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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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その後も、レグルスはずっとアルボルにべったりくっついていた。

アルボルも、まんざらでもないって顔をして、世話を焼いている。

それは、一見、仲のいい兄弟に見えなくもなかったけど。

やっぱり、どうしたって、違和感はあった。


レグルスは、自分がアルボルの弟だっていう謎の記憶以外は、何も憶えていなかった。

自分の名前すら、分からなかったんだ。


記憶を失うってことは、それまで過ごした過去の時間をすべて失うってこと。

それは、自分を失うにも等しいって思う。


浄化の火は、レグルスの中にいた怪物を浄化してしまったけれど。

レグルスの過去の時間も、怪物と一緒に浄化されてしまったらしかった。


レグルスは、王様になることを望んだわけじゃなかった。

お父さんとふたりで旅をしていたころが楽しかったって、言ってた。

きっと、王様になって、イヤな思いをたくさんしたんだろう。

だから、あんなふうに暴走したんだ。


浄化の火は、そのレグルスのイヤな記憶を、全部消してくれた。

今のレグルスには、以前のような陰を感じないのは、多分、そのおかげだと思う。


だけど。

それはほんのわずかかもしれないけれど。

浄化の火は、レグルスのお父さんの楽しかった思い出も、消してしまった。

レグルスから、父親のぬくもりの記憶を、奪ってしまった。


もちろん、レグルスがあのまま怪物になっていいとは思わない。

こうするしかなかったし、これは一番いい解決方法だとも思う。

それでも、何か、ずっと取れない棘みたいに、心にちくちくと引っかかっているものは、どうしようもなかった。


だからかもしれない。

アルボルに甘えているレグルスを、どうしたって引き離せないのは。

アルボルは君のお兄ちゃんじゃないんだよ、と、言うことができないのは。


どうして、レグルスがアルボルを、自分の兄だと思い込んでいるのかは分からない。

顔も姿も全然似ていないし、それどころか、多分、種族も違う。

レグルスは平原の民だし、アルボルは、どう見たって、平原の民とは違う種族だったから。


アルボルの背丈は、もうとっくに平原の民を追い越している。

まだこれからも伸びるだろうから、もしかしたら、僕らと同じくらいになるかもしれない。

だけど、森の民よりは、もう少し骨太で、がっちりした体格だ。

やっぱり、僕らとも、違う種族に見えた。


第四の種族。

もしかしたら、アルボルたちは、この滅びのときに生まれた新しい種族なのかもしれない。

だけど、彼らのことは、まだ、あまりよく分からない。


精霊人化計画。

アルテミシアが研究院にいたころに始められていたその研究で、人になった精霊が何人かいる。

彼らは、研究院が閉鎖されたときに、他のみんなと一緒に避難していて、王都の一画にまとまって暮らしていた。


アルボルの家もそこにある。

僕らはその場所に連れて行ってもらった。


彼らの家は、森の木を伐って作ってあった。

なにせ、今のこの王都には、一番たくさんある素材だったから。

木の家の匂いは、僕らの故郷を思い出した。


人化した精霊たちは、年齢も性別もいろいろだったそうだけど、その中には、夫婦になった組もいくつかあって、その間には、子どもも生まれてきていた。


精霊から人になった初代の人たちは、みんなどこかうっすらと、森の民に似た容姿をしていたんだけど。

その子どもたちになると、少しばかり、彼ら独特の特徴、が強くなっているように思う。

髪や目の色は濃くなって、骨ももっと太い。

筋肉もしっかりついて、力も強そうだ。


なにより驚いたのは、その成長の速さだった。

もしかしたら、これまでこの世界にいたどの種族より、速いかもしれない。

彼らはあっという間に一人前になって、子どももびっくりするくらい、次々と生まれるらしかった。


「ねえ、アルボルには、恋人はいないの?」


僕にだって、まだいないのにねえ?

まさか、アルボルに、こんなことを尋ねる日が来るとは思わなかったけど。

アルボルの姿は、もう立派に一人前だし。

恋人のひとりやふたり、あ、いや、ふたりいたら問題か?恋人のひとりくらいはいてもおかしくなさそうだった。


「僕は、そういうのは、まったくダメで。」


アルボルは、にこっとして、首を振った。

僕は、ちょっとほっとしたけど、ほっとしたのはアルボルにはバレないように、必死に押し殺した。


「けど、夫婦になって子どももいる人たちも、大勢いるんだね?」


「彼らはね、初めて会ったときから、もうお互いが運命の相手だって分かってた、って口を揃えて言うんです。

 だったら、僕はまだ、そういう相手とは、出会ってないかなあ。」


なるほど。そういうものか。


もっとも、僕にだって、そっちのことは、まったくアドバイスなんかできないんだから仕方ない。

ただ、お互いに、運命の相手だ、って分かってた、ってのは、ルクスとアルテミシアを見ていたから、なんとなく、分かった。


「運命の相手かあ…そういうのって、どうやったら、分かるんだろ?」


「分かるときには、分かる、って、みんな言いますけどね。」


「じゃあ、まあ、気長に待つしかないかなあ。」


僕らどっちも恋人のいない同士、顔を見合わせて笑った。


「僕ら、近いうちに、新しい土地を探して旅に出るつもりなんです。」


アルボルはきらきらした目をしてそう言った。


「旅、に?」


僕はすっごく驚いた。


「どうして?

 ここにちゃんと家があるのに?」


「ここは…平原の民の都。僕らの土地じゃありません。」


それから、アルボルは、少し事情を話してくれた。


最初、彼らは、少し大きい家にまとまって暮らしていた。

けれど、夫婦になって子どもが生まれると、その家族は新しく家を作って暮らし始めた。

そうして、その一画には、家が数軒、建っていた。


「元々王都に暮らしていた人たちの間には、それをあまりよく思わない人もいて。

 出て行け、という張り紙を、家に貼られたり。

 直接、壁に書かれた家もあったんです。」


そっか。それは確かに、辛いかも。


「僕らは、見た目で平原の民じゃない、って分かってしまうから。

 買い物もなかなかできないし、道を歩いていただけで、石を投げられることもあります。」


僕らも、平原の民の街では、気まずい思いをしたことがある。

流石に石は投げられなかったけれど、じろじろ見られたり、顔を背けられたこともあった。


ずっと前。ルクスが王様をしていたころの王都には、森の民も、山の民も、けっこう大勢いたし、市場なんかで買い物も普通にしていたけど。


匠たちも、王都を出て行ってしまったし。

他の森の民たちも、ほとんど、姿を見ないらしい。


今のこの王都じゃ、異種族はとても暮らし難いらしかった。


「だけど、世界は広い。

 きっと、僕らの暮らしやすい場所も、どこかにあるはず。」


そう言ったアルボルの目には、恨みや憎しみはなくて、むしろ新しい土地への期待と希望に満ちていた。

だから僕も、アルボルの旅立ちを祝福しようと思った。










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