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あの蔦は、その後、食瘴蔦と呼ばれて、世界中で見られるようになった。
食瘴蔦のあるところは、瘴気が多いから、と言われて、みんな敬遠するんだけど。
実は、食瘴蔦は、瘴気を浄化してくれているんだ。
食瘴蔦は、たいてい、瘴気の多い場所にいて、まるで瘴気を食べているみたいに、花を開いたり閉じたりしている。
その姿も不気味だ、って、敬遠される一因だ。
辺り一帯の瘴気をすべて浄化すると、食瘴蔦は、いつの間にかいなくなる。
枯れてしまうんだ、ってみんなは普通に思ってるみたいだけど。
僕は、実は、次の瘴気のある場所を目指して、移動してるんじゃないか、って思う。
だって、彼らは、すばらしい速さで、地を這う生き物だもの。
ただ、彼らの這う姿を見ることは、滅多になくて。
それは、眉唾ものの伝説、みたいに思われている。
確かに、僕だって、実際にこの目で見なければ、信じられなかったかも。
僕らに襲い掛かってきたとき、この蔦は、まるで、意志を持つモノのようだった。
確かに、この蔦は、とても賢い。
だけど、彼らの大好物の瘴気は、生き物を捕まえても、あまり手に入らない。
それに生き物は、反撃してくることもある。
彼らはそれも、学習したようだ。
食瘴蔦は、賢いことを、上手に隠して、ただ、不気味な花だと思われている。
それでも、食瘴蔦が完全にいなくなることはない。
世界には、どこかで必ず、瘴気が生まれ続けている。
そして、瘴気を食べる蔦も、それを追って、移動し続けるんだ。
エエルが増えて、世界は混乱して、その中で、生き物たちも、変化していった。
もちろん、人だって、生き物の一員として変化していくことになる。
それはまだ先の話しだけれど。
それはさておき。
蔦が逃げて行った後、パーティはお開きになって、僕らはまた、先へ進むことにした。
精霊たちは、みんな手を振って、僕らを見送ってくれた。
蔦はほとんど、扉の外へ行ってしまったけど。
まだほんの小さい蔦は、そのまま残ってるのもあったから。
広間の森の精霊たちは、瘴気に襲われる心配もないだろう。
それに、その前に、外へ行った蔦たちが、辺りの瘴気は、全部、食べてしまうかもしれない。
広間の外では、早速、ぱくぱくと花を開いたり閉じたりして、瘴気を食べている蔦たちがいた。
もっと先に行ったやつもいるみたいだけど。
この辺りのも、食べ尽くしたら、また移動するのかな。
とはいえ、あれだけ充満していた瘴気が、そうすぐになくなるわけはなくて。
僕らはまた、憂鬱な瘴気に耐えながら、先へと進まなくちゃならなかった。
レグルスはまだ目を覚ましてなくて、ルクスがおんぶして歩いていた。
けど、扉の外に出て、しばらくすると、ようやく、目を覚ました。
一応、怪我してないのは確かめてあったけど。
念のため、痛いところはないか、尋ねてみた。
幸い、どこにも怪我はなくて、その先は、また自分で歩いて行けそうだった。
ただ、あの精霊のパーティに参加できなかったのだけ、残念だった。
僕は、レグルスに、精霊たちのパーティのことを、なるべく詳しく語って聞かせた。
レグルスは、目をきらきらさせて僕の話しを聞いて、やっぱり、参加できなかったのを、残念がっていた。
「帰りにまた寄ればいいさ。」
ルクスは慰めるみたいにそう言った。
二階の探索も済んで、残すは三階だけだった。
階段を上ると、両脇にたくさんの扉のある長い廊下があった。
またこの扉をひとつずつチェックするのか、と思うと、ちょっとげんなりする。
けど、これも、仕方ない。
廊下のところどころには、蔦がいて、ぱくぱくと瘴気を食べていた。
もう、こんなところまで来たのか。
階段も難なく上れたみたいだ。
蔦はもう、僕らが傍を通っても、襲い掛かってきたりはしなかった。
