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老人は足元にまで届くくらい長いひげを生やしていた。
ふさふさの眉毛に隠されて、目はよく見えない。
腰まで覆う上衣にぴったりした下衣。
腰に細いベルトをつけ、三角帽を被っている。
服装は、平原の民によく似ていた。
老人は、ひげをしごきながら、僕らのほうを観察しているようだった。
それから、甲高い声で何か言った。
ぴ。
ぽぽぽぴ。
ブブが老人のほうへと飛んでいく。
この老人が、僕らにとって危険じゃないかどうかは分からないけど。
ここは、ブブにお任せするしかなかった。
ブブは、老人そっくりな声の高さで、ぷぷぴ、ぷぴぴぴ、と何か話しかけた。
すると、老人は、ぷぴぷぷぴ、と答えた。
何を言っているのかは、さっぱり分からない。
こっちに背中をむけているブブの表情は分からないし。
老人の表情もよく見えない。
けれど、ふたりはしばらく何か、会話を続けた。
僕らは、三人、固唾を呑んで、その様子を見守っていた。
ルクスは気を失ったレグルスを抱えたまま、何かあったらすぐ動けるように身構えていた。
アルテミシアも、矢を番えこそしなかったものの、いつでも構えられるように、弓を手に持っていた。
しばらくして、ブブはこっちをくるっと振り返った。
「せいれい、ここ、まもる。
ここ、しょうき、いれない。」
「あいつ、精霊なのか?」
「彼は、精霊なのか?」
「彼は、精霊なの?」
僕らは同時に同じことを尋ねていた。
「俺にも見えるぞ?」
「あたしにも、見えるのに?」
続いてルクスとアルテミシアはまたほぼ同じことを同時に言った。
ブブはちょっと首を傾げてから、また精霊に何か言った。
精霊は短くそれに答えた。
「どうして、みえる。
せいれい、わからない。」
それは確かに、精霊に聞いても、精霊も分からないかもね。
だけど、その精霊は、ルクスにもアルテミシアにも、もちろん、僕にも、はっきりと見えていた。
ブブは、続けて言った。
「ここ、もり、なった。
せいれい、ここ、きた。
せいれい、なかま、たくさん。
せいれい、しょうき、イヤ。
もり、しょうき、イヤ。
せいれい、しょうき、みはる。
もり、しょうき、おいだす。」
「ここが森になって、精霊はたくさんの仲間とここに来た。
精霊たちは、瘴気が嫌いだ。
ここの森も、瘴気を嫌がってる。
だから、ここに瘴気が入ってこないように、協力してる。
精霊は瘴気を見張って、森は、入ってきた瘴気を追い出しているんだ。」
ブブの言葉を僕なりに解釈してみる。
ブブは頷くと、続けて言った。
「ブブたち、しょうき、におう。
せいれい、ブブたち、しょうき、おもう。」
「そっか。僕ら、ずっと瘴気の中を歩いてきたから。
瘴気の臭いがするんだ。
だから、森に追い払われそうになった。」
そういうことか。
「ブブ、説明して。
僕らは瘴気じゃない。
むしろ、それを祓うために、ここへ来たんだ。」
「ブブ、いった。
せいれい、わかった、いった。」
ブブはもう説明をしてくれていたらしかった。
そこまでブブが言ったところで、精霊は、ブブに何か言うと、くるりと背をむけた。
それから、手を後ろで組んで、歩き出す。
「ついてこい。」
ブブはそう言って、精霊について行く。
僕らもあわててそれを追いかけた。
精霊が僕らを連れて行ったのは、一本の立派なアニマの木のところだった。
その木には、精霊のサイズにちょうどよさそうな、小さな扉がついていた。
「ここ。
せいれい、おうち。」
「…これって、疑似アマン?」
僕は、ルクスとアルテミシアの顔を見回した。
そうだな、とアルテミシアは頷いて返した。
精霊はその扉を開くと、すたすたと中に入っていく。
ブブは振り返って、もう一度、言った。
「ついてこい。」
「いや、あの、ブブ、ちょっと、待って。」
僕はあわててブブを引き留めた。
「ここ、入っても、大丈夫、かな?」
ブブは軽く首を傾げてから、答えた。
「ここ、しょうき、ない。」
いやそりゃ、瘴気はないでしょうけど。
「疑似アマンは、その、いろいろと…」
困ったことになりがちだよね?
そのまま、扉の前で、しばらく、入るか入らないかで押し問答していたら、もう一度扉がひらいて、そこから、小さな顔が、ぴょいぴょいと五つ、こっちを覗いた。
「ぷぴ!
っぴぴぴ!」
「どうした、はやく、こい。」
ブブは通訳してくれたけど。
今のは、通訳されなくても、なんとなく、分かったな。
こっちを見ている精霊たちは、老人も、若者も、子どもも、いた。
この精霊も、仲間たちと郷ごと、こっちに来たのかもしれないなって思った。
ブブは、精霊にむかって、ぷぴぴぴ、っと何か言った。
すると、精霊たちは、互いの顔を見合わせて、しばらく、何か話していたけれど、ぴょい、とひとり、扉からこっちへ飛び出してきた。
「ぷっぴ。ぷぴぴぴ。」
「そうか。
じゃあ、ここで、いい。」
ブブの通訳を聞いてちょっとほっとする。
精霊は扉のほうをむくと、なにやら、口笛で合図した。
すると、鍋やら食器やら、いろんなものを抱えた精霊たちが、ぞろぞろと、扉の中から、飛び出してきた。
「え?
なに、あれ?」
「ぱーてぃ!」
「パーティ?」
彼らはどうやら、僕らのためにパーティを開いてくれるつもりらしかった。




