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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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浄化の火が消えた後。

ルクスの腕の中で、レグルスはすやすやと眠っていた。

年相応の幼い寝顔は、なんだかかわいらしかった。

ほっぺたに、黒い涙の痕があった。


こちら側から見ると、王様の部屋の立派な暖炉が見えた。

暖炉に火は入っていなかったけど、そこに何か、書物のようなものが、焼け焦げて転がっていた。


ルクスはそのままレグルスを抱きかかえて行った。

帰りの道で、何かに襲われることは、もうなかった。

蔦の花が、ただ、一心不乱に、辺りの瘴気を浄化していた。


お城の瘴気がいっぺんに消えたわけじゃなかったけど。

来たときより、ずいぶんましになった感じはした。

瘴気に冒されて狂暴になっていたモノたちは、こそこそと物陰に隠れて、もう僕らに襲い掛かってくることはなかった。

あるいは、正気を取り戻して、元の場所へと還っていった。


レグルスが、怪物の正体だったんだろうか。


疑問に思ったけど、ルクスやアルテミシアに確かめる気にはならなかった。

ふたりとも、とても疲れた顔をしていたし、話しをして、もっと疲れさせたくはなかった。

それに、今は、うるさくして、レグルスの眠りの邪魔もしたくなかった。


お城を覆っていた森は、消えたわけじゃなかったけど、いわゆる、普通の、森になっていた。

瘴気を内側に籠らせることもなく、中は普通に歩くことができた。


お城の正門を出ると、そこに、隊長さんと、近衛兵の格好をした一隊がいた。

みんな、僕らを心配して、駆け付けてくれたらしかった。

これから、お城に入るところだった、と隊長さんは言った。


レグルスの顔を見て、隊長さんたちは、一斉に顔を強張らせた。


「これは…

 …革命軍の立てた、新王…」


隊長さんは、いきなり剣を抜いてレグルスに斬りつけようとした。

けれど、ルクスはそれを止めた。


「そんな物騒な物はしまえ。

 こいつは、何もしない。」


「しかし…

 この者はルクス様を追い出し、玉座を奪った張本人なのですよ?

 このような者、放置しておけません。」


隊長さんはそう言ったけど、ルクスはレグルスに手出しはさせなかった。


「俺は、自ら玉座を放り出して逃げた。

 もうそろそろ限界だ。自分には所詮、王など無理だって、誰より自分が分かってた。

 こいつらは、ただそのきっかけになっただけだ。

 あれは、むしろ俺にとっては、いい機会だったんだ。」


「なんという思い遣り深きお言葉でしょう。

 ルクス様の深き情愛には、感じ入るばかりです。

 しかし、こやつは、ルクス様の恩情に相応しい者ではありません。

 こやつは、ルクス様を傷つけた、敵、なのですから。」


隊長さんは目をうるませてルクスを見てから、いっそう憎たらし気にレグルスを睨んだ。


「べつに、こいつは、敵じゃない。

 前王、こいつの父親は、もしかしたら、敵、なのかもしれんけど。

 こいつは、父親の言いなりになって、無理やり王座を押し付けられただけだ。

 こいつだって、前王の被害者だ。」


ルクスは隊長さんたち全員の顔を見まわして、宣言した。


「俺が責任をもつ。

 こいつには、ちゃんとした大人が、いろいろ教えてやる必要がある。

 だけど、根は賢くて素直なやつなんだ。」


なんだか、その姿は、やっぱりルクスはみんなの王様なんだな、って思える姿だった。


隊長さんは納得してないみたいだったけど。

ルクスの言うことには従ってくれた。

そうして、僕らを、近衛兵の人たちが集まっている、駐屯所、に連れて行ってくれた。


駐屯所へむかう道々、隊長さんは、僕らにいきさつを話してくれた。


「あれから、革命軍の兵士たちに、いろいろ尋問いたしました。

 しかし、ある者は、襲い掛かってきたのは、猛獣だったと言い、また、ある者は、竜に襲われた、と言い。

 また、ある者は、石の像が動いた、と。

 とにかく、証言がまちまちで、怪物とやらの正体は、さっぱり分かりません。」


猛獣。竜。石の像。

そう言われてぴんときた。


「それって、あの王様の部屋にあった石像なんじゃない?」


隊長さんは首を傾げた。


「王の部屋…?

