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テラスにも、例の蔦はいて、ぱくぱくと瘴気を食べていた。
蔦が外に出てからというもの、闇の壁や、闇の精霊たちが、なんとなく元気がなくなったように思う。
出会いはするんだけど、闇の壁は手こずらなくなったし、闇の精霊たちは、僕らの気配を感じただけで、こそこそと隠れて、滅多に襲ってこなくなった。
「な~んか、最近、楽勝、じゃね?」
ルクスはすっかりご機嫌だった。
「もしかして、俺たち、レベルアップした?」
「いや。
彼らが、弱体化したんだ。」
にっこにこのルクスの上機嫌に、アルテミシアはあっさり水をさした。
「もしかしたら、瘴気が減ったことと関係あるかもしれん。
彼らのエネルギーの元は、瘴気なんじゃないか?」
「そっか。
瘴気でいらいらして、があああっ、ってなって襲ってきてる?んだ。」
なんか、それ、その感じ、分かる、かも。
その瞬間、なんか、すとん、って感じに納得した。
「そうか。もしかして、瘴気も、エエルなんだ。」
だけど、ルクスには、思い切り訝し気な目をむけられた。
「瘴気が?エエル?」
「うん。なんていうかさ、瘴気色に染まったエエル?なんだよ。」
なんか、うまく、説明、できないんだけどさ。
うん。そういう感じ。
「瘴気色?
なんだそれは?どんな色だ?」
ルクスは首を傾げていたけど。
うん。きっと。多分。そうだ。間違いないよ。
「むぅ。そういうことか。」
アルテミシアは納得したみたいに頷いてくれた。
「だとすれば、蔦が瘴気をエネルギー源にしているのも、そう奇妙なことじゃないのかもしれない。
つまり、あれは、味の違うエエル、ということだな。」
「はあ?今度は味の違うエエルだと?
エエルに、味だの色だのついてるのか?
お前らの言うことは、さっぱり分からん。」
ルクスは諦めたみたいに肩をすくめた。
「まあ、いい。
とにかく、弱体化してるってことは、助かるってこった。
このまま、さくさく、行くぞ。」
「あ。
僕らのレベルもアップしてるんだと思うよ?」
僕は、急いで付け足したんだけど。
ルクスは、ふんっ、って鼻先で笑った。
「最近、俺たちも、精霊?とか見えるようになってきたしさ。
それって、やっぱ、レベルアップした、ってことじゃねえの?
とか、思っただけだ。」
「あ。それは、あると思うよ?
僕もさ、前より、精霊を見えるようになったなって、思ってたんだ。」
やっぱ、僕ら、レベルアップしてる?
「それに関しては、レベルアップというより、精霊の人化、じゃないかと思う。」
喜んでいる僕らに、アルテミシアは淡々と言った。
「憶えているかな?
君がまだ、研究院にいたころ、精霊の人化の実験をしていただろう?」
「憶えてるよ。
そういえば、アルボルは、無事なのかな。」
もちろん、研究院のみんなにアルボルはとても大切にされていたから。
ちゃんと守ってもらったと思うけど。
「アルボルは無事だ。
隊長の伝手で、平原の民の家庭に安全に保護されている。
もうずいぶん、大きくなったらしいがね。」
へえ。
大きくなったアルボルかあ。
どんなふうに成長したんだろ。
会ってみたい気もするけど。
もう僕のことは、憶えていないかなあ…
「アルボルは、君のことをひどく気に入って、君の髪を使って、人になった。
そうだったよね?」
「うん。」
それで、僕の髪に、そういう能力?があるかもしれない、って言って、髪をいくらか抜かれたっけ。
「だけど、もし、それと同じことが、世界中いたるところで、自然に起こっていたとしたら…?」
「自然、に?」
「この世界をとても気に入った精霊たちは、この世界の人の一部を使って、この世界の人となる。
いや、人とは限らない、かもしれない。
もしかしたら、獣、でも、同じことが起きるのかも。
そうやって、精霊たちは、この世界の生き物へと変化していってるんだ。
そういう精霊たちは、あたしたちにも、見えて、いるんじゃないか?」
そうか。
ブブは、せいれい、と言ったけど。
もしかしたら、人化した精霊、あ、もしくは、獣化した精霊?つまりは、この世界の生き物に変化した精霊、ってことか。
「これまで、エエルの枯渇で世界が滅びかけたことは、何回かあった。
そして、そこから復活を遂げるたび、新しい人の種族が現れた。
一度目は、森の民。
二度目は、山の民。
三度目は、平原の民。
きっと、これから四つ目の種族が生まれてくるだろう。
けれど、それは、精霊の人化が、世界のいたるところで、同時に進行しているからじゃないか?」
そうか。
最近、いろんな精霊に会うけれど、それは、みんなこの世界の生き物に変化した精霊だったんだ。
「実は、君の髪を使って、精霊を人化する実験は、何回か実際に行われたんだ。」
そうだったんだ。
その人たちには会ったことないけど。
どんな人たちだったんだろう。
「人化したとき、彼らの見た目の年齢はまちまちだった。
アルボルのように幼児なこともあったし、少年、青年、老人だったこともあった。
どうやらそれは、精霊自身の意志によるらしい、ということまでは分かっている。
しかし、それ以上の因果関係は、まだ、解明されていない。
研究はそのまま、中断されてしまった。」
それは、残念だ。
だけど、たとえ研究は中断になっても、精霊がこの世界の生き物になることは、止まってはいないんだ。
「ただ、ひとつだけ面白いことがあった。
君の髪を使って人化した精霊たちは、みな、どこか似通っていた。
まるで、そうだな、同じ一族、と言ってもいい程度に。」
「そっか。
僕ね、最近会った精霊たちは、みんな、郷ごと、こっちに渡ってきたのかな、って思ってたんだ。」
「そういう例もあるかもしれない。
けど、もしかしたら、似通っている彼らは、皆、同じ個体の一部を使って、こちらの生物へと変化した、ということかもしれない。」
なるほど。
「この世界は、とても面白い。
大昔から、アマンとこことは、深い繋がりを持って共存している。
落ち着いたら、また、そのことを研究したいな。」
アルテミシアの目はきらきらしていた。
「おう。
お前のその願いは、俺が叶えてやる。」
ルクスは自分の胸を叩いたけど。
「けっこうだ。
あたしの願いは、あたしが叶える。」
あっさり断られてしまった。
「まあ、そう言うよな。」
けど、ルクスには、そのくらいは想定内だ。
「じゃあ、俺は、お前が、安心して願いを叶えられるような世界にする。」
ルクスの夢は、いつも壮大だ。
「おう。頼んだ。」
そして、アルテミシアはそう言うんだ。
だから、きっと、多分、これからも、ルクスは、すごく、頑張るんだ、と思う。




