります、なんて言われてさあ。
はい、あの、お願いします、って、思わず頭下げちゃった。
あのちっちゃくて、僕の背中によじ登ってたアルボルが、ねえ。
きらきらの笑顔は、今も全然変わってないけど。
本当、立派になったもんだよ。
研究室で一緒にボール遊びして叱られたっけ。
本当に、君は、あれと同じ人なのかな?
レグルスは、記憶は失っているんだけど。
何故か、魔法のことだけは、よく覚えているらしい。
で、アルボルの隣に立ってさ?
アルボルに作ってもらった、って、アニマの木の魔法の杖なんか、手に持ってて。
もう、本当、どこからどう見ても、呆れるほどに、立派な魔法使い。
兄さんと僕がいれば、大丈夫です、なんて、胸張って。
いや、あれから何日経ったんだっけ?
子どもってのは、こんなにいきなり成長するものなの?
いやいやもう。
僕、まだそんな年じゃないけど。
なんだか、目頭がじーんとしちゃった。
ふたりとも、立派になったねえ。
アルボルは、元精霊だからか、疑似アマンの気配には敏感だそうだ。
僕はいまだに、アニマの木はちょっと怖いんだけど。
アルボルはまったく気にせずに、アニマの木にも近付いていく。
だからこそ、ルクスの冠や、レグルスの杖なんかも、作ることができたんだけど。
そんなアルボルが、先頭に立って、案内してくれた。
その背中は、なんとも立派でさあ。
僕はまた、目頭が…
もうすっかり、自分が年を取った気がしたもんだ。
アニマの木には、木の主、みたいな存在がある。
元は人だったり、精霊だったりいろいろだ。
ただ、彼らは木の傍からは離れられない。
アニマの木の主を召喚できるのは、きれいなエエルの持ち主だけ。
ここは、かなり心配なところだったけど、実は、ブブにはそれができる。
前に、トゥーレの村の近くで、アニマの木の主を召喚したんだ。
本当、うちの使い魔は、役に立つんだよぉ。
アニマの木を移動させたいときには、彼らを喚び出して、お願いするらしい。
というのは知っていたんだけど、それを実際にやるのは、初めてだった。
壁や怪物にエエルを取られて、苗木になってしまったアニマの木は、ブブの疑似アマンにたくさん保管してあるけど。
成長したアニマの木の移動なんて、本当に可能なのか、ちょっと心配だ。
みたいな話しを道々していたら。
主?って、アルボルは首を傾げた。
「それなら、多分、僕も、会ったこと、あります。」
「え?本当?」
「ええ。
木の主だとは知りませんでした。
けど、枝もらったりするのに、勝手に伐るわけにいかないから。
ちゃんと断って伐ってるんです。
そのときに出てきてくれる、あの人のこと、ですよね?」
なあんと!
出来たお子さんだこと。
もうまったく、僕は君の成長が嬉しくて…以下略…
だけどさ、うんうん。
アルボルなら、分かるよ。
君のエエルは、本当にきれいだもの。
「それなら、僕も会ったことあります。
兄さんと一緒に行くと、いつも姿を現してくれる、あのきれいな人のことでしょう?」
きれいな人、なんだ。へえ。
で、召喚するまでもなく、木に行ったら、その人?は僕らを出迎えてくれた。
ゆったりとした衣を身に着けて、長い髪は、きれいに編み上げている。
慈しみに溢れた優しい目をしていて、口元にはいつも穏やかな微笑みを浮かべている。
どこかちょっと、ヘルバの木にいる大精霊に面影が似ている気もした。
アニマの木の主は、しずしずとお辞儀をして、鈴を振るような声で言った。
「ようこそ。お初にお目にかかります、主様。」
君も僕を主様って呼ぶのか!
それは、やめてください!
「まだ、わたくしが若木だったころ、一度、来てくださいましたね?」
「あ。はい。」
それって、アルボルが、人になったときかな。
アニマの木の主は、丁寧に頭を下げた。
「息子たちが、お世話になっております。」
「は?
息子たち?」
「たくさんの精霊が、この木を渡ってきて、人になりました。
その子たちみんな、わたくしにとっては、息子や娘のように思えるのです。」
なるほど。
研究院の人化計画で人になった精霊たちは、みんな、この木を渡ってきた精霊なんだ。
「じゃあ、アルボルたちにとっては、あなたは、お母さんみたいなものなんですね?」
「まあ、そんな、お母さん、だなんて。」
アニマの木の主は両頬を手で抑えて盛大に照れたふりをしたけど。
まんざらでもなさそうだった。
「けれど、あの子たちも、この王都で暮らしていくのは、難しいのかもしれません。」
子どもを心配する母親の目をして、アニマの木の精霊は言った。
「近いうちに、この王都を去らなければならなくなるでしょう。
わたくしは、どんなに遠く離れても、彼らの無事と幸せを、祈り続けましょう。」
「あ。それなんですけど。」
ちょうどいい、と僕は切り出した。
「あの。
もし、あなたが望むなら、なんですけど。
彼らと一緒に、行きませんか?」
「ええっ?」
アニマの木の精霊は、まじまじと僕の顔を見つめた。
信じられない物を見た、って、その顔には、くっきりと書いてあった。
「けれど、わたくしは、この木から、離れることは…」
「あ。だから、木ごと、移動するんです。」
「植え替える、ということですか?」
アニマの木の主は、そう言って自分の木を見上げた。
ええ、はい、まあ、引っこ抜いて植え替える、のはちょっと無理かなってくらいの大木ですよね?
「僕ら森の民は、自分たちの棲んでる森の木のお世話をしてるんですけど。」
僕は丁寧に説明をした。
「年数が経って主の宿るほどに成長した木は、その主と相談して、移動してもらったりもするんです。
ほら、あの、予想外に混みあっちゃって、風通しとか、日当たりとか、悪くなっちゃうこともあるでしょう?」
アニマの木の主は、きょとーん、と、ただただ僕の顔を見つめている。
「それって、あの、族長の秘術なんですけど。
僕も、その、ちょっとやってみたら、もしかしたら、できるかもしれない、んじゃないかなあ、とか。」
やり方は、読んだんだ。
ヘルバの蔵書でさ。
「あの。
自信はないんですけど。
やってみても、いい、ですか?
あ、いや、失敗しても、実害はないです。多分。
ちょっと、がっかり、するだけ、かな。」
恐る恐る尋ねたら、アニマの木の主は、こくこくと頷いた。
なので、僕は、アニマの木の主にそっと手を差し出した。
「僕の手を、取っていただけますか?」
アニマの木の主は、手を伸ばして僕の手にのせた。
ふわりと、いい香りがして、柔らかな風を感じる。
百万個の鈴が一斉に鳴った音がした。
これが、魔法の合図だ。
「よ、っと。」
僕は、アニマの木の主の手を取って、軽く引っ張った。
すると、するっと、まるで足を引っこ抜くみたいに、アニマの木が根っこを引っこ抜いた。
根っこを抜いたアニマの木は、するすると透けて、消えてしまう。
後には、僕の手を握ったまま呆然としている、アニマの木の主だけが残っていた。
依り代の木が消滅したアニマの木の主は、姿が実体化していた。
重ねた掌が柔らかくて、ほんのり温かかった。
僕はその手をアルボルに引き渡した。
「お母さんのエスコートは、君に任せる。
後はよろしくね。」
アルボルは、恐る恐るその手を取って、そこに頬を寄せた。
アニマの木の主は、母親のように、アルボルの髪を撫でた。
どうやら、魔法は、成功したみたいだった。




