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若い。
というより、いっそ、幼い。
少年はそのくらいの年頃に見えた。
平原の民は、成体になったときの平均身長が、僕らより小さいから。
以前は、ついうっかり、一人前の大人を、子どもだと勘違いしたこともあったんだけど。
僕らももう、森を出て何年も経ってるし。
平原の民とも、たくさん出会ってきたから。
その風貌から、年齢を推測できるようになっていた。
彼が身に着けているのは、簡素な鎧だった。
獣の皮を紐で繋いだだけの、素人が手作りしたみたいな鎧だ。
金属の刃を相手にしたら、役には立たなさそうだけど。
それでも、どうしてだろう。
この鎧には、彼を護ろうとする意志、みたいなものが、しっかりと込められているような気がした。
もしかしたら、その鎧は、彼の家族が作ったんじゃないかな。
こんな幼い年齢で、鎧を着るような職に就いた彼のために。
彼はどう見ても、お城の兵士になるには、幼過ぎた。
同じ年頃の友だちと、棒っきれを振り回して、戦いごっこ、をしているのが相応しい、くらいの年齢だった。
「お前、どこのガキだ?
親はどうした?」
ルクスは少年から刃を引くと、静かにそう尋ねた。
けど、少年を見るその目は、油断なく光っていた。
「ぼ、僕は、レグルス、っていいます。
お、親は………、分かりません。
僕、みんなに、置いていかれて…」
彼はルクスに怯えるように、おどおどと答えた。
アルテミシアは少し前に進み出ると、レグルスに目線を合わせるように屈んで言った。
「君は、ここで何をしていたんだ?」
「っ、あ!あの、僕…ごめんなさいっ!」
アルテミシアは、レグルスを叱ったわけじゃなかったんだけど。
レグルスはいきなり謝ると、両腕で頭を庇うようにしながら、そこへうずくまった。
「っぬ、盗み食い…は、どろぼう…
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
ごめんなさい、を連呼するレグルスに、僕らは目を見合わせた。
ルクスがレグルスに尋ねた。
「お前、どこか、外から入ってきたのか?」
僕も、そう思った。
もしかしたら、街の子が、迷い込んだんだろうか。
「…く…、とうさん………きました…
それから…………らし…ました…」
レグルスは、頭を抱えたまま答えた。
声がくぐもって、とても聞き取りにくかった。
ルクスはちょっといらいらしたみたいに、レグルスの頭を両手で挟んで、ぐいと上をむかせた。
レグルスの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「ルクス!子どもに乱暴はダメだよ。」
僕は彼がかわいそうになって、思わずルクスを引き留めた。
「こいつが、本物の、子どもならな。」
ルクスは油断のない目をしてレグルスを睨みながら、そう呟いた。
そのときだった。
ぐぅぅぅぅぅううううう~~~~~
なんとも、のどかでまぬけな音が、その場に鳴り響いた。
思わず僕ら、きょろきょろと、音の出所を探す。
すると、それに応えるように、盛大にもう一度、音は鳴った。
ぐぅぅぅぅぅううううう~~~~~
僕らの目は、一斉に、レグルスに集中していた。
「お前、腹、減ってんのか?」
ルクスはレグルスから手を離して尋ねた。
その声は、さっきよりは、少し優しくなっていた。
レグルスは、盛大に鼻をすすると、ぶんぶんと、首を縦に振った。
涙なんだか鼻水なんだかの飛沫が、盛大に飛び散った。
「ごめんなさい。
盗み食いは、悪いことです。
だけど、僕、どうしても、お腹がすいて…」
「ここの城の連中は、とっくに城を捨てて逃げてしまったらしいからな。
なら、この食糧は、必要とする者が、使ってもいいんじゃないか。」
アルテミシアはそう呟きながら、棚の瓶詰を調べ始めた。
「ほう。
これは、ドワーフ工房製の保存瓶だ。
この中身なら、変質もせずに、安全性は保たれているだろう。」
へえ。
こんなところにも、匠たちの技は活きていたのか。
アルテミシアは、準備運動をするみたいに、うーん、と背伸びをした。
「どれ。
久しぶりに、あたしたちも、まともな食事をしていくかな。」
いくつか瓶を選び出すと、今度は、調理器具を調べている。
「鍋と、ターナーと…
おい、君たち!
食器を探してくれ!」
「わ、分かった。」
呆然とアルテミシアのすることを見ていると、アルテミシアの声が飛んできて、僕らは、慌てて、食器を探しに散った。
「竈も無事だ。
水も…おう、あるじゃないか。
しっかし、永遠に水の枯れない水瓶なんて。
よくこんなもの、拵えたよなあ。」
多分きっと、どこかに、精霊が詰まってるんだと思う。
食材と道具を一通りそろえたアルテミシアは、お城の厨房で、勝手に料理を始めた。
「ここの竈も、匠が作ったやつだなあ。
なかなかいい調子だ。」
鼻歌なんか歌って、ごきげんだ。
その間に、僕らは、調理台の上に、食器を並べた。
あっちこっち探して、背もたれのないスツールも、人数分、集めてきて、席を作る。
レグルスは、少しそそっかしいところがあるみたいだけど、僕らと一緒に働いた。
ルクスは、そんなレグルスの傍にずっとついていて、あれこれ手を貸したり、手伝わせたりしていた。
即席のテーブルに、お料理がいくつも並ぶ。
それは、保存食だけで作ったとはとても思えない豪華なお料理だった。
「さあ、召し上がれ。」
僕らが席に着くと、アルテミシアは披露するみたいに腕を広げた。
ルクスは、いつの間にかすっかり仲良くなったらしいレグルスの肩に腕を乗せて、ぐっと引き寄せて言った。
「これで俺たちも、お前と同罪だ。」
そしたら、アルテミシアが、こーん、とお玉でルクスの頭を叩いた。
「これは盗み食いじゃない。
だいたい、この保存食は、君がまだ王様だったころに作られたものだ。
だったら、この所有権は、君にある、と言ってもいいだろう。」
そんなに前の、なんだ。
それでも、普通に、美味しい。
匠の技は、やっぱりすごいな。
それから僕らは、にぎやかに食事を始めた。
ルクスも、久しぶりに、お肉をたくさん食べられて、喜んでいた。
レグルスはよっぽどお腹がすいていたのか、ものも言わずに、ものすごい勢いで、食べ物を口に詰め込んでいた。
「おい、もうちょっと、ゆっくり食え。」
喉が詰まりそうになったレグルスに、ルクスは、背中をさすったり、水を手渡したりして、なにかと世話を焼いていた。
ルクスって、面倒見、いいんだ。こういうとき。
いつの間にか、僕らは、レグルスのことも、すっかり仲間のように思っていた。