そんなことをしなくても、ここには、蔦のご馳走は、たくさんあるんだろう。
ただ、レグルスは、蔦を見ると、ひどく怯えた。
そりゃあ、あんなに怖い思いをしたんだから、仕方ない。
僕らは、蔦の傍を通るときは、レグルスを真ん中にして、三方を取り囲んで進むことにした。
そんなことしなくても、蔦は、僕らには知らん顔だったけど。
レグルスの気持ちを思えば、このくらいのことは、お安い御用だった。
そうやって、少しずつ少しずつだけれど、前に進んでいった。
三階の客間にも、怪物らしきモノはいなかった。
長い長い廊下を抜けた先に、渡り廊下があって、広いテラスになっていた。
もうずっと前に、ルクスと食事したテラスだ。
王様や近衛兵たちの部屋は、このテラスの先にあった。
前に来たときには、ここから王都が一望できて、とても景色のいい場所だった。
もっとも、あのときには、あんまり景色は、見てなかったけど。
今は森に覆われて、なんにも見えない。いや。森しか見えない。
王都には王城と研究院の他には、あんまり高い建物はない。
だから、ほとんど、森に埋めつくされていた。
「ここからの景色を見るたびに、俺は、この都の王様になるんだ、って思ってたんだ。
あの辺に市場があって。
あの辺りに宿がたくさん並んでいた。
あの辺りは職人の多く住む場所だ。
むこうの、あの辺りは、一面の畑だった。」
ルクスは、森を指差して教えてくれた。
けど、今見えるのは、どこもかしこも森ばっかりだ。
市場も畑も、少しずつ、また動き始めている、って聞いてるけど。
ここから見えるのは、森だけだった。
僕らにとって、森は、どこより居心地のいい場所だ。
だけど、どうしてか、王都がこうなってしまったことは、そんなに嬉しいとは思えなかった。
ルクスは、森の民の王様が、王都を森にしたんだ、って言われたそうだけど。
そんなふうに言われたのを、きっと、すごく悲しかっただろうなって思った。
「ねえ、前にさ、ルクスに、王都を元通りにしろ、って言われたよね。
僕、まだ、その約束を果たしてない。」
それどころか、今や世界中が、森になってしまいそうな勢いだ。
「…ごめんね、ルクス。」
それもこれも、僕が、エエルを送り過ぎたこと。
それが原因だった。
「この状況も、べつに、悪いことばかりじゃないさ。」
アルテミシアはそう言ってくれるけど。
そう思えるのって、やっぱりまだ、少数派だよ。
「…俺も、今はそう思う。
あんときの俺は、ちょっとどうかしてた。
許してほしい。」
あのとき、あんなに怒っていたのに。
ルクスも、静かにそう言った。
「アルテミシアの言う通りだ。
これも、悪いことばかりじゃねえ。
ただ、俺が、状況の変化についていけてなかっただけ。
今は、それもよく分かる。」
ルクスは、明るい目をして、ごめんな、って言った。
「あのころは、何もかも、ことごとく、うまくいかなくて。
それを、誰かのせいにして、八つ当たりしてたんだ。
だけど、俺は元々、石の都の王様になんて、なる器じゃねえし。
なりたいとも思っていなかった。
それを思い出したとき、ふっと、何かが吹っ切れた。」
あのころのルクスの目はとても暗かった。
だけど、今は、清んだ朝のように、春の芽吹きのように、きらきらと輝いていた。
「お前のこと、羨ましくて、妬ましくて、恨んでいた。
お前のこと、憎くはなかったから、余計に苦しかった。
けど、一度、王様の席を下りてみれば、それ、全部、霧のように消えちまった。
もしかしたら、瘴気ってのは、ああいうのを言うのかもしれない。
あれに憑りつかれたら、本当に、苦しいんだ。
だからもう、俺は、王様になるのは、真っ平ごめんだ。
本当に大切な人を、大切だと思えなくなる場所には、二度と行きたくねえ。」
そう言って僕に笑いかけたルクスは、お日様みたいに明るい、僕のよく知ってるルクスだった。