 はて。確かに、あの部屋に、不気味な石像はたくさんありましたけれど…

 はたして、石像が動いて、ましてや、人を襲う、などということが、あり得ましょうや?」


「レグルスは魔法の書物をたくさん読んでいたから。

 もしかしたら、その中に、そういう魔法もあったのかもしれない。」


確かに、と隊長さんは、何かを思い出したような顔をした。


「いにしえの禁術に、そのような術があった、と、研究院の者も言っておりました。

 しかし、このような子どもに、果たして、禁術など、使えるものでしょうか?」


「レグルスは、すっごく賢いんだ。

 僕よりもっと、魔法にも詳しいし。

 間違いなく、すごい魔法使いだよ。」


「大賢者様より魔法に通じておる者など、いるわけがないでしょう?」


隊長さんはちょっと怒ったみたいに言ったけど。

いえいえ。僕、大賢者なんて、それ、みんなの誤解ですから。


「確かに、新王は、国の統治になどまったく興味はなく、ただただ、怪しげな術にばかり興味を示していたのだとか。

 前王は、新王のその嗜好を忌み嫌い、矯正しようとしたようですが。

 そうそう。そうでした。

 そもそも、この騒動の始まりは、前王が、一冊の書物を、暖炉に放り込んだことだったそうです。

 その途端に、城の石像たちが、一斉に暴れ出したのだ、と。

 もしかしたら、あの書物が怒って、そのような魔法を引き起こしたのではないか、と言う者もおりました。

 しかし、書物が怒る、などと、いやはや、まったく…」


隊長さんは、まったく信じられない、というように首をふるふると振った。

僕は、あの暖炉に燃え残っていた書物らしきものを思い出していた。


そうか。

多分きっと、そのとき、レグルスの我慢が切れちゃったんだ。


だけど、レグルスは、石像を動かして、人を傷つけたい、とは思っていなかったかもしれない。

辛さに耐えきれなくて、力を暴走させてしまった後、それを後悔したかもしれない。


あの石像たちは、大きくて重たい書棚に、まるで通せんぼされるみたいに、押し込まれていた。

あれは、レグルスがやったんじゃないかな。


お城から、兵士たちみんな逃げだした後、ひとりぼっち取り残されたレグルスは、あの石像を、もう二度と動き出さないように、封じた。

多分きっと、もう二度と、魔法を、誰かを傷つけるためには、使いたくなくて。


そうなんじゃないかな?


「ある者の言うには、城ごと、襲い掛かってきた、のだ、と。

 壁も床も歪み、逃げようにも、まともに走られず、廊下はいきなり狭まって、まるで、人を押しつぶそうとするかのようだった、と。

 突然床に穴が開き、その底は奈落に続くように、真っ暗だった。

 城の構造自体が変わってしまって、部屋も廊下も配置がぐちゃぐちゃになっていた。

 などと、もう、まったく、信じられそうもないような証言ばかりなのです。

 もしかしたら、夕食に、みな一斉に、うっかり幻覚を起こすキノコでも食べてしまったのではないかと。

 わたしはそう考えているのですが。」


隊長さんは、やれやれ、と肩をすくめた。


けど、多分、それ、全部、本当に、兵士たちは見たんだろう。

暴走したレグルスの魔法が、それを引き起こした。


だけど、レグルス自身も、その力を恐れていた。

だから、あの部屋へ行くのを、あんなにイヤがっていたのかもしれない。


「怪物の正体は、城そのものだ、と言う者もおりました。

 なるほど、それでは、ルクス様たちは、怪物の腹の中へ、自ら飛び込んだことになる。

 これはいかん、一大事と、みなに招集をかけたのです。

 もしかしたら、これはやつらの幻覚かもしれませんが。

 その幻覚を起こす何かが、まだ城に残っているかもしれません。

 だとしたら、みなさんの御身に危険があるかもしれない。」


隊長さんは僕らのことを本当に心配してくれたみたいだった。

有難いなって思った。


恐ろしい怪物は、レグルスだった。

レグルスは、怪物になってしまった。


それは、なんだか、悲しい事実だった。


だけど、レグルスは、怪物にはなりたくなかった。

そして、誰より、その怪物に怯えていた。


多分、それも、間違いなく事実だった。







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