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レグルスは、よっぽどショックだったのか、まだ目を覚まさない。
ゆすって起こそうとしたら、アルテミシアに、もう少し寝かせておけと言われた。
確かに、うんとうんと怖い目にあったんだし。
もう少し、休ませてあげよう。
レグルスは小柄な平原の民の子どもだし、おまけにやせっぽっちだったから、僕でもなんとかだっこしていられた。
僕は、レグルスをだっこしたまま、精霊たちのパーティに参加させてもらうことにした。
精霊たちは、木の枝やら根っこやら器用に使って、あっという間にそこはパーティ会場らしきものに仕上がった。
すると、彼らは、持ってきたお鍋の蓋を一斉に開けた。
中から、もわもわと、いい匂いのする湯気が立ち上る。
覗いてみたら、お鍋の中は湯気の他には何も入ってない。
彼らは、おたまで、その湯気を、カップやお皿に注ぐと、僕らにも手渡してくれた。
「たべろ。」
いきなり、ブブに命令口調で言われてびっくりしたけど。
ブブは、精霊の言ってるのを、通訳してくれてるんだ。
だけど、食べるって、どうやって?
僕らは、周りの精霊たちのやってるのを見た。
彼らは湯気の匂いをくんくんと嗅いで、にこにこと笑っている。
とりあえず、真似してやってみた。
うん。
なんか、いい匂いだ。
あったかくて、ほわほわしてて、元気の出るスープの匂い。
こっちのお皿のは、ちょっとスパイシーな、匂いかな。
精霊は、ポットからも湯気を注いでくれた。
これは、花の匂いのするお茶の匂いだった。
ひととおり料理が行き渡ると、あっちこっちから精霊たちが立ち上って、踊り始めた。
笛やハープみたいな楽器を弾く精霊もいる。
精霊たちの音楽や踊りは、ちょっと奇妙な感じもするけど、とても楽しくて、見ていると、そわそわと、足が動き出しそうだった。
もっとも、ぴょーん、と高く飛び上がったり、宙に留まったまま、くるくると何回も回転したり、あんな動きは、到底、僕にはできそうにないけれど。
小柄な精霊たちは、からだの重さなんてまったくないみたいに、それはそれは軽やかに跳ね回っていた。
とうとう我慢しきれない、というように、ルクスが飛び出して、精霊たちの踊りの輪に加わった。
まあ、ちょっと、気持ちは分かる。
それにしても、ルクスは、本当、どこに行っても、すぐにこんなふうに、新しい仲間の輪に入ってしまう。
そういうところ、本当に、すごい、って、いつも思うんだ。
アルテミシアは手拍子をしながら、精霊たちの音楽に合わせて、歌い出した。
るるる、と、ららら、だけだけど、アルテミシアのきれいな声は、精霊たちの音楽をますます楽しくてきらきらしたものに変える。
すぐに、精霊たちもそれに気付いて、アルテミシアに声を合わせて歌い始めた。
彼らの歌は、ぷぷぷ、と、ぴぴぴ、だ。
それを聞いたアルテミシアは、るるる、と、ららら、を、ぷぷぷ、と、ぴぴぴ、に変えて歌う。
アルテミシアの歌に、精霊たちはますます喜んで、森中に響き渡るくらい、それはそれは素敵な大合唱になった。
宴もたけなわ、って感じになってきたころ、最初に姿を現した老人が、僕に話しかけてきた。
ブブがそれを通訳してくれる。
ちょっと片言で、分かりにくいところもあったけど、なんとか繋いで、話しをした。
あの、最初、僕らを襲ってきた蔦は、瘴気を食べる蔦らしい。
この森に入ってきた瘴気は、あの蔦が、全部食べてしまうんだ。
瘴気を食べる蔦、なんて、初めて聞いた。
そんなのがいるなんて、びっくり。
だけど、虫を食べる花もいるくらいだし。
瘴気を食べる蔦も、いてもおかしくはないかな。
周りにたくさんあるものを食べて栄養を摂る植物ってのは、割と多い。
このお城には、瘴気がたくさんあるから、その瘴気を食べる蔦、なんてのも、現れたのかもしれない。
とにかく、その蔦のおかげで、この森の瘴気はほとんどなくなった。
だから、精霊たちも、狂ったりせずに、平穏に暮らせている。
だけど、彼らの最近の悩みは、この森に瘴気が少なすぎることだった。
蔦は、食べる瘴気がなくて、最近ちょっと、元気がないらしい。
とはいえ、どこかから瘴気を持ってくるわけにもいかない。
さっき、蔦が僕らに襲い掛かったは。
多分、うんとうんとお腹がすいていて、間違えたからだ。
ほんのかすかな臭いだとしても。
蔦は、瘴気だと思って、襲い掛かったんじゃないかな。
なるほど。
瘴気を食べてくれるなんて、うんとうんと有難いと思うんだけど。
蔦にしてみれば、瘴気はごはんなんだから。
それがないってのも、困るわけだ。
「けどさ。
だったら、扉を開いて、蔦を、外に出してあげたらいいんじゃないの?」
扉の外には、まだまだ瘴気はいっぱいあるわけだしさ。
