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少しだけすったもんだしたけれど、僕らは、なんとか出発した。
テラスを渡った反対側に、王様と近衛兵たちの暮らす居室がある。
ルクスは、その王様の部屋には、一回だけしか足を踏み入れたことはないらしい。
一回入って、もう真っ平ごめんだって思って、それからは、鍵をかけっぱなしにしてあったそうだ。
「宝物の部屋は?
王様の部屋の続き部屋なんでしょ?」
「ああ、そうらしいな。
けど、そっちは知らん。
入ったこともない。」
ルクスはにべもなく言い切った。
まあ、確かに、ルクスは、宝物に興味はないかもね。
「何を言ってるんだ。
歴代の王の集めた宝物なんだぞ?
どんな素晴らしい物が混じっているか分からないのに。」
アルテミシアはちょっと意外なことを言った。
「古代の魔法装置とか。
古代魔法の解説書とか。
禁術で作られた品、なんてものも、あったかもしれん。」
あ。そっか。なるほど。そっちね?
ルクスは心底イヤそうな顔をした。
「んなもん、下手に触って、妙なモンでも出てきたら、どうするんだ?」
「あたしに言ってくれれば、隅々まで調査したのに。」
アルテミシアはものすごく残念そうだった。
「それに、もしかしたら、高く売れる品もあったかもしれないじゃないか。」
「なんだ、お前、金がほしいのか?」
ルクスは意外そうにアルテミシアを見た。
それに、アルテミシアは深々と頷いた。
「ほしいに決まっている。」
「へぇ…」
ルクスはもっと意外そうにアルテミシアを見た。
僕もちょっと意外だった。
お金ってのは、平原の民や山の民の使うもので。
僕ら森の民は、元々、そんなに縁のないものだったから。
「研究には、資金がいるんだ。
それに、田畑を耕すにも、種を買ったり、肥料を買ったり、しなくちゃならない。
ドワーフ工房の作る装置ひとつだって、材料は市場で仕入れてくるんだ。
なんもないところから、泡みたいに、浮かんでくるわけじゃないんだぞ?」
「へえ~。」
ルクスも僕も同じ顔をして感心した。
「ったく、君たちは…」
アルテミシアは小さく舌打ちをした。
「何もないところから、何でもかんでも取り出せる、そんな魔法みたいなこと、あるわけないだろ?」
「お前が研究してたのは、魔法じゃないのか?」
ルクスが驚いたみたいに聞き返した。
それに、アルテミシアはもう一度舌打ちをした。
「もちろん、魔法だ。
けど、これは、何もないところにから何でも出せる、ものじゃない。
確かに、エエルが世界に満ち溢れてから、一見、何もないところに、何かを現わせるようになったように見えることも起きてはいるが。
これは不思議なことじゃなく、すべて、原因と結果がしっかりと繋がって、起こるべくして起こる事実の積み重ね。
研究院の研究していた魔法は、すべて、この世界の法則に則った事象に過ぎない。」
ふへ~
ルクスも僕もきょとん、とするしかなくて。
そうしたら、レグルスがいきなり言った。
「エエルはすべての物質の大元であり、すべての生命体の大元でもあります。
だからこそ、エエルの溢れる世界では、魔法に見える様々な現象が現れる。
けれどもそれは、何もないところに黄金を作り出すとか、そういうことではないんです。」
アルテミシアは、ほう、と感心したようにレグルスを見た。
「なんだ君、よく分かってるじゃないか。
その幼さで、その知識は立派だ。
誰か、師に就いていたのか?」
「…いいえ…
ただ、お父さんを待っている間、いつも書物を呼んでいました。」
「書物を?
つまり、独学か?
なんて素晴らしい。
学を志すには、君のような心根はとても有効だ。
知りたいという強い願いと、知ろうとする努力。
それをその若さで身につけているのは、素晴らしい資質だ。
是非、君を研究院にスカウトしたい。」
「研究院?僕が?」
レグルスは、きらきらした目をして、アルテミシアを見た。
「本当に?」
「ああ。是非。
いつか、研究院を再開できたら。
君を迎えに行くよ。」
「やったーーー!!!」
レグルスは本当に、飛び上って喜んだ。
僕らみんなして、苦笑した。
泣いたり怒ったり喜んだり。
子どもって、本当に、忙しい。
だけど、レグルスって、すごいなあ。
僕より、魔法のこと、よく分かってる。
「僕、本当は書物を読むのが、大好きだったんです。」
レグルスは、アルテミシアにむかって言った。
「だけど、お父さんは、そんなものを読む暇があったら、剣の稽古をしろ、って。
それが、すっごくイヤだった。」
そっか。
好きなことをダメって言われて、苦手なことをしろって言われて、どっちもそれ、辛かったよね。
僕は、剣も書物も苦手だけど。
たとえば、笛を吹くな、って言われたら、すっごく悲しい。
って、今は、あんまり吹けないんだけどね。
でも、それは、仕方ないって、自分で納得してるから。
だけど、レグルスくらい小さかったら、ダメだって言われたことを、自分で納得なんて、なかなかできないと思う。
納得じゃなくて、我慢。
レグルスって、きっと、いろんなこと、すっごく我慢してるんだ。
だから、気持ちが溢れちゃうんだろう。
まだこんなに小さいのに。
我慢は、必要なこともある。
だけど、何もかも我慢するのは、辛すぎる。
レグルスが、これからは、我慢ばっかりじゃなくて、納得していけたらいいな、って。思ったんだ。




