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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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402/475

402

駐屯所に着くと、ゆったりとした衣に身を包んだ若者が、いきなり飛び出してきて、僕に抱きついた。


平原の民の背丈じゃない。

ということは、森の民?

王都に、森の民の知り合いなんか、いたっけ?


「おかえりなさい、主様。」


彼は、泣きながらそう言った。


あれ?

誰だっけ?

ごめん、ちょっと、君のこと、誰だか、分からない…


ん?

主様?


あうじたま~~~!!!


そう言って僕にしがみついていた姿と、目の前の若者とが、重なった。


「まさか?

 アルボル?」


大きくなったとは聞いていたけど。

まさか、こんなに大きくなったなんて。

平原の民に囲まれて、頭みっつ分くらい、背丈が大きい。


「アルボルなの?

 もっと顔を見せて?」


僕は抱きついているアルボルを引き剥がして、その顔をよく見た。


子どもというより、もうすっかり若者の顔だ。


ずいぶん変わった気もするけど。

ぜんぜん変わってない気もする。


髪の色も目の色も、眉の形も笑い方も。

やっぱり、あのアルボルだ。


アルボルは顔の半分口なんじゃないかって思うくらい、にぱっと大きな口を開けて笑っていた。

そうだ。アルボルはこれだよ。

これは、アルボルだよ。


「よかった。元気そうでなにより。」


久しぶりなんだから、もうちょっと何か言いようもある気もするんだけど。

僕はそう言うだけで精一杯だった。


アルボルはもう一度、ぎゅっと僕に抱きついた。

昔と同じ、アルボルのあたたかさが直に伝わってきて、これさえあれば、何も言わなくても、大事なことは伝わるなあ、と思った。


「僕のこと、憶えてる?」


「もちろんです、主様。」


「ねえ、その主様、っての、やめてよ?」


昔から思ってたんだけどさ。

なんで、そう呼ぶんだろうねえ?


「だって、あなたのことはそう呼べ、と、お師匠様が…」


「お師匠様?って、誰?」


そんな話し、聞いたことないよ?


「隣にいらっしゃいますよ?」


隣?

って、僕の隣にいるのは、ブブだけだった。


「まさか?

 ブブがお師匠様?」


はい、とアルボルはにっこりうなずいた。


「こちらの世界はとても楽しいところだから、人になって、ここに棲めばいい、と。

 そう教えてくださったのです。」


「ええっ?

 人になれって言ったのって、ブブだったの?」


初耳だ。びっくりだ。


「お師匠様は、たくさんの精霊に、そうお勧めになりました。

 だから、みんなのお師匠様です。」


「ええっ?

 それは本当なの?」


振り返って尋ねたら、ブブは、にこっとして頷いた。


「ブブ、いった。

 あるじさま、いる、せかい、しあわせ。」


!!!!!


そういえば、初めて会ったとき、僕のこと、主様って、呼ぶ精霊が、いやに多いなって思ってたんだ。

なんでそう呼ぶのかなって、思ってたんだけど。

ブブが!それを、ひろめてたのか!


確かに、ブブは使い魔だから、僕のこと、主様、って呼ぶのも、そんなものか、程度に思ってたけど…


それを見ていたアルボルは、はにかんだみたいにちょっとうつむいて、恐る恐るという感じに言った。


「主様、がダメなら、お父様、とお呼びしてもいいですか?」


「ええっ?お父様?…いきなり、それも、ちょっと…」


アルボルはあからさまにがっかりした顔になった。


「なんだ。残念…」


いやね?そうしょんぼりされると、僕も、いいよ、って言いそうになるけどさ?

だけど、僕、まだ、子どものいる年じゃ…

いや、平原の民なら、子どもどころか、孫もいてもいいかも、なんだろうけど…


「…あの。」


ふと、誰かが僕らに声をかけてきた。

見ると、レグルスが、アルボルの服を遠慮がちにつまんで、くい、くい、っと引っ張っていた


「レグルス?

 目が覚めたんだ?」


ぐったりと気を失っていたレグルスを、ルクスはお城からずっと抱えてきてたけど。

どうやら、目を覚ましたらしかった。


「よかった。

 具合はどう?レグルス?」


浄化の火は、人を傷つけることはないんだけど。

レグルスは怪物になってしまっていて、その怪物もレグルスの一部だったわけだから。

レグルス自身にも、ダメージはないとは言い切れないと思った。


ただ、レグルスは自分の足で歩いていたし、一見した感じ、痛そうだとか苦しそうだとかには見えなかった。

顔色も、お城にいたころよりいいくらいだ。

あのころは、ちょっと青白かったけれど、今はほっぺたに、少し赤みがさしている。


ちょっと不安そうにアルボルと僕を見上げているその姿は、どこから見ても、普通の子どもにしか見えなかった。


レグルスはわずかに首を傾げて言った。


「…その、レグルス、というのは、僕のこと、ですか?」


?????


もしかして、記憶がない、とか?


僕はルクスを探してきょろきょろした。

ルクスは、アルボルのすぐ後ろにいた。


「ルクス!

 レグルスは…」


「ああ、そうだな。」


ルクスは、分かってる、というように頷いた。


そのときだった。

レグルスは、アルボルと僕の間に割り込むようにして、いきなりアルボルの服を掴むと、その胸にぎゅっと抱きついた。


「おにいさま!」


は、い?


僕ら全員、きょとんとして顔を見合わせた。

アルボルも、びっくりした、みたいに目を丸くしている。


ただひとり、レグルスは、アルボルの顔を見上げて、切々と訴えた。


「おにいさまでしょう?

 あなたは、僕の、おにいさま、だよね?

 ずっと、ずっと、会いたかったんだ!」


「あ。うん。そっか。よしよし。」


アルボルは困ったみたいにレグルスの頭を撫でてやった。

レグルスはますます嬉しそうに、アルボルの胸に飛び込んだ。


「よかった。もうずっと離れないよ。おにいさま。」


こんなに嬉しそうな子どもを、突き放したり、引き離したり、できる人はその場にはいない。


だけど、どういうこと?

幸せそうなレグルス以外、その場の全員、当惑したように、互いの顔をただただ見合わせていた。






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