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僕の後ろから、白い光が、まっすぐに伸びてきて、扉のところへ届いた。
それはまるで、白い光のトンネルだった。
光に触れた小さな矢は、全部、しゅう、しゅう、と、手に触れた雪のように、消えてしまった。
この光の中には、僕らを害する物は、存在し得ないのだと思った。
ブブが道を開いてくれたんだ。
僕は、ゆっくりと立って、進もうとした。
この光はレグルスのところへと続いている。
この光の中を歩いていけば、レグルスのところへ行ける。
そう確信した。
小さな矢はまだ降り続いていたけれど、もう恐怖は感じなかった。
この光の中は、絶対的安全地帯だった。
ルクスとアルテミシアも、それに気付いて、トンネルの中に避難しようとした。
けれど、光に触れた途端に、ルクスの剣も、アルテミシアの弓も、しゅう、と消えてしまった。
驚いたルクスが、思わず光の外に飛び出すと、その手の中に、剣はしっかりと握られたままだった。
つまり、ブブの光の中には、たとえ仲間の持ち物であっても、誰かを傷つける可能性のある物は、存在し得ない、らしかった。
ルクスは剣をいったんしまって、光の中に飛び込んできた。
アルテミシアも、同じようにする。
ずっと、もうかなり長い時間、ふたりとも戦い続けていたから。
ほんの少し、息を整える時間が必要だった。
光は、真っ直ぐに、影の化け物のところに届いていた。
光に照らされて、さっきよりはっきりと影の形が見えていた。
安全地帯から、僕はもう一度、影をよく観察した。
ゆぅらり、ゆぅらり、と揺れる影は、形が一定に定まらない。
けれど、どことなく、両手を振り上げた大きな人の形、をしているように見えた。
そして、その足元に…
「レグルス!」
影の足元には、レグルスらしき姿があった。
レグルスは、まるで影に操られているみたいに、両手を振り上げ、からだを左右にゆらゆらと揺らしていた。
レグルスは、影に捕まってしまったんだ!
助けなきゃ。
駆けだそうとした僕の腕を、ルクスが強い力で掴んだ。
「離して!
レグルスを助けなきゃ!
怪物に、捕まっちゃった!」
僕はルクスの手を振り払おうとした。
けれど、ルクスはますます、強い力で僕を掴んだ。
「よく見ろ。
あれは、捕まった、わけじゃない。」
ルクスは、低い声で言った。
「え?」
僕は、もう一度、レグルスのほうを見た。
捕まったわけじゃない?
だけど、レグルスは、影の足元に…
いや。
違う。
レグルスは、捕まったりしてない。
あれは。あの影は。
レグルス自身の影だ。
「レグルス!
いったい、どうしちゃったの?」
僕は思わずレグルスに尋ねていた。
僕らを襲うなんて。
なんで?どうして?そんなことを?
だけど、レグルスは答えない。
ただ、ゆらゆらと、からだを左右に揺らし続けるだけだった。
「正気を失っているのか?」
アルテミシアの小さく呟くのが聞こえた。
「レグルス!」
僕はもう一度レグルスの名前を呼んだ。
すると、うつむいていたレグルスが、ゆっくりと顔を上げた。
レグルスは泣いていた。
真っ黒い涙を流して。
その眼窩に、瞳の光はなかった。
ただ、闇の色に染まっていた。
レグルスは、上げた手のひらをぱっと開いた。
すると、影の手のひらから、たくさんの矢がこっち目掛けて飛んできた。
矢のひとつひとつは、影が小さく千切れたものだった。
小さく千切れて鋭く尖り、闇の矢になって飛んでくるんだ。
けれど、ブブの光に触れて、闇の矢は全部消滅した。
それを見たレグルスは、怒ったように、大きく口を開けて、何か叫んだ。
声にならない、咆哮。
レグルスの口の中は、その目と同じように、闇に染まっていた。
レグルスの姿をしているけれど、その内側は、もう、全部、闇になっているんだ。
あの目は、何も映さない。
あの声は、何も伝えない。
闇に染まった涙を流し。
声にならない叫びをあげて。
ただただ、その姿は、苦しみ悶えているようだった。
「…レグルス…」
なんで、そんなことになってしまったんだろう。
「助けて、やらなくちゃ、な。」
ルクスの呟くのが、聞こえた。
振り返ると、ルクスは、手のひらに浄化の火を灯していた。
まさか?
ルクスはゆっくりとレグルスに近付いていく。
僕は、ぴくりともからだを動かせずに、ただただ、ルクスのすることを見ていた。
止めることは、できなかった。
だけど、それがいいとも、思えなかった。
ただ、それしかないんだろう、って、心の中では、分かってた。
分かってたけど、納得はできなかった。
納得したくなんか、なかった。
だけど、たとえ、納得できなくても、他に方法もなかった。
辛い。
苦しい。
レグルス。
君は、もうずっと、こんな思いを、抱えていたんだね。
ずっとずっと、納得できないことを、我慢し続けてきたんだね。
ルクスは、浄化の火をその身に纏い、小さなレグルスの前に膝をつくと、そのからだを抱きしめた。
レグルスは、暴れることもなく、ただ、されるがままになっていた。
ルクスの光が、レグルスを覆い尽くし、その闇を燃やしていく。
力なくもたげたその頭を、レグルスは、そっと、ルクスの肩に置いた。
甘えるように頭を摺り寄せたとき、ほんの一瞬、レグルスの瞳に光が戻った。
その光は、涙の雫になって、ほろりと、落ちた。
小さな唇が、有難う、の形に動いたのが、見えた。