そう言ってみたら、老人の精霊は、うんとうんと驚いた、みたいな顔をした。
彼らは、この森が、建物のひとつの部屋の中にあって、その外にはもっともっと大きな世界がある、って知らなかったんだ。
確かに、彼らはとても小柄だから、この部屋の中の森だって、じゅうぶんに広い森だったのかもしれない。
だけど、ここは、疑似アマンには踏み込まないように気をつけないとだけど、それさえ気を付けて歩けば、まあ、生えてる木を大回りしたり、避けたり、多少は回り道をするにしても、僕らなら、ほんの数十歩、いや、数百歩?せいぜい、数千歩、歩けば、扉に行きつくくらいの広さなんだ。
ブブに通訳してもらって、そう説明したら、老人は、びっくりした、みたいに天井を仰いで、それから、こてん、と仰向けにひっくり返ると、そのまま、けらけらと笑い出した。
いきなりひっくり返ったから、ものすごく驚いたけど、けらけらと元気に笑ってて、ほっとする。
からだの軽い彼らは、ちょっと転んだくらいじゃ、怪我もしないのかもしれない。
僕は、老人に、蔦のところに案内してもらえないか、聞いてみた。
老人は、ご馳走のおかげで、僕らの瘴気の臭いも消えたから、蔦も襲い掛かってこないだろう、って、案内を引き受けてくれた。
レグルスはちょっとアルテミシアにお願いして、僕は、ブブと一緒に、老人に案内してもらうことにした。
ルクスは、もうすっかり、精霊たちと仲良くなって、踊りに夢中だし。
ちょっとすぐそこに行くだけだから、まあ、かまわないよね。
蔦は、僕らが近づいても、知らん顔をして、静かにその辺の木に絡まっていた。
これが、いきなりあんなふうに襲い掛かってくるなんて、今のこの状態を見ただけじゃ、想像もつかない。
僕は、そっと指先で、蔦に触れてみた。
ほんのちょっとだけ、蔦が、警戒したみたいに、ぴくっと動いたのを感じた。
蔦を驚かせないように気をつけながら、僕は、ゆっくりと、指先から、手のひらで、蔦に触れていった。
そっと、そっと、手のひらを当てたら、蔦はもう、驚かずに、じっとしていた。
手を合わせて、僕は、蔦の声に耳をすませた。
蔦も、森の木の一種なんだもの。
きっと、歌を持っている。
蔦の声は、とても小さかったけれど、しばらくそうしていると、かすかに、蔦の歌が聞こえてきた。
僕は、その歌に合わせて、歌った。
アルテミシアの真似をして、ぷぷぷ、と、ぴぴぴ、の歌を。
すると、ゆっくりゆっくりと、まるで目覚めるように、蔦は、その先端を持ち上げた。
「君のごはんのあるところを、知っているよ?
僕についてきて。」
僕がそう言うと、蔦は、まるで、足を引き抜くように、地面から、根っこを引き抜いた。
隣で一部始終を見ていた老人は、はりゃあ、と奇妙な声を上げると、そのまままた、こてん、と後ろにひっくり返った。
どうやら、これは、彼らが、うんと驚いたときにするポーズらしかった。
ブブに聞いて疑似アマンを避けながら、僕は、蔦を、扉のところまで連れて行った。
蔦は、根っこを引きずるようにしながら、ゆっくりと僕についてきた。
入ってきたときに、開いた扉は、そのまま、開けっ放しにしてあった。
なにかあったときにすぐに逃げないといけないと思ったから、あえて閉めなかったんだ。
扉が近付いてくると、蔦の動きが、素早くなった。
しゅっ、しゅっ、と地を這うモノのように、根っこを滑らせて、走っていく。
蔦のスピードはどんどんあがって、そのうちに、僕らを置いて、先に行ってしまった。
蔦は、しゅうっ、とからだを伸ばして、扉から外にからだを半分出した。
すると、その先端に、いきなり、花のようなものが、いくつもいくつも開いた。
花は、ぱくりぱくり、とまるで、何かを食べる口のように、開いたり閉じたりする。
多分、きっと、あれは、瘴気を食べているんだなと思った。
みるみるうちに、そのまま、蔦は、根っこごと全部、扉の外へと走って行ってしまった。
すると、どうだろう。
あっちからも、こっちからも、すぽっ、すぽっ、と何かを引き抜くような音がして、ずりずり、しゅるしゅると、何かが這う音がしてきた。
驚いて振り返ると、森中の蔦が、一斉に、こっち目指して走ってきた。
精霊たちも、異変に気付いたのか、歌をやめて、様子を見守っている。
僕らの目の前で、蔦の大群は、ずざざざざぁっ、と扉から、外に走って行ってしまった。
あっという間に、騒動は収まって、一瞬だけ、しん、と沈黙が落ちた。
その一瞬後。
ぷ。
ぷぴぴぴぴぃ!
一斉に上ったのは、精霊たちの笑い声だった。
彼らは、跳ねたり、くるくる回ったりしながら、みんなして、大喜びしていた。
「ともだち、げんき、なった。うれしい。」
ブブが、老人の言葉を通訳してくれた。
精霊たちは、お腹をすかせていた蔦が、ごはんをたくさん見つけられて、喜んでいるらしかった。




